レンタルおじさん
レンタルおじさん
おいおい待てよ?
商店街のベンチに座っている寛太は青白い顔でスマホを睨みつけていた。
待てよ、嘘だろ?おい
その睨みつけているスマホには
『レンタルおじさん』
と書かれている。その下には
『島原商店街南口ベンチ10時到着予定』
やっちまった。どうやら俺は完全にやっちまったようだ。
時計を見る。時間は10時5分。それを確認した時・・・
「いや〜遅くなってすいませんね」
少し遠くからそんな声が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると、汗を拭きながらこっちに歩いてくる"おじさん"の姿がそこにはあった。
女の子ではない。そう、どこからどう見てもそれはおじさんだ。
「今回はレンタルおじさんのご利用、誠にありがとうございます」
時は遡ること2日前
「ごめん。もう私たち別れよ」
千春とのラインでそう言われた。
「え?どうして?」
「自分勝手で本当に申し訳ないんだけどさ。かんちゃんって私にとって似てほしくないひとに似てるんだよね」
渡辺寛太18歳は彼女から別れを告げられたのだ。
僕は大学に入学後、程なくして中村千春と付き合う事になった。お互い気が合うのだろう、かなり長い期間付き合った。来週は一緒に海に行く予定だった。このままいけば結婚さえできるのではないかとまで思っていた矢先、彼女から別れようと告げられた。
大学にも通い、そして彼女もできてた自分に寛太は満足していたのだ。しかし、彼女と別れた時、心が欠けた気がした。
自分には何が足りないのか、どうすれば良かったのか。悩みに明け暮れ、スマホをいじっている時に見つけたのだ。「レンタル彼女」を
欠けた心をどうにか埋めるため、必死だったんだろう。迷う事なく
「土曜日 島原商店街南口ベンチ10時 レンタル時間10時〜12時30分」
と記入してかわいい彼女をレンタルする事にした。はずだった。はずだったのに。
どうやら自分は間違っておじさんをレンタルしたようだ。
自分がなぜおじさんとデートをしているのか、ここまでの経緯を回想していた。
「あのー、聞いてます?寛太くん。こっちの服とこっちの服どっちが似合いますかね?」
うん。これは完全に女の子とデートしてる時の言葉だ。
「あぁ、えっと・・・こっちの服ですかね」
僕は愛想笑いで答えた。
「じゃあ、この服を買いますね」
このおじさん。さっきベンチで自己紹介をした時は中村隆庸55歳と言っていたか?
しっかりネクタイをして少し黄ばんだシャツを着ている、まるで会社で着るような服装だ。それがより、おじさん感を増している。あろう事か頭は少し禿げていて体型は少しぽっちゃりして、背は168センチ位。
うん。どこからどう見てもこれはおじさんだ。
会計を済ました後、次に向かった店に足が退いた。
「次はこの店に行きますよ」
微笑みながらおじさんはそう言った。
「ちょっと、この店は入っていいんですか?勘違いされそうですけど」
「寛太くんが、私のつけるのを選んでくださいね」
この会話だけ切り取ってみると、まるで女の子と来週あたり海へデートに行くために商店街で水着を買いに行っているように見えるが、残念。前にいるのはおじさんだ。
『かつら専門店』
意識が遠のきそうになる。
中に入り、おじさんは沢山のかつらを見てどれをつけるか選んでいた。
いくらか選んで気に入ったのが2つあったようだ。
「こっちのかつらとこっちのかつらどっちが似合いますかね?」
どっちも同じようにてっぺんのハゲを目立たなくするかつらだった。
「こっちがいいんじゃないすか?」
「これだと少し主張が強い気がしますけど。寛太くんがそう言うのでこれにしますね」
「あ、はい」
早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「そろそろお昼ですね。近くに美味しいピザ屋があるんでそこに行きますか。確か、あのピザ屋は昔娘と行ったピザ屋ですかね」
時計を見ながらおじさんは言った。
娘という響きに違和感を感じた。
「ところで、さっき、娘って言ってましたけど、娘さんがいらしてたんですか?」
ピザ屋でマルゲリータピザを食べながら僕は同じマルゲリータピザを食べているおじさんに聞いた。
「そうですね」
少し薄暗い顔をしておじさんは俯いた。つい出来心で聞いてしまったが、あまり触れない方が良かったのか?
「あっ、いや、別に話さなくてもいいですよ」
「いや、君には話そう。実はね昔、娘がいたんだよ。それに妻もいた。だけど」
「はい」
一呼吸置いておじさんは言った
「10年前に事故で、もう会えなくなったんだよ」
会えなくなったという表現に、事故で亡くしたと察した。そして、このレンタルおじさんをやっている理由も何となく、妻と娘を亡くした理由からだと察しがついた。要するに、10年前の事故で妻と娘を亡くしたから、今こうやって苦し紛れにレンタルおじさんをしているのだ。
こうやって、レンタルおじさんをやっているんですか?なんて聞けるはずがなかった。だから
「なんだか、お互い似てますね」
と言った。
「というと?」
「彼女がいたんですけど、2日前振られたんですよ。それで、苦し紛れに彼女をレンタルしようとしたんですけど・・・」
「間違っておじさんをレンタルしたって事ですね」
2人で声を上げて笑った。久しぶりに声を上げて笑った。
「ねえ、お父さん!こっちの水着とこっちの水着。どっちが似合う?」
お父さんはこの場所にいづらいのか、顔を赤らめて言った。
「こっちが似合うと思うよ」
「じゃあ、来週海行く時はこれ着ていくね!」
「隆庸さん?」
かんたの声で我に帰った。
「あぁ、ごめんなさい。少し、昔のことを思い出しててね」
おじさんの目には少し涙が浮かんでるようにも見えた。
かんたはおじさんと話しをしていて、とても清々しい気持ちとなった。そして、一つ大事なことを決心した。
「もうすぐでレンタル終了の時間ですね。今日は本当にありがとうございました。僕、もう一度彼女に自分の気持ちを正直に伝えようと思います。」
おじさんは微笑みながら言った。
「こちらこそありがとう。私はあの子の気持ちが少しわかった気がするよ。きっと、君はいい旦那さんになる」
一週間後
「千春。もう一度考え直してくれないか」
レンタルおじさんの時と同じピザ屋で彼女に向かい、もう一度付き合って欲しいと願い出た。
「かんちゃん、ごめんね。わたし、一時の感情で悪いこと言っちゃって。もう一度付き合おう」
心の底から嬉しいと思った。同時におじさんに対して感謝の気持ちも湧いてきた。
「どうして急に別れようなんて言ったのか教えてくれないか?」
千春は困った顔をしたが、すぐに決心をした顔つきになった。
「実はこの商店街、思い入れのある場所なの」
「というと?」
「小学校の頃、お父さんと一緒にこの商店街に、海に行く為、水着を買いにきたのよ。それで、お父さんに選んでもらってね、お昼はここでピザを食べたわ。それで商店街から帰る時に事故にあったの。そこで、お父さんは・・・」
かんたは心臓が張り裂けそうな気持ちになった。
「それで、かんちゃんが海に行こうって言った時、お父さんのことを思い出してね。これ以上、かんちゃんとは一緒に居れないって思ったの。自分勝手で本当ごめんなさい」
千春は頭を下げて言った。
かんたは耳を疑った。あのおじさんが千春のお父さんであるという事を。しかし、どう考えても類似点が多すぎる。かんたは思わず口を開いた
「ち、千春のお父さんは・・・」
名前は隆庸というのかとか、外見はこんな感じなのかとか、何というか確認しようと思ったが、やめにした。
「なに?」
かんたは微笑みながら言った。
「きっと、千春の事を思い続けてるよ」
「ねぇ、かんちゃんこっちの水着とこっちの水着、どっちが似合ってる?」
かんたはこの場所にいづらいのか、顔を赤らめて言った。
「こっちが似合ってると思うよ」
「じゃあ、これを来週着ていくね」
そんなやり取りを見て微笑んだのか、安心したかのように、一つの魂が商店街から消えていった。