1 夏休みデビュー
久々の学校だ。
やっと・・・やっとあいつといない時間ができる。
あいつから逃げられるという言葉を使わなかったのは意地だろうか?
けれども、
そんな体裁を繕った意地を体は強がりとしか感じなかったのだろう。
体は感情のままに両手を天高く掲げる。
「あっ!」
俺は視線に気が付き、
両手を下げ、少しばっかり顔を赤くする。
そしてどこか真面目な表情を作り、
ここから離れる。
学校へと向かうのだろう。
やはりというとかなんというか、その足取りは表情に似合わず、心なしか軽やかであった。
・・・まあ、物理的要因かもしれないが。
・・・やっと学校に着いた。
久々の学校ということで夏休みのだるさが残り、
なんというか・・・何度か照り付ける日差しから逃げるべくコンビニに何度か入った。
地球温暖化か、
はたまた異常気象というやつか、
学校が始まるころになっても残暑なんてもんじゃないひどい暑さが残っている今日この頃。
親から聞くと、
昔はこんな暑さがここまで長引くことはなかったそうだ。
それも夏真っ只中のお盆あたりもこんなにも暑いことはなかった・・・らしい。
きっと夏が暑く、長くなっているのだろう。
それならば・・・と思うがきっとこれは長くはならないだろう。
・・・長くなったらいいな・・・。
まったく途中で帰らなかった俺を褒めてやりたい。
こんな風に自分を称賛でもしないとやってられない。
などと生産性の全くない考えを巡らせていると教室に着いてしまった。
すると、なにやら教室内の雰囲気が妙だ。
どことなくぎこちない雰囲気なのがちらほら。
夏休み明けということもあって少しばかり距離感が掴みにくくなっているのだろうか?
いや、それだけではないだろう。
大幅に雰囲気が変わったものがちらほらといる。
・・・今年はやたらと夏休みデビューとやらが目立つな。
まあ、来年は受験。
遊べるのは今年くらいのもの。
そう考えると後悔を残したくないと思った若者は・・・妥当だな。
まあ、そんなことは俺たちには関係ない。
デブと眼鏡。
なにせやりようがないほどに・・・言っていて悲しくなった。
俺は同士とこれを分かつべく、
視線を送る。
・・・まあ、あいつはそんなの無視かもしれないが。
・・・ん?
同士がいない?
まだ来ていないのか?
いつも俺よりも先に来て、ラノベや漫画をカバーも掛けずに読んでいたはずだけど・・・。
まあ、夏休みボケかもしれない。
もしかしたらあの肉体でこの暑さは堪えるから今日は休みか?
「ふむ。」
俺は席に着く。
すると横から尋常じゃないほどの殺気というか瘴気を感じた。
鋭い目つき、
髪はどこか癖っ毛。
コンプレックスはそれなりに持っているが、
明らかにイケなメンだ。
こんなやついただろうか?
・・・はて?
・・・ああ、巷で流行っている夏休みデビューってやつ・・・か?
・・・いやいや・・・無理がありすぎるだろう。
こんなやつこのクラスにはいなかった。
これだけは断言できる。
だいたい夏休みデビューってやつは、
「ねえねえ、ちょっと短くしてみたんだ。」
って、髪を切ったり、
「なあなあ、この色どうだよ。」
って、髪を染めたりとか、
「コンタクトにしたんだけど・・・どう?」
だとか、
「くっくっく・・・右手が・・・。」
「・・・。」
・・・このクラスにはいないが陽キャに混ざったりだとか・・・。
元はほぼ変わらないやつだぞ。
途中変なのが混ざったが、
それは気のせいだ。
うん、きっと気のせいに違いない。
要するに印象がある程度変わる・・・かもしれないというものだぞ。
印象操作の一種?だぞ?
・・・たぶん・・・。
「この包帯を解いたとき・・・静まれ、鎮まれ、私の・・・。」
・・・なんか考えていて少し自信がなくなってきた。
・・・もしや俺が知らないうちに整形までそれに含まれるようにっ!?
などと考えるが、
すぐに考えを打ち切る。
流石にそれはないだろう。
ここにいるヤツらはアイドルだというわけでもない。
容姿にそこまで金をかけたりといった努力をする奴はいないだろう。
・・・となると・・・。
「なあ、ヒロ。
俺は馬鹿なんだろうか?」
隣に座ったやたらイケメンなやつが俺に声を掛けてくる。
・・・誰だこいつ・・・。
こっちは今それどころじゃないんだよ。
って、ここって確か・・・あれ?
俺の戸惑いを感じ取ったのだろうが、
明らかにそれを無視して声を掛ける。
「なあ、聞いてるか、メガネ?
相談があるんだっての。」
相談があるなんぞ聞いた覚えはないぞ。
・・・このふてぶさしさはどこかで・・・。
「ちっ、三笠先輩にでも頼るか。」
三笠先輩っ!?
三笠彩音、ここの3年生だ。
彼女は美人なせいか、
それほど有名な生徒というわけでないわけではないが、
近づきがたい先輩だ。
彼女の眼差しは多くのMに突き刺さる・・・らしい。
果たして彼女に近づこうとするものがいるだろうか・・・あいつ以外・・・。
・・・俺の悪友以外。
そんなこと関係ないとばかりに声を掛けた彼以外。
女嫌いのあいつ以外。
俺はそれでも認めたくなかったからか、
確認するように言葉をかける。
「・・・夏休みデビューか、タモツ。」
俺は努めて明るく、
相手の神経を逆なでするかのごとく声を掛けた。
すると相手もこちらのそれに最高の反応を向けてきた。
「ちっ!」
舌打ちと不機嫌に歪んだ表情。
その歪み切った表情から俺は彼だと悟った。
久々だな、悪友。
お前は随分と変わっちまったな。