第1話 日高誠と魔法使い
夜中に突然目が覚める。
そんなのは珍しい事じゃ無い。昔からよくある事だ。
高校入学から一ヶ月が経ち、神経が休まらない日々が続いていた。これは誰にでも起きる現象だ。
ただ、その日はいつもと様子が違っていた。何とも形容し難い、謎の違和感で目が覚めた。
──嫌な予感がする。それは間違いでは無かった。
「何だよこれ……」
枕元に見覚えの無い物が置かれている。
こんな物、昨日まで無かったぞ。うん。絶対無かった! 眠い目を擦り、落ち着いて確認する。
サッカーボール
スニーカー
ペンケース
テニスラケット
ゲーム機とベッド位しか無い、殺風景な六畳の部屋。いつもと変わらない光景が、それらによって乱されていた。
悪戯にしては意味不明だし、プレゼントにしては渡し方が雑すぎだろ……。
なんて事を、自分でも驚く程冷静になって考えている。
何かの気配がする……? それに気付いた直後、月明かりを縫うように、ユラリと影が動いた。
「…………!?」
その正体に思わず息を飲む。
いつの間にか、ベッドの横に少女が立っていた。
針金の様に真っ直ぐで長い黒髪。前髪は短く揃っている。そして猫の様に光る目でジーッと俺の事を見ている。
分かった! これは夢だ。なので、今すぐ寝る事にする。きっと朝になったら何事も無いはずだ。ベッドに横になる俺。
「起きろ」
「痛っ!?」
ベッドから飛び上がる。思い切り蹴られたらしい。あまりの出来事に目が完全に覚めてしまった。
「誰だ!? 何処から入って来た!?」
もっと他に言う事があったかもしれないが、反射的に出た言葉がそれだった。
「何処からって……。そこから入った。魔法を使って」
「魔法……!?」
少女の指差す方向を見ると、部屋のガラス戸が派手に破壊されていて、破片が床に飛び散っていた。
「物理的に!?」
「安心して。元に戻るよ」
少女が言った側から、部屋に散らばっていた破片が逆再生の様に集まる。あっという間に元に戻ってしまった。
嘘だろ!? 魔法だ! 絶対魔法だよな、これ!
「アタシはこの地域の魔法現象を管理する水鞠家の当主、水鞠コトリ。魔法使いだよ」
ご丁寧に自己紹介された。どうやら本当に魔法使いが目の前に現れたらしい。
よく見ると、いかにも魔法使いが着ていそうな……割烹着の様な? 紺色の服を着ている。ゲームとかで見る、魔法着ってやつか。
「座って」
そう言って魔法使いが俺のベッドに腰を掛けた。俺は何故か部屋の中央に正座する。誰かに見られたら色々誤解されそうな光景だ。
「サンタの間違いじゃないのか?」
俺は部屋に転がったサッカーボールを手に取り、問い掛ける。
「今は五月の半ばだし、サンタは休暇中だよ。それに、そこに置いてあるのはアタシからのプレゼントじゃない。アンタが魔法で引き寄せた物だ」
何を言っているんだ? 引き寄せた? 魔法で? 俺が?
「だから早く持ち主に返して」
「はい?」
突然部屋に入って来て何を言ってるんだ?
「出来るだけ早く。バレない様に。自分自身で。でないと……」
魔法使いは猫目をギラリと光らせる。
「でないと?」
思わず息を飲む。
「世界が滅びる」
ちょっと待て。話が飛躍し過ぎだろ……。何でそうなるんだよ……。
「……かもしれない」
今、絶対ワザと間を開けただろ! どこまで本当なんだよ。訳が分かんねぇよ……。
だが魔法使いの表情は冗談を言っている様には見えない。これは覚悟を決めるしか無さそうだ。
「返すって……。具体的にどうすりゃいいんだよ。いきなり他人から自分の持ち物渡されたらホラーだろ」
しかもペンケースに至っては女物だ。下手したら通報案件だよ。
すると魔法使いの少女は目を細め、眉を反り返す。
「仕方無い……大サービスで『協力者』を一人だけ手配するよ。そいつが手伝うから、アタシの言う通りにして」
「……断ったら?」
逆える雰囲気じゃ無いが、一応訊いてみる。
「毎朝ガラス戸を割りに来る」
「地味に嫌だ!」
「もしくは死、あるのみ」
「死!?」
何だよそれ……。極端過ぎだろ……。
「じゃ、後はよろしく」
そう言ってベッドから立ち上がる。俺も続こうとするが、足が痺れて立ち上がれない。何で正座なんかしちゃったんだろ俺。
もたもたしている間に、魔法使いは部屋のガラス戸の前に移動する。
そして勢い良く窓ガラスを突き破り、外へ飛び出した。
飛び散る破片。吹き込む風。
……何でわさわざ人の部屋を破壊して行くの!? 普通に窓開けて出ようよ……。心臓に悪いし。
しばらくの間、呆然と立ち尽くす俺。
「…………」
え……? ちゃんと元に戻るよね……? 窓ガラス……。
そう、それが魔法使い、水鞠コトリとの出会いであった。