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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第16話 南部戦線異状アリ その2


 矢倉から眺めるその光景は、まさに驚愕の一言につきた。

 陣地の内側には昼間からやり過ぎるほどのかがり火が燃えさかり、

 外側には長大な塹壕を思わせる堀が柵に沿って形成されている。

 問題は、更にその外――


「何、あれ……海じゃないよね?」


 さすがのテニアの声も震え、ゴクリと唾をのむ音が聞こえる。


――『そんなわけねーだろ』とも言えんな、こりゃ……

 

 陣外の大地は、ただひたすらに黒かった。

 平坦な大地に黒いインクをぶちまけたよう。

 遥か彼方まで見通してみても、森も、村も何もない。

 目を凝らせば夜の海のように微かにうねりを見せるものの、

 決して自然の海などではあり得ない異常な光景。


「これは……一体……」


 咄嗟に言葉を継ぐこともかなわず、

 同席してくれたレンダ南方伯に説明を求めるも、


「我々にも分かりません」


 ただ、ある時急に押し寄せた黒い波が押し流すように広がって、

 何もかも飲み込んでいった、と。


「アレは何なんだ?」


「……そう申されましても、我々ではお答えできかねますな」


 ここで諸侯が雁首揃えて陣地を築いている以上、

 一度や二度は交戦してきたのではないかと思うのだが、

 それでもなお、この異常な光景を説明しかねるということか。


「我々がこれまで戦ってきた中で、判明したことを申し上げますと」


 まず、あの黒いモノは魔物ではない。

 南方伯は表情を変えずにそう語る。


「は?」


「ステラ様も召喚術士であるならばご理解いただけるかと思われますが」


 あれには『万象の書』が反応しない。

 ゆえに魔物とは言えない。


「『万象の書』が効かない?」


「はい」


 南方伯の言葉に感情の色は見えない。

 しかし、その内側に秘められた苦難を思えば迂闊なことは口にできない。

 契約して拡大を止めようとした者は一人や二人ではなかったが、

 誰一人として成功した者はいないらしい。


「それは、契約に失敗したというわけではなくてか?」


「……手ごたえがまるでないのです」


 困ったように首を振る南方伯の言葉に内心で驚く。

『万象の書』による契約の際には、成功であれ失敗であれ術士本人には何らかの反動が来る。

 スライムの様に反応が薄い魔物も存在するが、

 それでも契約を試みた召喚術士本人ならば、

 成功か失敗かくらい本能的に察知することができるはずなのに。


「オレも試してみていいか?」


「存分にご確認ください」


 南方伯の許可を得て『万象の書』を虚空より手元に呼び出す。

 黒地に金と銀の装飾。見れば南方伯の『書』より一回りは小さい。

 分厚いページをめくり、中から無地の『証』を引き抜く。

 彼方に向けて構え、お決まりの詠唱を口ずさむ。


「万象の繰り手たる我、ステラ=アルハザートが声を聴け! 汝の全てを我に捧げよ!」


『証』から放たれた禍々しい赤い雷光は木製の柵を超え、

 さらに堀を超えて黒い海に直撃……しただけだった。

 爆発もせず、黒い何物かは抗うさまも見せず、ただ闇に飲み込まれてゆく光。


『む、これは……』


 魂の中からエオルディアが困惑した声。

 これは確かに……


「なんも反応がねぇ」


「お判りいただけましたか」


「……疑って悪かった。続けてくれ」


 特に気分を害した風でもなく、レンダ南方伯の説明が続く。


「次に……あれには魔力が通じません」


 疑わないといった舌の根も乾かないうちに、

 またぞろ信じがたい言葉が飛び出してくる。

 思わず眉をひそめて南方伯を見やる。


「それは、威力の問題ではなくてか?」


「お疑いのようであれば、ご自身でお確かめを」 


 南方伯の声は常に淡々としていて、


「……そうさせてもらう」


 愛用の杖を構え、精神集中。


――今回は手加減抜きだ。


「ステラ、できれば離れたところを狙って」


「……なんで?」


「爆発でかがり火が消えたリしたらまずい気がするんだよね」


「ほう」


 テニアの指摘に感心した様子を見せる南方伯。

 確かに、この快晴の日には不似合いなほどに陣地のそこらじゅうで火が焚かれている。

 燃料の類ってのは軍事的に見れば貴重なもののはずなのに、この散財っぷりは不自然。

 おそらくオレ達の知らない意味があるのだろうと推測できる。


「空に揺蕩う黒雲よ、我が声に応えて空を覆え!」


「天を裂く雷をここに、地を割る鉄槌をここに!」


「ああ輝く光よ、潰せよ滅せよ我が敵を!」


 詠唱に応え瞬く間に空を黒い雲が覆い、

 渦巻いた雲の中心に紫に輝く雷光が集束する。

 突然の有様にざわめく兵士、傍で息を飲むレンダ南方伯。


「おお、これならば、あるいは……」


 どうやら今まで試してきた魔術には、

 ここまでの火力のモノはなったらしい。

 さすがエオルディア直伝の古王朝魔術。


――これは、いけそうか?


「落ちろッ『紫電槌』!」


 一同が固唾をのんで見守る中、杖を掲げて魔術を完成させる。

 天より紫電の束が大地を覆う闇に落ち――ただけだった。


「だ、ダメか……」


「ご主人、大丈夫かニャ!?」


 遠のく意識はクロの叫びによって辛うじてつなげられた。

 大量の魔力放出によってふらつきテニアに支えられたオレが見た光景は、

 しかし先ほどとほとんど変わらぬ有様で。


「ちょっとだけ揺れたね」


 テニアの言葉どおり、紫電の落下地点がわずかに揺れた。

 それは見た目からして海に石を投げ込んだようなものにすぎなくて。

 爆発すら起きないってことは、完全に吸収されてしまったということ。

 確かに……これは魔力そのものが効果を及ぼしていない。


「むぅ……その若さでこれほどの魔術を修められていることには驚きましたが……」


「こっちは、まったく効果がなかったことに驚かされたわ……」


『何なのだ、アレは?』


 古王朝の時代から様々な戦を体験しているこの翠竜すら、

 困惑していることに胸の内で戦慄を覚える。


「話を続けさせていただいても?」


「ああ、頼む」


 あれは、何か途轍もないモノだ。

 それだけは理解できた。

 さすが爺さん、勘の冴えが半端ではない。

 こんなところで発揮されても困るんだけどな!


「これまでの戦いで得た情報のうち、最も有用と思われるものですが」


 辺境伯が手で合図をすると、

 下で待機していた兵士が柵近くの矢倉に上り弓を構える。

 隣の兵士がその矢に火をつけ――


 放たれた火矢が黒い海に落ちると、ひと際大きく燃え上がった。


「おお」


「アレには火がよく効くようです」


「だったら最初からそう言えばいいじゃん」


「……ご覧ください」


 テニアの文句を聞き流しつつ、矢の落下地点を指さす。

 そちらに目をやると――


 周囲の闇が移動して、燃え上がった部分が切り離される。

 そしてしばらくして燃えるモノがなくなった炎は勢いを弱め、

 完全に消化されると同時に闇は元の位置に戻る。

 あとはただ、何事もなかったかのように凪ぐのみ。


「燃えはするけど、効果は薄いってわけね」


 テニアは軽く口にしているが、

 ポニーテールを弄る手が震えている。

 魔術や召喚術に疎かろうと、眼前の化け物が並々ならぬ脅威であることは感じ取れるのだろう。


「アイツには知能があるのか?」


「分かりませんが、少なくとも自分の身を護ることはできるようです」


 引火した部分を切り離していることからも、自衛能力があることはうかがえる。

 あとは、言うまでもないことだが太陽の光を浴びても活動していると続けた。


――ふぅむ。


「南方伯の説明を聞く限りでは……」


「は」


「正体不明とは言いながら、あれをスライムの一種と認識しているようだな」


 魔術、召喚術と試したうえで、炎や太陽に言及しているってのはそういうことだろ。

 ……見た目からしてそっくりだということも、もちろん関係しているだろうが。


「ご明察、恐れ入ります」


 軽く頭を下げる南方伯。


 これまでに奴に切りかかった兵士もいたそうだが、

 まともに断ち切ることは叶わずにそのことごとくが飲み込まれ、

 苦悶の声を最期に残して奴の中に消えていったとのこと。

 確かに、それだけ聞くとスライムに食いつかれて消化される様に似ている。


――しかし、あれに切りかかるってどうなんだ?


 テニアの言葉ではないが、スライムに切りかかるというよりは、

 海に剣一本で立ち向かうような姿しか頭の中に描けないのだが。

 津波を押し止めるために槍を構えて突進した騎士の笑い話を思い出させてくれる。

 ……それほどのとんでもない案件と言うわけだ。全くもって笑えないが。


「……あれはスライムなのかニャ?」


 足元でクロが首をかしげる。


「いや、少なくともオレ達が知るスライムではないと思う」


 そう答えたところで、南方伯から陣幕に戻るよう促される。

 つまり、これ以上は何も分かっていないということ。


「クロ、調子はどうだ?」

 

 先ほど何かに恐れを抱くようなそぶりを見せていたが、


「……まだ体は震えたままニャ」


 おそらく本能的にあの黒いモノの気配を感じ取ったということだろう。


「そうか……」


「これはなかなか一筋縄ではいきそうにないにゃ」


「そうだな……」


 矢倉を降りて陣幕に向かいながら色々考えを巡らせてはみたものの、

 クロの言葉にはそう答えるしかなかった。


 魔術も召喚術もまるで効果なし、

 物理攻撃は当然のごとく効くはずもなく、

 唯一効果が認められる炎さえも、

 ほんの少し焙った程度では大地を飲み込むあの巨体にとっては、

 さしたるダメージを与えてはいない。


 まさしく正体不明の魔物、否、化け物。

 その黒い身体が大地を覆い北上している真っ最中とあっては、

 こちらもまた『帝国の危機』と呼ぶにふさわしい難事であることは間違いない。

 ありがたくもないが、爺さんの勘が的中した形である。


――帝国、どうなってんだ?


 思わず天を仰ぐも、空は変わらず腹立たしいほどに快晴で、

 地に這うオレ達など知ったことかと言わんばかりに太陽は輝いて、

 到着そうそう頭を抱えることになったわけだ。

 いや、冗談抜きでどうしようかね、これは。

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