02.【 新婚の男たち 】
< アンドリューの場合 >
「……アイ、が足りないんじゃないでしょうか?」
花に囲まれた寝室のベッドの上に仰向けに転がった新妻のブリジッドが、首をかしげながらそう言った。
俺は白い肌をさらした彼女を見下ろしながら、ただただ固まっていた。
今日、俺は結婚した。
相手は、伯爵家の令嬢・ブリジッドだ。
幼い時に親同士が決めた、いわゆる政略結婚。
それでも、毎年事あるごとにお互いを訪問し、手紙を交換しプレゼントを贈りあい、親交を深めてきた。
彼女のことは、特に好きでも嫌いでもない。いや、どちらかといえば、好き、だ。
好き、だがそれは、確かに“愛”ではないのかもしれない。
俺の両親も政略結婚で結ばれた。
俺を始め全部で5人の子宝に恵まれ、傍目には父も母もお互いを愛しあっているように見えた。
両親の間にあるモノが本当は何か分からないが、俺も夫婦になれば、いずれ愛まではいかなくとも、傍目に幸せな夫婦に見えるくらいにはなるだろうと思っていた。
思っていたが、新婚1日目で、俺の心はぽっきりと折れた、ような気がする。
< レスターの場合 >
私は結婚する気などなかった。
心から愛する人がいるからだ。
だが爵位を継承し、いずれ子孫に引き継ぐためには、実子が必要だった。
親や親族からの圧力に負け、私は送られてきた釣書の中から相手を選ぶことにした。
愛する人への罪悪感が少しでも軽くなるように、愛する人とは全く違う名前であること、雰囲気や体型もなるべく違う女性を選んだ。
そして、つつがない婚約期間をへて、今日、結婚したのだ。
「私は貴方を愛することはない。私が結婚したのは後継ぎがほしいからだ」
薄暗い部屋の、花に囲まれた寝台を前に、妻となったユーニスに向かって、私はなるべく冷たい声でそう言った。
父が母に言ったという言葉だ。
父は結婚を拒んだ私に、後継ぎさえできれば好きにして良いと言った。
私は父に、後継ぎができたら離婚したいと答えた。
父は了承し、機嫌が良くなった父は、結婚は最初が肝心だ、とその言葉を教えてくれたのだ。
ユーニスは、その言葉を聞き、腕を組んだ。
そして暫く思案した後、服を脱ぎ始めた。
服といっても、薄い夜着だ。脱がしやすくできているそれは一瞬で彼女を裸にする。
偉そうな腕組みにも驚いたが、その後の行動にも驚いた。
積極的だな、これは早く離縁できるかもとも思ったが、彼女の姿を上から下まで見て、私は絶句した。
「そう言うことなら、私とはすぐに離縁の手続きをした方がよろしいですわ。絶対に子供はできませんもの」
私に向き直ってユーニスはそうため息をついた。
< オーフェンの場合 >
僕は今日、結婚した。
学園で出会った、運命の人と、だ。
彼女には、愛する人がいた。
だけど、その相手にはすでに他に愛する人がいるのだそうだ。
僕もその二人をみたことがあるが、その様子は燃え上がるようではないが、お互いを慈しみ合うような温かいものを感じさせた。
彼女は、たくさんの取り巻きに囲まれながら、そんな風に愛されたいと泣いていた。
「あなたを誰よりも愛しています。僕と結婚してください」
僕は卒業式のあと、勇気を振り絞って、そう言った。
彼女が、迷いながらも了承の返事をしてくれた時は、天にものぼる気持ちだった。
学園の名だたる取り巻きから見れば、僕は何の取り柄も魅力もないはずなのに、彼女は僕をえらんでくれたのだ。
並み居るライバルから選ばれたんだ、きっと幸せにして、彼女の思う二人のような夫婦になれるよう努力しようと決心していた。
「オーフェン、貴方はあたしを愛しているのよね?」
花に囲まれた寝台の上で、愛するニコラが泣きそうになる。
そのかなしげな顔に、僕も泣きそうになった。