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星屑の童話たち

寝耳にミミズ

作者: 鈴木りん

星屑による星屑のような童話。

お読みいただけるとうれしいです。

挿絵(By みてみん)


 春一番が、小さな町にぴゅうぴゅうと吹き荒れた、そんなある日のことでした。

 少年野球チームのユニフォームに身を包んだ小学三年生の海斗(かいと)君が、お母さんと一緒に、町はずれの病院にやって来たのです。


「先生、ぼくの左の耳が朝からおかしいんだ。何とかしてよ」


 診察室(しんさつしつ)におかれた丸椅子に座ったとたん、ほほを赤くした海斗君が言いました。

 そのぶっきらぼうな物言いに、海斗君の横に座るお母さんが、申しわけなさそうに頭を下げます。

 海斗君の前に座っているのは白衣を着た白髪頭(しらがあたま)のおじいさんで、この病院の院長先生でした。海斗君のつっけんどんな物言いにも怒るそぶりなど一切見せず、白衣の胸ポケットから聴診器(ちょうしんき)を取り出します。


「そうか、海斗君。左耳が、どういう風におかしいのかな?」

「えーっとね……痛いような、かゆいようなそんな感じだよ。あ、でも熱はないし、鼻水も全然出てないからね!」


 お母さんが、肩をすくめます。

 そして、小さなため息とともに海斗君を心配そうに見つめました。

 海斗君のほっそりとした胸や背中、あちこちに聴診器をあてていた先生が小首をかしげます。


「ふうん。熱もないし、鼻水も出てない……のか。どれどれ、それならちょっと、先生に左耳を見せてごらん」


 この世のすべてを溶かしてしまいそうなほどに温かな笑顔を見せるお医者さんに、海斗君が自分の左耳を寄せました。

 と、そのときです。


「ややっ、これはっ!」


 白く長い眉毛をびよんびよんと上下に動かしながら、先生がすっとんきょうな声をあげました。ぎょっとなった、海斗君。思わず目玉を真ん丸にしました。

 うーむ、と一度うなった先生が、海斗君の目の前でしわしわのてのひらを広げます。

 すると、何かがそのてのひらの上で、にょろにょろと動いているのがわかりました。

 ため息をついた院長先生が、深刻な表情で眉間にしわを寄せながら、ぽそり、つぶやくように言いました。


「……ミミズだな。見てごらん」

「み、ミミズぅ?」


 確かにそれは、一匹のミミズにまちがいありませんでした。

 どこからどう見ても、糸のように細くて小さいミミズが先生のてのひらの上に乗り、まるでおしっこがもれそうな動きで、もにょもにょ動いています。

 それを見たお母さんが、思わず後ろにたおれそうになりました。本当は海斗君もたおれてしまいそうだったのですが、何でもないフリをしてがんばっています。

 海斗君の様子を見た院長先生が、増々心配そうに顔をゆがめました。


「……ああ、ミミズだよ。熱もなく鼻水も出てないのに耳がおかしくなったのなら、原因はこれしか考えられないな。つまり――海斗君が寝ている間に、どこからかやって来たたくさんのミミズが、君の左耳にもぞもぞと入りこんでしまったんだろう。ほら、よく(ことわざ)にもいうじゃないか。『寝耳(ねみみ)にミミズ』ってね」

「寝耳にミミズですって!? 先生、それは本当ですか?」


 今度は、びっくりぎょうてんしたお母さんがさけぶ番でした。

 海斗君は、一度ごくりとつばを飲み込むと言いました。


挿絵(By みてみん)


「ど、どうすれば治りますか?」

「そうだね……。先生が出す薬をきちんと飲んでゆっくり寝ていれば、耳の中に入ったミミズもそのうち死んでしまうだろう」

「わ、わ、わかりました」

「それからね、大きなくしゃみをすると耳の中にいるミミズが口から飛び出してしまうから、きちんとマスクはつけておくんだよ」

「りょ、りょ、りょ、りょうかいですっ!」


 ズボンのポケットにつっこんであったマスクを取り出すと、急いで鼻と口の周りをそれでおおった海斗君。よほどびっくりしてしまったのか、そのまま廊下へ飛び出して行ってしまいました。

 でも、診察室に残ったお母さんも同じでした。

 おどろいた顔のまま固まっているお母さんに、先生が落ち着いた口調で言いました。


「お母さん。これで海斗君も野球の試合に行くとは言わずに、大人しく寝てるでしょう。あ、ちなみにこのミミズ、私がよく行く釣りの餌なんですけどね」


 くすっ、と笑った先生。

 それにつられるようにして、お母さんからも笑みがこぼれました。


「なるほど、そういう事だったんですか……安心しました。でも先生、よくわかりましたね。あの子が朝から『今日の野球の試合は絶対行く』と言って、駄々(だだ)をこねていたことを――」

「長年この仕事してますとね、そりゃあわかりますよ……。ところで海斗君、熱も少しあって鼻水のせいで中耳炎(ちゅうじえん)になりかけてますから、充分注意してあげてくださいね」


 と、そのとき、再び診察室の扉ががらりと開きました。

 鬼のような形相(ぎょうそう)の海斗君が現れ、すごい剣幕でさけびます。


「何してるの、お母さん。早く家に帰るよ!」

「はいはい、わかりましたよ。それでは、先生ありがとうございました」

「いやいや……。お大事にね」


 満月のように真ん丸な笑顔とともに、院長先生はお母さんと海斗君を見送ったのでした。


 (おしまい)

お読みいただき、ありがとうございました。

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挿絵は、みこと。さまからの頂き物です。ありがとうございました!!

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[良い点] まずはその発想がとても楽しくてアイディアに富んでいて、さらにそのアイディアをしっかりと形にするだけの高い文章力が、お話の世界に一気に引きこみ、ラストのオチも優しく、思わずなるほどなぁとうな…
[良い点] 寝耳にミミズ 拝読させていただきました。 耳からミミズ! 確かににょろにょろですね(^^♪ たくさん知識があって、色々な病名が付けられて、高度な手術ができる……だけがいい医者でははなく、…
[一言] お邪魔します(^^) ※以下、ネタバレありです。 いや、タイトルを拝見した時にホラーかと思いました:;(∩´﹏`∩);: 耳にアレがにょろにょろ……と想像してゾッとしたのです(笑) でも、…
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