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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第10話 月明かりのもとで


「眠れねぇ」


 色々あって興奮状態が解けていないのか、

 妙に頭の奥が熱を持っていて、快適な眠りに入ることができない。

 何度も寝返りを打って、そのたびにシーツが乱れるも、

 眠ろうとするほど目が冴えていくようで、気が滅入ってしまう。

 

 コンコン。


 そんな時、遠慮気味にノックされるドア。


――こんな時間に何なんだよ。


「どちらさまで?」


 夜着のままでベッドから降り、

 部屋の入口まで近づいて不機嫌なまま声をかけてみれば、


「吾輩にゃけれど、大丈夫かニャ?」


 あまり耳にしないクロの頼りなさげな声。


「おお、ちょっと待ってろ」


 反射的にドアを開けると、明かりの消えた廊下に、

 心なしかちんまりしたクロが所在なさげに立っていた。


「ひょっとして、もう寝ちゃってたかニャ?」


「いや、考えごとしてた」


 どうした、こんな時間に?

 クロが夜中に訪ねてくるのは珍しい。

 ……そりゃそうか、ずっと一緒だったもんな。


「にゃはは、せっかく広い部屋を貰ったのに落ち着かにゃくて」


 クロは頭をかきかき心細げな表情を浮かべ、


「はは、オレもだ」


 軽く笑ってクロを中へ誘う。


「入れてもらってもいいんかニャ?」


「……昨日言われたことを気にしてるのか?」


 相棒の言葉に軽く眉を顰める。


『こちらのケットシーの方は男性と伺っております』


『年頃の令嬢が、殿方と部屋を一つにすることは、その……』


 あまりよろしくない雰囲気を纏わせた、

 この館の主たる老紳士の言葉が思い出される。

 控えめながらもうなずくクロ。


「はぁ、やっぱ気にしてたのか」


「ご主人に迷惑かけたらいかんにゃ……」


「ああいうくだらないことをグダグダ言うのは奴らの趣味みたいなもんだ」


 だから放っておけばいい。

 

「本当かニャ?」


「ああ」


 しょうもない噂を耳にして喜ぶような奴のことを気にしても意味がない。

 そんな奴らに振り回されて、オレ達の大事な関係が損なわれるなんて問題外。


『猫はよくやっている。遠慮は不要だろう』


「エオルディアもいいって言ってるぞ」


 その声を聞かせてやれないのは残念だ。

 代わりに胸の痣のあたりをトントンと叩いて見せれば、

 ようやく安心した様子で『嬉しいにゃ』とにこりと笑う。


――やっと笑ったな。


「じゃあ、失礼するにゃ」


 ドアの隙間からそそくさと部屋に入る黒猫。

 傍に来るよう軽くベッドを叩いてみれば、

 いつものようにこちらに寄ってきて、ちょこんと座る。


「……やっぱりご主人と一緒が落ち着くにゃ」


「だなぁ。オレもお前がいないとなんか変な感じだ」


 おお、お前も同じだったか。

 やっぱ相棒だな、と妙なところで感心する。


「それで、ご主人は何を考えていたのかニャ?」


「ん? ああ……オレが家出したせいで色々あるなぁと」


 レオンハルトやアルハザート一派の勢力が弱まり、

 代わりにヴァイスハイトとスィールハーツが台頭。

 皇位継承問題で一荒れありそうな雰囲気になっている。


「あの皇子様、とってもきれいだったニャ」


「……一応、カッコいいって言ってやってやれ」


 本人結構気にしてたはずだから。

 少なくとも五年前の段階では、きれいと言われるたびに相当凹んでいた。


「ご主人とお似合いだったニャ」


「勘弁してくれ」


 クロの感想に思わず頭を抱える。

 何が悲しくて別れたはずの男と踊ってたさまを、

 今の相棒から『お似合い』なんて言われにゃならんのだ。


「吾輩……」


「うん?」


「ご主人とレオンハルトしゃんがとっても仲が良さそうだったから」


 このまま帝国に残るつもりなのではないかと不安になったとクロは言う。

 ……なんじゃそら。


「帝国なんて用が済んだらさっさとおさらばするさ」


「ホントかニャ?」


 いつもは自信満々のクロが、

 疑わしげに、心細げに問いかけてくる。


「……お前、誰かに何か言われたのか?」


「そ、そんなことないにゃ!」


 慌てて断言するけれども、

 耳、髭、尻尾とピクピク動き、

 視線はきょろきょろと定まらない。

 

――コイツ嘘つくの下手だなー。


 あの流れだと、余計なことを言いそうなのはグリューネルトあたりか。

 ま、問いただしても答えはしないのだろうが。


「つまんねーこと心配してんじゃねーよ」


 ぽんぽんと頭を叩いてそのまま撫でる。

 整えられた毛並みが手に心地よい。


「ホントかニャ?」


 クロはこちらを覗き込んで同じ問いを繰り返す。


「ああ、本当だ」


 金色に輝く瞳を真正面から受けて答えを口にする。

 しばしの間、互いに見つめ合って――


「吾輩、ホッとしたにゃ」


 てれんとベッドに落ちた尻尾を見れば、

 その言葉に嘘がないとすぐわかる。

 そんなに心配かけていたか……要反省。

 

――うん、こっちもいつもの調子が戻ってきた。

 


 ☆



「帝国の危機と言うのは本当らしい」


 落ち着いたクロにレオンハルトとの話の内容のうち、

 重要度が高いと思しき部分だけ話しておく。


「こんな凄い国が危ないにゃんて、にわかには信じられんにゃ」


 転げ落ちそうなほどに首をかしげてクロが唸る。


「だよなぁ」


 正直なところ、オレもまだ実感がわいていない。

 多少のトラブルなら、そりゃ国のどこかで湧き出ていたりはするだろうが、

 それをもって危機と呼ぶのは、あまりに大げさに過ぎる。


 目下の危機は皇位継承問題に思えるのだが、

 レオンハルトの言葉は、別の問題が持ち上がっているように聞こえた。


「オレを呼んだのはルドルフの爺さんらしいから軍関係かとも考えたんだが」


 残念ながらオレと帝国軍には直接の関係がない。


「召喚術士が必要にゃら」

 

 わざわざ遠くにいたご主人を探さなくても帝国内で探せばいいにゃ。

 何気なく呟いたクロには悪いが、それがそんなに簡単な話でもない。


「あ~、それかも」


「にゃ?」


「帝国の召喚術士ってのは、いくつかのパターンかあるんだが」


 まず第一に貴族。

 帝国の場合、ある程度以上のランクの貴族家当主は例外なく召喚術士である。


 そして次に帝国召喚術士団だが……


「アイツらは基本的に皇帝陛下本人の命令しか受け付けない」


 貴族領で『万象の書』を持って生まれた場合は、速攻で貴族家に保護されて取り込まれる。

 皇家直轄領で生まれた場合は、召喚術士団に入ることになる。

 召喚術士団ってのは皇帝陛下お抱えの召喚術士ってわけだ。


『他の貴族に頼みづらく、皇帝陛下に話を通したくない難題』


 そういう問題が持ち上がっているのかもしれない。

 おそらくそれに最も適した人材はと問われれば、

 答えは帝国生まれにして流浪の召喚術士であるオレに他ならない。


「でも、こう言っては何にゃけど」


 見つかるかどうか、それ以前に生きているかも不明だったオレに頼るより、

 皇帝陛下あるいは貴族に頭を下げて力を借りた方が効率的じゃないかとクロは言う。


「だよなぁ」


 ルドルフ将軍を快く思わない貴族は要るけれども、

 逆にシンパと言っても差支えない貴族だっている。

 皇帝陛下だって、少なくとも五年前の段階ではルドルフ将軍と仲が悪かったわけでもない。

 将軍だって、何もかも自分のところで溜め込んでしまうような人物でもなかったはずだ。


「レオンハルトは知ってるみたいだったけどなぁ」


 考えれば考えるほど訳がわからない。

 いくつもの条件や状況が矛盾して存在しており、

 どこまで行っても答えが出そうにない。


「ま、明後日に直接爺さんに聞きに行くから、そん時で良いだろ」


「考えても仕方なさそうにゃ」


 元々疲れていたところに色々と頭を使ってしまったせいか、眠気が一気に押し寄せてくる。


「あー、寝るか」


「にゃ」


 枕元で丸くなる黒い毛玉を目で追いつつ、

 すっかり皺が寄ってしまったシーツに潜り込む。

 そして――今度はあっという間に意識を失った。

 目蓋を柔らかく差してくる月明かりを気にする間もなく。



 ☆



「ステラ様、ステラお嬢様」


 かの老紳士の声とドンドンとドアを叩く音に起こされる。

 欠伸混じりの声で何があったか問うてみれば。


「クロフォード様の姿がお部屋にございません」


「クロならオレの隣で寝てるよ」


 ドアを開けてえらい剣幕で捲し立ててくる老人に応えると、

 何やら絶句した模様。


「ステラお嬢様、そういうことはお控えくださいと」


 咎めるような口ぶりの男を睨み付けて黙らせる。

 その言葉を最後まで言わせなかった。

 幸い、クロはまだベッドの上で眠っている。


「オレの相棒について、これ以上余計なこと口にするな」


 もしこの命令を違えることがあれば、オレは帝国を去る。

 その後何がどうなるかは知ったことではないが、

 責任はこの迎賓館に勤めるお前たちにあると知れ。


 レオとルドルフ将軍の客人であるオレ達に失礼働いて、

 万が一でも逃げらるようなことがあっては、

 もちろんタダでは済まされないだろうけれど、

 オレはコイツらの去就には全く興味が湧かない。


「ステラ様、わたくしはあなた様のためを思って」


――チッ……オレの一番嫌いな言い回しだ。


 ドアノブを握りしめたままの手に力がこもる。


 自分の気に入らないだけのことを、

 善意を装ってさも真実であるかのように語り、

 言葉の刃で誰かを傷つけることに無頓着な奴ら。

 この手の話はガキの頃から気が滅入るほど聞かされて――もうウンザリだぜ。

 朝も早よから堪忍袋の緒が切れそう。

 

――犬にでも食わせてやろうか、マジで。


 噴火しかけた頭を、深呼吸でギリギリ冷却。


「余計なことを口にするなと言ったはずだが」


 オレの声が聞こえないほど耄碌しているのなら、今すぐ消えろ。

 それだけ言い渡して、再びドアを閉める。

 ベッドの方に視線をやれば、幸い黒い毛玉は丸まったままで。

 ……こういう不快な話は、あまり聞かせたくないものだ。


――これだから、貴族社会は嫌なんだ……

次回『帝国の危機』となります。

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