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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第11話 帝国の危機 その1


 帝都の主要軍事施設は、第三門と第四門の間、農村区域の内側にして都市区画に存在する。

 レオンハルトに教えられたとおり、夜会の翌日に使いを出してルドルフ将軍の帰還を確認、

 面会日時はその翌日に決定。

 そして、今将軍が寝泊まりしている軍の詰め所に向かって馬車を走らせているところ。


「帝国の危機って何なんだろうね~」


 重大なことを能天気に訪ねるテニアに、


「もうすぐわかるからそれまで待ってろって」


 子供をあやす母親みたいなことを口走る羽目に。誰がオカンか。

 変に食い下がることなく、ハ~イとこれまたガキみたいに返事するテニアもまた、

 実際に聞いてみないとわからないと認識しているのだろう。


 程なくして到着した軍の施設では、晴天の下でちょうど若い騎士たちが訓練中。


「将軍はもうすぐお越しになられますので、こちらでお待ちください」


 詰所の門衛が言うには、施設内には機密が一杯。

 見せられる部分と見せられない部分があり、

 あまり不用意に立ち入って欲しくないとのこと。

 言わんとすることは理解できるわけで、

 相手の言い分を受け入れる旨を伝えれば、

 感謝の言葉と共にテラスに椅子と飲み物まで用意してくれた。


「もしよろしければ、騎士達に訓練をご観覧ください」


 彼らにも励みになりますので、などと言われるままに、

 ルドルフが来るまでの暇つぶしに、

 ぼんやりと騎士たちの訓練を眺めていたら、


「また会いましたわね、ステラ=アルハザート」


 いきなり飛び込んできた声。

 このいかにも貴族令嬢でございと言わんばかりの響きは……


「……何でお前がここにいるんだよ」


 金さんや。

 護衛の騎士を連れたグリューネルトがドレス姿でこちらに近づいてくる。

 さすがに先日の夜会の時のような目立つ衣装ではないが……場違い感半端ない。

 しかも陽光を受けた金髪が今日も見事に照り輝いているわけで――

 

――眩しいから帽子とか被ってくんねえかなぁ。


 口にしたら文句が百倍くらい飛ばされそうなので沈黙。

 これぞ賢者の選択というものよ。


「愚問ですわね」


 オレの問いを一蹴するグリューネルト。

 

「このグリューネルト、帝国の危機と聞いて黙っていられるわけがございません」


『帝国の危機』というフレーズに、身体がビクリと揺れる。

 

「……誰から聞いたんだ、それ?」


「夜会であなたとレオンハルトさまの唇を読みました」


 視線を逸らして小声でぼそりと。お前はスパイか。

 つまりここにいるのはほぼ独断と言うわけだ。


「帰れ」


「帰りません」


 帝国貴族の一員として見過ごせる道理がないと、

 グリューネルトは後に引かない。

 言ってることは最もだが、やってることは子どものわがままと大差ないと気付いて!


「お前なぁ……」


 もういいや、勝手にしろ。

 あとでルドルフが何とかするだろ。

 面倒事を将軍に放り出してグラウンドに目を向ければ、

 突然始まった口げんかを興味津々に見つめる騎士たち。


「皆さん、休憩かニャ?」


「サボりだろ」


 あとでルドルフに言いつけてやろうと聞こえよがしに言ってやると、

 慌てて騎士たちが訓練を再開した、のだけれど……

 そのうち一人がこちらに近づいて来て、こんなことを宣うではないか。


「これはこれはステラ=アルハザート様」


 名前も知らない騎士だった。

 年のころはレオと同じくらい。

 グリューネルトにも負けない輝きを放つ金髪は長く、

 整った顔に鍛えられているように見える身体。

 青い瞳はこちらを興味深げに覗き込んでいて、


「ご噂はかねがね伺っております」


 そして聞いてもいないことをペラペラと語りだす。


「本日ここにお越しになられたのは、何か大切な使命を託されるのだとみな噂しております」


 さすれば、ぜひこの私を共にしてくださいませんか。

 少なくとも、どこの馬の骨かわからないようなお付きやケットシーよりは役に立ってみせます。

 などと、流暢に捲し立ててくる。


「剣の腕よりも口が達者な騎士なんかいらない」


 さっさとどこかに行け。

 犬を追い払うように手で合図してやったのだが、

 男は引き下がろうとしない。


「ご主人、吾輩帝国の騎士の方とぜひ一手手合わせお願いしたいニャ」


 動いたのはこちらの傍らで茶を飲んでいたクロ。

 落ち着いているようだが、案外そうでもないらしい。

 まあ、戦うのが好きな奴だから帝国騎士に興味があるのかも。


「では是非ともこの私めにケットシー流の武術をご教示願えますか、黒猫殿」

  

 対して、我が意を得たりと大きく頷く騎士。

 なるほど、元からこちらに喧嘩を吹っ掛けるつもりだったようだ。

 オレの前でクロに大恥をかかせて追い払い、自分がすり替わろうという算段か。


――浅はかだなぁ。


「テニアはどうする?」


「ん~、どうしよっかな」


 二人が広場の真ん中に向かって歩いていくさまを眺めながら、


「だ、大丈夫ですの? その、あのケットシーの方」


 幾分慌てた様子で金さんが問う。

 先日クロのことを侮っていたような記憶があるのだが、

 グリューネルトはなんだかんだでクロが心配らしい。

 ケットシーって、こう保護欲を掻き立てられるよな。


「大丈夫だろ」


「ね、ステラ、せっかくだから何か賭けよっか?」


 いかにもいいこと思いついたという風体のテニアにため息が漏れる。

 胡散臭いし、大体オレとお前じゃ賭けにならんだろ。


「持ち掛けるなら、あっちの連中にしとけ」


「……それもそだね」


 ちょっと行ってくる、など残して本当に騎士たちの方に小走りで向かうテニア。


――ハハハ、あやつめ……


「それにしても、意外だな」

 

 クロはあまりこういう挑発に乗らないタイプだと思っていたが、


『焦っているのではないか、猫は』


 不意にエオルディアが声をかけてくる。


――焦る?


 胸のあたりをトントンと叩いて問うてみれば、

『うむ』という返事。


『先日もそのような雰囲気だったと記憶しているが』


――そうか?


「……そうかもな」


 言われてみれば、思い当たる節がある。

 焦っているというよりは、帝国の巨大さに慄いている、あるいは気後れしているような。


「何がですの?」


 エオルディアの声が聞こえないグリューネルトの疑問に何でもないと答えてはぐらかす。

 確かに、帝都に来てからのクロの様子はどこかおかしかったようにも思う。

 オレの部屋を訪れた時も、普段のクロからはあまり想像しづらい姿だった。


『猫が自分で乗り越えねばならない壁かもしれぬ』


 だから余計なことは言わないように。

 魂の中の翠竜にそう釘を刺されれば、

 オレからは何も言えない。


――お前がクロと直接話ができたらいいんだがなぁ……


 意外と二人は気が合うのではないかと。

 エオルディアも話し相手がオレ一人よりの今の状態よりも、

 クロやテニアも一緒に会話できた方が面白かろうに。


「あら、あちら何か揉めてますわよ」


 グリューネルトの声に我に返ると、

 先ほどクロに喧嘩を吹っ掛けてきた騎士を黒髪の騎士が嗜めようとしている模様。

 ほかの騎士はテニアにすっかり嵌められてテンションが上がってしまっており、

 戦いに水を差そうとしている男の言葉は、遠目で見る限りでは一顧だにされていない。

 結局黒髪の方が金髪に突き倒されて、他の騎士たちが形成した人垣の奥に追いやられていく。


「何やってんだか」



 ☆



「ステラ様は帝国の至宝なれば、貴殿のような非力な猫に任せておくことはできぬ」


 我々帝国騎士によって護られねばならぬ御方なのだ。それを思い知るがいいなどと、

 芝居がかった口調で訓練用の木剣を掲げて嗤う金髪騎士。

 こちらに聞こえぬよう小声で囀っているつもりだろうが、

 残念ながら読唇術で丸わかりだ。オレの隣でグリューネルトも眉をしかめている。


 対して、両手を組み黙して語らぬクロ。

 トレードマークの紅いマフラーが、緩やかに吹く風に乗ってたなびいている。

 その姿を怯懦と見て取ったか、騎士は更に威勢を上げて一対一の訓練の開始を声高に叫ぶ。

 そんな二人を煽り立てる周囲の若い騎士たち。彼らの傍らでほくそ笑むテニア。


 騎士が木剣を構え無造作に近づいていくその次の瞬間。


「ニャッ!」


 クロが跳ね、耳障りな音と共に空高く舞い上がる木剣。

 しばらくの間、場の殆どの人間が何が起きたかわからないような沈黙の中、

 カラン、カランと地に落ちる先ほどまで木剣だったモノの残骸。


「まじめにやらんと言うのであれば、吾輩失礼させてもらうニャ」


 クルリと騎士に背を向けてこちらに戻ってこようとするクロ。


「な、なんと……」


 絶句するグリューネルトの騎士。


「ケットシーの方がお勝ちになったの?」


 尋ねる主人に、騎士は肯定の意を伝え、


「クロフォード卿が跳ね上がり、あの若い騎士の剣を蹴り折ったのでございます」


「あら……」


「ステラ様、大変な方をお見つけになられましたな」


 いまだに状況をつかみかねている主を置いて、

 グリューネルトの騎士が感嘆したように声をかけてくる。


「まぁな」


 クロが褒められると我がことのようにうれしい。

 魂の中のエオルディアも、鼻をピスピスさせてご満悦。


「どういうことですの?」


 怪訝な表情を見せる主に、騎士が今の出来事の説明を行う。


「あれは、ただ普通に木剣を蹴り上げたわけではございません」


 くるくると宙を舞い落ちてきたのは剣の半ばから。

 残りはいまだ呆然とする騎士の手に握られている。


「普通に蹴ったのであれば、木剣は丸ごと空を舞っていたはず」


 しかし、剣は不快な音ともに折れた。

 すなわち――


「簡単に申し上げますと、卿の脚には凄まじいほどの打撃力が備わっていることになります」


 恐縮するように告げる騎士の態度に、グリューネルトのクロに対する興味が変化したか、


「……もしあなたがあのケットシーに蹴られたらどうなるかしら?」


 などと尋ねている。


「それは……」


 グリューネルトの問いに言いよどむ騎士。

 その顔が強張り微かに青ざめているが、

 状況を頭に思い描いてしまっては無理もない。


「クロの奴は、ヘルハウンドや巨大な熊を蹴り飛ばしやがるからなぁ」


 ヘルハウンドを軽くあしらい、ゴブリンの頭を粉砕し、

 南海では熊や古王朝のゴーレム、そして槍の名手である海王を相手に大奮戦。

 そんじょそこらの騎士で相手になる奴ではない。


「なんと」


 ふふーん。

 相棒として実に鼻が高い。


「さっすが先輩、愛してる!」


 おそらく無知蒙昧な騎士をだまくらかして大儲けしたであろうテニアが何か口走っている。

 なぜ奴はいつもマイペースなのか、その心の強さの理由を知りたい。


「こ、こんなのは何かの間違いだ!」


 正気に返り激昂する金髪騎士。


「そ、そうだ。この剣がおかしかったんだ。そうに違いない」


「たとえ訓練とはいえ、得物の手入れもまともにできないのかニャ?」


 振り返ってジト目で見つめるクロの姿に、

 己の醜態を忘れて捲し立てる金髪。


「煩い、黙れ! やり直しだ、戻れ黒猫!」


「何をやり直すんかのう」


 貫禄があるようでどこか愛嬌も含まれた、

 低く唸るような声は詰所の入口の方から差し込まれる。


「待たせてもらってるぞ、ルドルフ」


 馬車から降りてきた大柄な人影。

 白髪頭にこれまでの戦歴を思わせる幾多の傷を残した顔。

 帝国最高の将軍、ルドルフの帰還である。

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