11.【 鋼鉄のパンツと真実の愛 】
「今日もお疲れ様ですね」
三組の夫婦を見送っていると、背後から軽やかな声が聞こえてきた。
ため息をつきながら振り返ると、我らが教会の美しきカリスマ女教皇が、輝くばかりの笑顔でそこに立っていた。
「教皇様、わざわざこんな所においでとは、一体どのようなご用件でしょう?」
私は、何しに来やがった、と言う気持ちを込めながらそう頭を下げた。
「視察ですよ、視察」
「視察って、一人で、ですか? 先月も来たばかりでしょう」
「そうだけど、近いし、鋼鉄のパンツプロジェクトの様子も気になるしね」
「気になるからってそうそうこられても困るんですよ。パンツのせいで貴重な私個人の時間がすでに減らされてるんです」
「そんなこと言うなんて、教会職員として減俸ものです」
「減俸もなにもそんなに貰っていませんから」
プンスカしながらそう訴えると、教皇はけらけらと笑った。
「それで、どうですか?」
「どうですかとは?」
「鋼鉄のパンツプロジェクト」
「まあ、なんとかやっています。数字上では、外部問題のない新婚さんの初期離婚率は低くなっていますが」
「そう、それはいい知らせね」
「でもまだ始まって1年と6カ月です。もっと長期的にサンプルを集めないと、なんとも言えません」
私はそう肩をすくめる。
「ところで、なんで『鋼鉄のパンツ』なんですか」
「それは昔からあったものだし……ほら、なんとなく強そうでしょ?」
鳴り物入りの女教皇だが、その実態は笑いのとれない面白おばさんだ。
レポートや回覧物のここかしこに変なネーミングが踊る。
だがそれはまったくもって面白くもないし、意味不明だ。
「強くなくていいでしょう? もっとこう、かわいらしいとか、奇蹟的な感じの名前の方がいいんじゃないですか?」
「あら、こう言うのは変な名前の方がいいのよ。変な名前であればある程、他人に相談しにくいでしょ?」
言われて、私は少し想像してみた。
「あー確かに。ちょっと言いにくいですけどね」
「でしょう? 他の人に言いにくければ言いにくいほど、教会に救いを求めに来やすくなる。問題はここに相談しにこられずに、そのままこじらせちゃう人ね、」
「今のところ、ほとんど相談に来ていますよ。まあ、今は一応、危険の少ない人を選んで教えているからですが」
「本当は問題のある人たちに教えたいのに」
教皇はそうため息をつく。
「本当はそうなんでしょうけど、我々にできることはまだ少ないですよ。とりあえずささいな行き違いや話し合い不足レベルの夫婦が、楽しい夫婦生活を長く続けてもらえるようになることが大切でしょう」
「そうよね」
「とりあえず、問題が軽い夫婦の面倒を国中の教会で見られるように、基準を作りましょう」
がっかりする教皇に、私はそう提案すると、彼女の瞳がキラキラと輝く。
「目の前のパンツ問題すぐ解決しそうな夫婦を、教会職員なら誰でも相談を受けれるようになれば、問題の大きい夫婦に特別班を組めるようになりますよ。話し合いだけでは済まないでしょうからね、そう言う人たちは。……私だって血を見るのは嫌なんですから」
顔をしかめて、そう言う。
教皇はさらに大きなため息をついた。
「せっかく、夫婦になる縁があるのに、残念な話よね。本当なら、パンツなんて使わなくていいはずなのに」
「そうですが、そうじゃないから、貴方は鋼鉄のパンツを見つけたんでしょう? それに、彼らはパンツを脱いでからの方が長いんです」
「あら、教会職員っぽいことを」
「一応、教会職員ですよ」
そうだったわね、と教皇は笑った。
一応、これで「鋼鉄のパンツと真実の愛」は終わりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この後、後日談1話を更新します。