朝食の場にて
「来週から私とソフィアが王都に行く段取りがついた」
朝食の席で父がそう切り出した。
「私は新店舗の準備、ソフィアは学院へ編入だ、向こうの国では商家として過ごしていたが、この国に帰るに当たりお前たちのおばあ様が持っていた爵位の一つペール男爵家を継いだので、貴族学院に入らないといけないからな」
この国に来る前に説明された話をもう一度父は始める。
「新店舗の立ち上げがうまく行けば、領地に戻り領地経営に専念するから、それまでロイドは母さんを支えて領地の事をよろしく頼む」
領地には母と兄と弟たちが残る。
「まぁ、ソフィアは貴族の勉強もしてきたし、領地の事もそこまで問題は無いとは思うんだが、問題は…」
「子どもたちの縁談ですわね」
食事を終えた母が口元をナフキンでそっと拭いながら続ける。
我が家は、婚姻に政略性を求めていない。父と母が恋愛結婚だったこともあり、子どもたちにも自由に恋愛をして欲しいと思っているし、また上位貴族ではないもののその力を持っている。
「ロイドとユーグとライトについては私がついていますから心配ないと思いますが、問題はソフィアちゃんじゃないかしら?ね、あなた?」
四人の子を産んだと思えないほどかわいいほんわかとした母は、それでも小さな頃から商家の娘として育てられ、駆け引きや手回しが得意だしなかなか強情である。優しそうなタレ目に騙されてはいけない。
「どんな手を使って縁談がこようとも、子どもたちは守りますわよ、それよりあなたです」
反対に強面で黒髪黒目の父は、いかつい見た目に反して押しに弱い。仕事の事に関してだと強気に出れるし冷静だが、ことプライベートになるとポンコツになる。今までも断りきれずに兄や私のお見合い話を受けてきてしまっている。
最近は母の性質をそのまま受け継いだ兄が私への縁談話を握り潰してくれていた。昨年から仕事を手伝っている兄の優しい色味とタレ目に気を許した商談相手がいつの間にか丸め込まれていたことも多々ある。
やはりタレ目に騙されてはいけない。
ちなみに四兄弟みんな母の外見をついでタレ目にふわふわの髪質をしている。
「この国にはあなたの昔馴染みが沢山いるから不安だわ、くれぐれも情に流されないで下さいね。ただでさえ山のような縁談があったのに、この国ではパスカル家の血筋だと言うことでさらに各家から狙われているんですよ。この前のパーティーでソフィアちゃんが倒れてから、会った事のない家からも体調を伺う手紙が来てますからね」
「さらに……」
一気にまくし立てた母の後に兄が続ける。
「ソフィアはファーマスの血筋に久々に誕生した女の子だしね」
そうなのだ、ここ数世代、ファーマス家には本家もその兄弟の家にも女の子が誕生していなかった。
娘がいる家は喜んだが、息子の嫁にもらいたかった家々は数世代涙をのんでいた。
娘のいた家でさえ、父の世代では、伯父は幼馴染みと結婚し父は他国で母と結婚したものだから、悔しい思いをしたらしい。
なので、現在我が家は婚姻バブルなのである、まだ5歳の弟たちにも縁談が届いているほどだ。
本筋である、伯父の所の二人の従兄弟の所もすごい事になっているらしい。
「学院には従兄弟のセージとソレルも居るからな、兄貴からも頼んでくれたみたいだし、もちろん私も気を付けるよ。ソフィアに虫などつけさせん!」
「気を付けるだけじゃダメですよ、縁談の話受けないで下さい、ねっ?」
母は小首を傾け可愛く頼むが、目が笑っていない。
父は「おっおぅもちろんだ」と目が泳いでいる。
「ソフィアちゃんも困った事があればちゃんと話すのですよ、この前もこの国の貴族に圧倒されて倒れたし、心配だわ~」
そんな母に、私は口元を拭き終えると答える。
「大丈夫ですわ、お母様、私どうもこの国の色が合わないみたいで……この間も実は溢れる色にびっくりして倒れたんです。だから寄って来られても多分距離をとると思います、目が疲れるので」
「確かに、思ってた以上にこの国の人が集まると圧倒されるわよね。私もこの国のパーティーは初めてだったからびっくりしたわ。ーーでも、ソフィアちゃんの初恋ってこの国の子じゃなかった?」
「えっ初恋!?えっ私の??」
会話が思ってもない方向にいきなり向かい慌てる。
ってか、初恋?初恋?
そんなのあったかな?
「ソフィアの初恋はパパのはずだ!3歳の時に『パパと結婚する』って言ってたぞ」
自分をパパ呼びしながら父が口を挟む。
「あなたは黙ってて、ほら覚えてないかしら?あなたたちのお祖母様が亡くなった時に、この国に一度来た事があったじゃない?」
父は仕事でこの国に来る事があったが、私が着いて行く事はなかった。伯父や祖父が反対に会いに来てくれる事はあったけれど。
私は今回、この国に初めて足を踏み入れたと思っていたけど、一度来たことがあるらしい。
「なんか、そこで会った子とずっと一緒にいる約束したって言ってたけど覚えてない?」
お祖母様が亡くなったのは確か私が6歳の時。6歳と言えば覚えてる事も多いとは思うけど。
そういえば、小さい時に今回みたいに、
「ーー船に乗って、どこかに行ったのは覚えてます。でも葬儀に出た記憶は……」
「葬儀には出てないのよ、ほらこの国まで半月かかるじゃない、亡くなられた連絡が来て、そこから出発してだから」
「あぁ、あの時は久々にこの国に戻って来たから、旧友たちが集まってくれて、確か皆子どもを連れて来ていたな、っ!!まさかあの中に?」
「相手の名前は聞いてないから、その中にいたかどうかはわからないけど」
「それって、ソフィアが苛められた時じゃないか!」
話を聞いていた兄が割り込む。
「子どもたちだけで遊んでた時に従兄弟のソレルが『ファーマス家なのに黒じゃないのは可笑しい、本当の子じゃないんだろう』とか言って絡んで来たんだよな。ソフィア泣いて逃げちゃって、探しに行ったら子どもたちに囲まれて気を失ってたから俺が運んだんだよ。あー思い出してもムカつく」
「そんな事ありましたか?」
自分の事なのに、覚えがない。
「あの時そんな事があったのか!ロイドがソレルと取っ組み合いの喧嘩したけど、頑なに理由を言わなかっただろう」
「親父の子じゃないって言われて、俺もくやしかったんだよ」
フィッと横を向いた兄の父によく似た形の耳が赤くなっている。
「それより、そんなソレルにソフィアの事頼んでも大丈夫なのかよ?」
「うっうむ、子どもの時の話は今はじめて聞いたんだが、いや、ソレルも大きくなったし、今は学業も優秀だと聞いているし……」
「本当かな~? ソフィア、王都の店には向こうの国から連れて来たスタッフが沢山いるから、親父が頼りにならなかったら、そっちを頼るんだぞ!」
「せっかくソフィアちゃんの初恋の話してたのに~」
母が頬をふくらませながら、話を元に戻す。
「倒れたソフィアちゃんをロイドが一生懸命抱き抱えて連れて来て、
結局この国を発つまで寝込んだままだったのよね~。でもうわ言で『ずっと一緒』『約束』って笑いながら言ってたから、てっきりそんな約束した子がいたのかと思ってたのよ、何か覚えていない?」
思い出そうとするけど、靄がかかったようにはっきりしない。
「船に乗ってどこかに行って……でもその後は気づいたら国に帰って自分の部屋で目を覚ました記憶しかないです。この国に来たのだって今回がはじめてだと思っていたので」
「記憶が無いのは高熱が続いたからかしらね、ロイドがあの時の話するの嫌がってたから話題に出すことも無かったし、覚えてないとは思わなかったわ~。ソフィアちゃんが約束した子と再会するの楽しみにしてたんだけどな~。会ったら思い出すかもしれないからその時は教えてね」
母は楽しそうにそう話す。
父と兄はなんとも言えない顔をしているが。
「あの場にいたやつの色は確か…」
「あいつらの息子の内の誰かか?あの日来てたのは確か…」
「はい、そこまで!先入観はあまりよくないし、記憶がないならまっさらな気持ちで学園生活を送ればいいわ。初恋を探すのも新しい恋をするのも自由だし、そんな事関係なく学園生活を楽しんでもいいし。面倒くさい縁談話は大人にまかせて、やりたいことをしたらいいわよ。そうそう私が学生のときはあなたたちのお父様が留学生としてきて、そこで…」
「あぁあの時は私がリリーを一目みて…」
あっ、これ話が長くなるいつものやつだ。
私は兄と目配せをして、双子の弟たちをそれぞれ抱き上げると二人の世界に入った両親を置いてそっと部屋から出たのである。
その日、自室でこの先の事を思う。
記憶にない初恋の話にはびっくりしたけれど、記憶にないものはしょうがない。
母は楽しんでと言ってくれたし、自分の目を大切にしつつ学園生活を送ろう。前世でよくお世話になった、目の疲れをとるアイマスク、あんなの作れないかなー。
頬杖をつきながら、ぼんやりとソフィアは思うのであった。