9 罪悪感とやさしさ
俺は軽い足取りで教室へと向かう。
先日の深夜アニメの出来があまりにもよかったからか、
興奮して夜はあまり眠れなかった。
「昨日の魔女っ子最高だったぜっ!!へっへっへ!」
口には出さないが、
こんなことを考えていた。
口に出していたら白い目で見られていたことだろう。
それになんだ?へっへっへ!って・・・。
寝不足によってハイになっていたからだろうか、
はたまた隠されていた素か?
それは本人にもわかるまい。
他人にとっては小さなことだが男にとっては大きなことがあったせいか、
男の機嫌は最高潮だった。
それに今日はきっともっと機嫌が良くなるだろう。
なぜかって?
それはお楽しみ。
「はよ~。」
「おはよう。」
珍しく挨拶が帰ってきた。
いつもは『ん。』や『ち。』とか一文字なのに。
てっきり不機嫌なものだと思っていたのに。
これは予想より面白いことにはならなかったのか?
・・・残念だ。
「なあ、メガネ。」
「なんだよ。」
「昨日はお前のメガネが伊達じゃないとわかった。」
「は?どういうこと?」
「・・・要するに・・・ありがとう。」
タモツは照れるように頬を掻く。
・・・罪悪感がやばい。
話を変えよう。
あいつは興味がなさそうにラノベに目を落として興味なさげだが、
さすがにこれで話を終えるのは今日一日に響く。
「ところでそれ新刊か?」
「ん、ああ・・・読み終わったら読むか?」
・・・どうしようタモツが優しい。
その優しさが普段だったら、どれほどいいことだろうと思う。
けれど今は心が痛い。
なんて潜在的Sなんだ。
「ああ・・・やっぱいいや。
俺もファンの1人だからな。
売り上げに貢献したい。」
「そうか。」
・・・会話が弾まない。
いつもの鋭いツッコミがないせいか、
なんか寂しい。
タモツの横の席の女もどこかつまらなそうにしている。
・・・こ、これは・・・。
「・・・ぐってくれ・・・。」
俺は芸人魂からか、はたまた罪悪感からか妙なことを口走り始める。
「何か言ったか?」
読書の邪魔をされたのが、
気に入らなかったのか、
少しばかり目がつり上がっている。
よし!もっとだもっと!
そう思ったからか、俺は血迷った言葉を大音量で吐き出す。
「俺を殴れっ!」
朝の喧騒に包まれた教室に大きな声が響き渡る。
・・・何を言っているんだ俺は?
内心は冷静だが、
言葉は止まらない。
「昨日のアドバイスは、
本当はお前が嫌がると思って、けしかけたんだ。
おもしろそうだと思って。」
「ん?」
眉がさらに上がる。
「もしお前があの娘に嫌われたら面白そうだなって、
今2人っきりで同棲しているから、ぎくしゃくしたら最高だなって・・・。
だからほら!
俺を殴れっ!!」
「・・・そうだったのか・・・。」
タモツは俺に向かって手を・・・
・・・あげない。
俺の肩に手を置く。
「気にするな。
まあ、理由はどうあれ、結果的にはうまくいったんだ。
お前に感謝している。」
「・・・。」
優しい・・・優しすぎるぞ・・・今日のタモツは・・・。
言葉にして謝罪したおかげか、
気分が楽になった。
「・・・ありがとう・・・親友。」
俺はそれじゃあとここを離れようとする。
すると、
タモツは滅多に見せない笑顔を俺に向けながらこう言った。
「まあ待て。
話はまだ終わっていない。」
「ん?」
俺としては話はもう終わって大団円といった感じなんだが、
友人の優しい一面が知れてよかった。
俺の気分は晴れやかなんだが。
もしかしたら、お礼が言い足りないとかか?
いや~・・・そんなに感謝したいのか?
しょうがないな~♪
タモツは本を机に置き、
もう片方の肩に添える。
・・・いや、握りしめる。
「えっ?」
「なあ、お前には言ったよな?」
「な、何が?」
流石の俺もここで気が付く。
何かおかしい。
「昨日、屋上で。」
「・・・あっ!」
『面倒だから、今両親が新婚旅行に行っていて、あいつと2人だってことは誰にも言うなよ。』
・・・やばい・・・やっばい・・・。
「は、離せっ!」
俺が逃げようと身をよじるが、
タモツは俺の肩を離さない。
それどころか、力が入っていく。
ミシリッ、ミシリッ!!
「ぐっ、ぐあああぁぁぁ~~~っ!!」
俺は嗚咽を漏らす。
すると、
脳天に激しい衝撃を感じ、後ろの机に頭をぶつける。
薄れゆく意識の中、
俺が最後に目にしたのは
額を真っ赤にしたタモツだった。
「このクソメガネが。」
目を閉じたときにはこんな捨て台詞を聞き取った。
まじ・・・コンタクトにしようかな・・・。
こんなの何回もくらっていたら眼鏡(相棒)が砕ける。