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病院童

作者: 花村流花

 不安なのは手術だけじゃない。入院生活にも気が滅入る。

夜の病棟、夜中のトイレ、病室の天井・・・

眠れればいいが、ぐっすりと眠りにつければいいが、丑三つ時に目がさえて、トイレに行きたくなったら

薄暗い廊下をひたひたと一人歩かねばならないのだと思うと憂鬱になる。

 看護師さんに案内された二人部屋は、本来二人入るはずだが、同居するはずだった患者は今朝退院していったとのことで個室状態になった。ますます、孤独感に不安は増す。

「一人は気楽でいいじゃないか。二人ってかえって気使わないか?良い人ならいいけど気難しい人だったら辛いぞ」

夫はそう言って背中をさすってくれる。まあそうだね、と私も開き直った。


 夫を病院の玄関まで送ってから、売店に買い出しに行った。

水、お茶、甘い缶コーヒー、それと大好きなチョコレート。内臓系の手術ではないから食べ物の制限は特にないので術後のご褒美として冷蔵庫に入れておく。

 売店の年配のおばさんは、人懐こい笑顔で聞いてきた。

「どこの病棟ですか?」

「B棟の4階です」

階まで答えるとおばさんは、あらあ!と大きく胸を開いて微笑んだ。

私は首を傾げた。どうしてそんなに明るく微笑むのだろう、と。

「あの、良い場所なんですか?Bの4階って。看護師さんがすごくいいとか眺めがいいとか?」

「え?ああ、そうじゃないのよ。運がよければ・・うん、大丈夫よ」

お大事に、とレジ袋を渡され、おばさんは次の人の会計を始めた。

続きを聞きたかったがレジには次々人が並んでしまったので、とりあえず今はあきらめることにして病室へと戻ることにした。


 入院初日の夜。

9時に消灯されたが、部屋の中は廊下からの明かりがうっすらと差し込んでいる。それに夜勤の看護師さんたちは忙しそうに足音を立てているので、人の気配を感じられて不安は少し解消された。

 それにしても、あの売店のおばさんの反応はなんだったのだろう?悪い感じはしなかった。むしろ良かったわね的な雰囲気さえあった。「あらあ!」・・なんなの?

わからない。なんだろう?なんだろう・・・考えながら目を閉じると、一気に眠気がやってきた。夕食と一緒に出された精神安定剤のおかげなのだろうか。すぐに思考回路は止まり、眠りについた。



 入院2日目。手術は無事に終わった。

名前を呼ばれて意識のある世界へと連れ戻されると、先生の声や夫の顔が徐々にはっきりとしたものになってきて、ああ無事に終わったんだと安堵に唇が震えた。

 その夜は、麻酔が切れてきて傷跡の痛みで眠るどころじゃない。頻繁に看護師さんが様子を見に来て音をたてるというのもあるが、やはり痛みが一番の睡眠妨げだ。

ナースコールボタンを押し、痛み止めの座薬を入れてもらい、そんなこんなでいつの間にか眠ったらしい。入院の夜への恐怖など感じる間もなく二晩目は過ぎていった。


 不思議なことが起こったのは入院3日目、手術から2日目の夜のことだった。

9時の消灯直前にトイレに向かう。廊下の明かりとは対照的な窓の外に目をやると、

小高い山を包む真っ黒な木々が風に揺れているのが見えた。

少しブルッと体を震わせてからトイレの扉に手をかけると同時に、廊下の電気が一斉に消えた。9時になってしまったのだ。大急ぎでトイレを済ませ、非常灯と端に見えるナースステーションの明かりを頼りに病室へと足を早めた。

 自分の病室まであと1メートルというところまで来ると、病室から小さな黒い人影が出てきた、ように見えた。

・・え?子供?・・

ここには大人しかいないはずだ。小児病棟があるなんてパンフレットには書いていなかったし、他の患者のお見舞いに来た子供なのかとも考えたが、たった今消灯したじゃないか。お見舞いの家族たちはとっくに帰ったはずだ。

・・きっと、看護師さんだ。私の様子を見に来た看護師さんが出て行ったんだよ。たまたま背の低い看護師さんだったんじゃない?それが子供に見えたんだわ・・

ドアを閉める代わりにひかれているカーテンを勢いよくはじき、

自分の臆病風を情けなく笑いながらゆっくりとベッドに横になった。


 翌日、入院してから二度目の買い出しに売店へ行った。

いらっしゃい、と迎えてくれたのは、この前来た時にいた、あのおばさんだった。

レジ台にペットボトルやお菓子、いつも読んでいる婦人雑誌があったのでそれも置いた。

「あの、お聞きしたいんですけど」

ちょっと探るような斜めの視線を向けると、おばさんは私の事を覚えていたようで、

「ああ、B棟の4階のことね?」と間髪入れずに返してきた。

「あそこに出るのはね・・」

・・えっ!出るの?・・

「病院童なのよ」

「びょういんわらし?」

座敷童なら知っている。どこそこの温泉旅館には座敷童がいて、会えれば幸せになれるとかテレビでやっているのを何度か見た。

そういうことなの?座敷童の病院版ってことなの?

「この病院ができた頃、40年くらい前だったかしら、小児病棟があってね。それがB棟の4階なのよ。残念ながら亡くなってしまった子供もいるんでね、夜な夜な子供の霊が出るなんて噂が飛び交った時期もあるの。だけど不思議なことに、子供の霊を見たっていう患者さんは回復が早くて、予定してたよりも早くに退院できたんですって」

それを聞いて、もしかして昨夜見た気がする子供らしき黒い影は、病院童なんじゃないかと思った。

話を終えたおばさんに、昨夜の出来事を話してみた。すると、ああそれだ!と大きな頷きを繰り返した。

「実際見た人の話しだと、病室で見たって言ってたわ。きっとそうよ」

おばさんは花が開いたような笑顔を見せながら、ぷっくりとした手でレジ横のお菓子をつかんで私のレジ袋に押し込んだ。

「これおまけ、童ちゃんのぶんね。ベッドサイドに置いておけば喜んでもっていくかもよ」

思わぬ話とおまけに、ありがとうございますと何度も頭を下げて売店を後にした。


 その夜、かすかな物音に目が覚めた。ベッドも少し揺れたような気がする。

地震か?とも思ったが、その後は揺れもなにもない。

時計を見ようとベッドサイドの時計に手を伸ばそうとして、ハッと動きを止めた。

お菓子が無いのだ。確かにここに置いたのに・・

下に落ちたのか。だから物音がしたのか?床を見るがお菓子は見当たらない。

その時、ベッドの逆側に気配を感じた。背筋に冷たいものを感じながら顔を向けると、

ベッドの下から子供が顔をのぞかせた。

少し不細工な、漫画に描いたような顔だ。でも愛嬌たっぷりに微笑んでいる。

ひぃっ!と声にならない悲鳴を喉の奥であげた。そして反射的に布団を引き上げ頭からかぶった。体中から汗が噴き出すような、でも熱いというよりは凍り付く感じ。

座敷童ならぬ病院童だって言ったって、怖い。早く寝よう!このまま寝よう!・・

そう自分に言い聞かせながら布団をかぶり続けた。そしていつの間にか・・・

眠りに落ちていた。


 予定では8日間ほど入院するはずだった。だが2日早い6日間で退院できると医師に言われた。病院童に会えた次の日の午後の事だった。

売店のおばさんの言っていた通りになった。病院童が部屋にやって来ると回復が早くなる、その噂、いや実際の話を、私も体験することができたのだ。

 退院の日。夫が迎えに来るまでの間に荷物をまとめ、忘れ物の点検のつもりでベッドの下ものぞいてみた。すると、売店のおばさんがくれたお供えのためのお菓子の空箱が・・

転がっていた。


  おわり


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― 新着の感想 ―
[一言] 夏のホラー2019から来ました。 怖い話かと思えば(病院なんかで会うのだから「良いなにものか」だったとしても普通に恐ろしそうですが……)ほっこりする話で、こういうタイプの怖い話も良いですね~…
[一言] いいお話でした。良くまとまっている感で楽しめました。
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