第5話 日高誠と科学室の魔法使い
「不思議な事があるもんだよな」
そう答える吉田。
「嘘だろ!?」
その反応を見て、思わず声に出す俺。
通報騒ぎのあった翌朝の教室。ホームルームが始まる直前。窓際に二人で並び、昨日の事を報告していた。
吉田がまた、物分かりの良過ぎる反応をして来た。ここまで来ると流石に気持ちが悪い。
「岸本紗英が俺の家の近くに住んでいたんだぞ? しかも一週間前からだ」
そんな偶然、ある訳無い。
正確には小さな路地を越えた五軒先だ。もう隣に住んでいると言われても仕方ない距離だ。
深く溜息をついた後、いつに無くシリアスな表情になる吉田。
「分かった。正直に言う」
こいつ……やはり何か知っているのか? 思わず息を飲む。
「正直、日高がメッチャクチャ羨ましい。でも、近くに住んでいるからと言って仲が良くなるとは限らない訳よ。逆もある!」
ああ……。そっちか。吉田にとっては、不思議現象よりも恋愛の方が大事な事らしい。
いや、魔法パンチの後遺症って事もあるな。吉田をこれ以上巻き込むのは止めておいた方が良さそうだ。
俺はとにかく、魔法使いにもう一度会う必要がある。これからも理解不能な出来事が起きるかも知れない。
始業のチャイムが鳴り、午前中の授業が始まる。
教室の左から二列目、最後尾の自分の席に戻る。吉田は右端中央の席だ。
勉強に集中なんて出来る状況じゃない。今日は作戦を考える事にする。
まずは事の発端から見直してみよう。
魔法使いが現れた原因。俺の部屋にあった「他人の持ち物」について考えてみる。
スニーカーは右最前列の席に座る上村の物だった。
履いているのを見て、欲しいと思っていた時期があった気がする。
サッカーボールは……前日に代表の試合中継があったな。家族四人、テレビの前で応援していたっけ。
ペンケースは高崎の物だ。
高崎花奈は通路を挟んだ右二列前に席っている。
正直、高崎花奈は好きなタイプの女子だ。黒板を見る度に視界に入るので、気になって見てしまう。
……そう考えると俺が魔法で引き寄せたという話は本当なのかもしれない。無意識とはいえ最低だ。
でも一つ。岸本紗英のテニスラケットは何も接点が無い。それだけが謎だ。そして遂には岸本紗英が俺の家の近くに引っ越して来た。
もしかして、上村や高崎にも何か異常現象が起きているのか?
──確認してみるか。
「高崎。ちょっといいか?」
昼休みに入るや否や、声を掛けてみた。
「どうしたのぉ? 日高くん」
不思議そうな顔で俺を見て来る。
短めのフワフワとした茶色掛かった髪。大きな目。低身長ながら抜群のスタイル。
その豊かな胸部に視線を取られない様に必死に眼球を操作する。頑張れ俺の外眼筋。
「最近、何か変わった事が無いか?」
「変わった事ぉ?」
「違和感と言うか、不思議な事とか……」
「私は特に無いけどぉ……」
高崎は少し困った様子だ。
まあ……今まで会話した事の無い俺が、急に話しかけて来た事が違和感だよな。
「いや、無ければいいんだ。ごめんな。呼び止めて」
手掛かりは無しか……。
「日高くんて水鞠さんみたいな事を聞くのね。何だか面白い」
高崎花奈がクスクスと小動物の様な仕草で笑う。
うん。可愛いな高崎は。岸本紗英とは正反対だ。どうせ家が近くになるなら高崎だったら良かったのに。
ん……?
今何て言った? 俺みたいな事を訊く奴がいる?
いや、そこじゃ無い。
「水鞠……!? 今、水鞠って言ったか?」
「う、うん。四組の水鞠さんだけど……」
魔法使いの名前だ。水鞠コトリ。何で忘れていたんだ!?
「高崎は何で知っているんだ? あの魔法使いの事」
「え……!? 水鞠さんとは同じ中学校だし……。魔法使いって、何?」
高崎は目をパチクリして呟く。水鞠コトリが魔法使いだとは知らない様だ。まあ、そうだよな。
魔法使いが同じ学校に居て、普通に学生していたとは思わなかったよ……。
でも、本当にそいつは俺の探している水鞠コトリなのか? すぐに確認だ。
「四組だな!」
教室を出ようと走り出す。
「あ、でも昼休みは教室に居ないよ。放課後なら化学室に居るはずだけど」
「……化学室か」
行ってみるしかないな。待ってろよ魔法使い。必ず会ってやるぞ。
放課後。校舎二階の端にある科学室へやって来た。 日が傾き、夕方の日差しが窓から差し込んでいる。生徒の話声が反射して、誰も居ない通路を騒つかせていた。
扉の前で深呼吸をする。
さあ、どうするか。まあ、いろいろ考えても仕方ない。とりあえず扉をノックしてみる。
……反応が無い。
誰も居ないのか? ドアに手を掛けようと手を伸ばす。
何故か勝手にドアがスルスルと開かれた。……何だよ。居るじゃないか。
「──!?」
次の瞬間、突然の目眩が襲う。
視界にノイズの様なものが走り出す。
「何だ!?」
暗い室内の中、誰かが立っている。
金色の長い髪……蒼い目をした少女だ。
目を合わせているだけで意識が吸い込まれそうになる。このままじゃダメだ。
フラフラになった体をどうにか立て直す。
「魔法使いに会いに来た……!」
そう言って閉じた目を開けると、ノイズが弾けて消滅した。
目の前にはまだ、少女が居る。
いや──。
「さっきの子じゃない……!?」
そこには制服を着た、別の少女が当たり前の様に立っていた。
真っ直ぐな黒い髪。
猫の様な形の不思議な瞳──。
水鞠コトリだ。
「何だ? 何が起きたんだ!?」
俺が動揺していると、少女は一言だけ呟いた。
「入って」