その後の話 【 三人の新婚男子 】
「その節はどうも」
聞きなれない声に振り返ると、どこかで見たことがある男が立っていた。
どこで見たのだろうと、しばらく考えていると、
「教会ではどうも」
男が苛立ったようにそう言った。
教会と聞いてアンドリューはようやくその男が、半年前のあの日、隣にいた夫婦の夫だと気がついた。
「ああ、あの時の」
アンドリューはそう微妙な笑顔を張り付ける。
久しぶりに一人で来たバーで会うのが、そんな知り合いなんてついていない。
アンドリューは心の中でため息をついた。
「その後、どうですか?」
名も知らぬ男が聞いてくる。
「その後とは」
「……場所を変えませんか?」
「えっ」
「ここで会ったのも何かの縁。ちょっと聞きたいことがあるんです」
嫌な縁だな…と思いながら、アンドリューは頷いていた。
バーの個室に場を移すと、男は静かに頭を下げた。
「実は、貴方が来るのを待っていたんだ。私はレスターと呼んでもらいたい」
「はぁ」
「貴方のことはなんと?」
「アンドリューと」
「ではアンドリュー、再会を祝して」
いや全然祝いたくないんだが。
そう思ったが、グラスを持ち上げる。
「それで、その後とは?」
なんだか嫌な予感しかしないので、さっさと話を進めようと、アンドリューはそう尋ねた。
「パンツの話だ」
レスターがぼそりと言う。
それは分かっている。
「それが、どうかしたのか?」
「アンドリューはもう、その、脱がしたのか?」
アンドリューは目を見張った。
あっという間に顔が赤くなる。
「そ、そ、そう言うレスターは?」
「私は、まだだ」
真っ赤になったアンドリューのことなど気にも留めずに、レスターはそううつむいた。
「彼女を、愛せないのか?」
アンドリューは、レスターと一緒にいた女性を思い出しながら、そう聞いた。
レスターのお相手は、すらりとした背の高い女性だったのは覚えている。
自分もいっぱいいっぱいだったから、あまり良くは覚えていないが、不思議な顔をしていたような気が。
「いや、今は愛しているんだが、その」
レスターの答えは歯切れが悪い。
「何か問題でも?」
「その、私は、彼女の……」
「彼女の?」
「彼女のパンツを脱がしたくないんだ」
「……………………」
アンドリューは固まった。
アンドリューの脳では、理解できなかった。
アンドリューにとって、愛する妻のパンツは脱がすものだからだ。
「……そ、それは、どう言う意味で、脱がしたくない、ん、だ?」
「彼女のパンツが……」
「パンツが?」
「……とてもかわいいんだ」
「……………………」
アンドリューはまた固まった。
それは、のろけ、なのか?
「レスター、彼女のパンツは、一体どんなパンツなんだ?」
「それが、黄色と黒のしましまで、とてもフワフワしていて、手触りが良いんだ」
「………そうか」
それ以外に、何か言うことはあるだろうか? いやない。
「彼女のことは愛している。婚約期間、どうしてもっと彼女のことを真剣に見なかったのか後悔しない日はないほどに今は愛しているんだ」
「なら、パンツは脱がした方がいいだろう? 彼女もそれを待っているんじゃないのか?」
「それはそうなんだが、もし脱がしてしまったら、もうあのフワフワのパンツに触れられなくなると思うと」
くっと、レスターが手を握り締める。
「そんなに、いいのか?」
「ああ、この世のものとは思えない手触りなんだ」
「今はどうやって」
「君を大事にしたいとか、勇気がないとか言ってごまかしているんだが、彼女が最近パンツをはかないと言いだしたんだ……」
それは、そうなるだろうな。
アンドリューは不思議な気持ちでレスターを見つめた。
「どうして私は彼女にあのパンツをはかせてしまったんだろう? あのパンツに出会わなければ、こんな気持ちにならなくて済んだのに」
「レスター、君は、彼女よりパンツを愛しているのか?」
「!?」
レスターは目を見開いた。
「そんなことはない! 私は彼女を愛している!」
「なら、パンツは諦めて、彼女を手に入れたほうがいいんじゃないか?」
「アンドリューは、妻のパンツを失いたくないとは思わないのか?」
聞かれて、アンドリューは、あの夜のことを思い出す。
彼女は、ブリジッドはどんなパンツをはいてたっけ?
「家の妻のパンツは、普通のパンツだった」
アンドリューが言うと、レスターの目はさらに大きく見開かれる。
「そ、そうか」
レスターは杯をあおった。
そして、大きく息をつくと、
「アンドリュー、また会ってもらえないだろうか?」
「それは……」
「頼む、パンツ問題は相談できる人がいないんだ」
その真剣な顔に、アンドリューは頷くしかなかった。
「わかったよ」
「なら、できれば近いうちに」
「時間がある時連絡する。連絡方法を教えてくれ」
アンドリューがそう言うと、レスターは嬉しそうに笑った。
会計もレスターがしてくれ、部屋を出るとどこかで見た少年が近づいてきた。
「その節はどうも!」
きらきらとした笑顔の少年に、アンドリューもレスターも首を傾げる。
こんなかわいらしい少年が、知り合いにいただろうか?
「分かりませんか? 教会で会ったでしょう?」
言われて、半年前のあの日、二人で泣いていた夫婦を思い出す。
「あの時の」
アンドリューとレスターの声が重なる。
「お元気そうですね。あの時より前から、お友達だったんですか?」
アンドリューとレスターは顔を見合わせた。
そしてどちらともなく、頷く。
「まあ、そんな感じだ」
「わぁ、いいなぁ。僕もまぜてもらっていいですか?」
ニコニコと彼が言うと、否定できない何かがある。
「それは構わないが」
「ありがとうございます。僕はオーフェンって言います、よろしくお願いします」
小首を傾げ、にっこりほほ笑む。
暗いバーの中が、太陽が昇ったように明るくなった気がする。
「オーフェン、君は彼女とは上手くいっているのかい?」
レスターが、ズバリ聞いた。
なんて言うか容赦がない聞き方だ。
オーフェンはさらに輝くような笑顔になる。
「はい、おかげさまで! 来年には僕、お父さんになるんです!」
「………」
アンドリューとレスターは、ここ最近一番の衝撃を受けた。
「それは、おめでとう」
そう言うのがせいいっぱいだった。
アンドリューとレスターが、青くなったり赤くなったりしているうちに、オーフェンは
「今日は会えて良かったです。また、今度!」
と、こぼれんばかりの笑顔で去って行った。
「若さ、か?」
「そう、思いたい」
アンドリューとレスターはふらふらしながら、家路についた。




