第8話 華麗なる戦場 その3
二人の皇子が去った後に残された令嬢四人。
この年頃の女が集まれば、そこに渦巻く感情は様々で。
――さて、ここからどうするか……
特に、わざとこの場に残ったマリエルは、
全く面識がないことも含めて得体がしれない。
次の出方を考えようとしたところで――
「ご主人、吾輩お腹空いたニャ」
足元で正装したクロが、腹を抱えてしおれている。
思い起こせば、今日は朝から夜会の準備で忙しく、
まともな食い物を腹に入れていない。
「そうだな、何か食べるか」
「わ~い」
「わ~い」
クロに続いてテニアまで歓声を上げ、
くすくすと周囲から笑いが漏れる。
グリューネルトは眉をしかめ、フェミリアーナは困ったような表情で。
そしてマリエルは――微笑を浮かべていた。
クロとテニアの二人を伴って料理の置かれているテーブルに向かうと、
なぜか残りの三人までついてきたが……まだ用事があるのだろうか。
何も言わないなら放っておくが。
「さて、食べたいものはあるか、クロ?」
「お魚さん!」
即答であった。
「魚……魚かぁ」
「お嬢様」
広いテーブルに山と積まれた料理を見渡していると、傍に立っていた給仕役から声がかけられる。
「よろしければ、わたくし共にお任せいただけますか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
魚と……あと野菜も多めで。
そう伝えると笑顔で了解と頷き、
数多の料理を器用にかき分け、皿の上が華やかに彩られる。
「ではこちらを」
礼を言って料理を受け取り、足元のクロに皿とフォークを渡す。
「ほれ、美味いぞ」
「……野菜が多いニャ」
「お前、ほっとくと肉とか魚ばっか食うんだから。ちゃんと野菜も食べなさい」
「うにゃ~」
「あのな……ここの料理は帝国が誇る料理人が腕を振るってくれたものなんだから、全部美味しいの」
しぶしぶ皿の上に摘まれた料理を口に運ぶクロ。
はじめは微妙な顔をしていたが、すぐにその表情は明るくなる。
「これ、美味しいニャ!」
「だろ? まだまだたくさんあるからどんどん食え!」
オレ達のやり取りを眺めていたフェミリアーナが、
「ステラさん……お母さまみたいですね」
などとほざきやがる。
うるさい、黙れ。好きでこうなったわけではない。
「ステラ母さん、アタシお酒!」
「てめーは勝手に飲んでろ!」
「え~、冷たいなぁ」
などと言いつつも、給仕に適当な酒を用意させて、
止める間もなく早々にグラスを口につける。
「うわ、すご……」
一口飲んで目を丸くしたテニアは、そのままぐびりと下品に酒をあおり、
早速おかわりを注文する。
ちょいちょいとドレスが引っ張られたので足元を見ると、
クロが皿を空にして、おかわりを要求している。
「……まあいいか」
どうせオレ等の懐から支払われるわけでもなし、
「全部レオの奢りだし、パーッといっちまえ!」
「了解にゃ!」
「は~い!」
二人はもうオレを通すことなく直接給仕に要求を通し、
給仕はと言うと、こちらを見つめてくるので頷いておく。
……後は好きにさせておけばいいか。
「あら、微笑ましいですわね」
全然微笑ましくないその声色。
あからさまにこちらを見下した感情が、
言葉の端々から現れている。
「そうでしょう? 『仲良きことは美しきかな』と申しますから」
マリエルから発される負の感情に飲まれないように、
なるたけ軽く流す。
――わからない。何でこの女はここまでオレを敵視する?
「羨ましいですわ。ステラ様」
ぜひ魔物と友誼を結ぶ秘訣を教えてくださらないかしら。
マリエルのルージュを引いた唇からそんな言葉が飛び出し、
思わず眉をしかめてしまう。
召喚術の手際なんてのは、夜会の話題としては不適当だろうに。
「ステラ様は『竜遣い』などという大層な二つ名をお持ちなのですもの」
わたくしごときには思いもよらないような秘儀をもって、
多くの魔物の心をとらえておられるのでしょう。
マリエルの台詞は慇懃無礼……というワケではないのだが、
何故かオレの耳を通って心に入る頃には、
毒々しいまでの悪意を伴っているように感じられる。
「マリエル嬢。確かわたくしたちは今日初めてお会いしていると思うのですが」
記憶違いかしら。
そう問い返してみれば、
「いいえ、ステラ様の仰るよう、今日が初対面になりますわ。でも――」
「でも?」
「わたくし……公爵やほかのみなさまから、毎日のようにステラ様のことをお伺いしておりましたので」
とても初めてお会いした風には思えないのです。
扇で口元を隠しながら、そう言葉を吐く。
ひと言ごとに、彼女を被う熱量が高まってゆくようで――
――同じ生まれつきの召喚術士同士だから、比べられるのは当然と言えなくもないが……
マリエルにとって、その記憶は恐らく忌々しいものであるのだろう。
そうでなければ、今彼女の口から漏れる言葉の一言ずつに、
これほどの負の感情に満ちた粘性を覚えたりはしない。
「別に……わたくし特別なことは何もしておりませんわ」
こちらも口元を扇で隠しながら返答する。
「魔物と言えど心もあれば知恵もあるのですから、誠心誠意をもってあたるのが一番良いと思われますよ」
などと無難な答えを返したのだけれど、
「ブハッ!」
背後でテニアがむせた。
……コイツ、あとでぶん殴る。
「ご、ご主人は魔物とも仲良くしてるニャ」
慌ててクロがフォローに入ったものの、
「そうですわね。栄えあるレオンハルトさまの夜会にケットシーを滑り込ませているのですもの」
随分と上手に飼いならしておいでですのね。
そう吐き出そうとしたのだろうマリエルの口が途中で固まる。
「ステラ、顔、顔!」
こっちが見えていないはずのテニアから注意が入る。
グリューネルトとフェミリアーナも思わず後ずさってしまっている。
――オレは今、どんな顔をしているのだろう?
『契約者よ。情が強いことは汝の長所である』
煽っているのか宥めているのか判断しがたい声は胸中から。
「マリエルさん」
「……なにかしら?」
こちらの声色に何かを感じ取ったか、身構えるように『万象の書』を胸に抱きしめるマリエル。
「そういうくだらないことを口にしているようでは、いつまでたっても未熟と謗られても文句は言えませんよ」
「なッ!」
マリエルが扇の奥で歯噛みし、事の成り行きを見守っていた周りの連中の表情が凍る。
これだけの聴衆の前で罵られては、あちらも収まりがつかなかろう。
そう思って視線を投げると、マリエルは折れんばかりに扇を握りしめつつも、辛うじて耐えた。
「参考になりましたかしら?」
追い打ちで問うてみたが、
「……ご教示痛み入りますわ」
とだけ口にして、足早にこの場を去っていった。
「ふぅ……」
思わず一息ついたところで、
「いよっ、ステラカッコいい!」
「さっすがご主人ニャ!」
快哉を挙げる二人に対して、
「ステラ=アルハザート! 貴女という人は……貴女という人は!」
肩を怒らせて震えるグリューネルトに、
あらあら、まあまあと右往左往するフェミリアーナ。
『汝の同胞を侮られたとあっては、口を噤むわけにもいくまい』
そして今日はやけに好戦的な翠竜エオルディアが、
胸中で我が意を得たりと深く頷く。
「ステラ=アルハザートッ!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてましてよ」
勢い込んでくるグリューネルトを押さえながら、
「あなたは、レオンハルトさまの夜会を台無しにするおつもりでしたの!?」
「喧嘩を売ってきたのはあちらですわ」
「それでも……せめて時と場所を選ぶべきではありませんか!」
「事と次第によります」
あの女は踏み越えてはならない一線を踏み越えてきた。
ここが戦場ならヘルハウンドの餌にしてやるところだったぜ。
……などと言うことはさすがに口にはしないけれど。
「でも、少し胸がすっとしましたわ」
のんびり微笑むフェミリアーナ。
「そんな!」
悲鳴を上げるグリューネルトとは対照的だ。
「……そんなにですの?」
ヴァイスハイトとマリエルが幅を利かせているおかげで、
フェミリアーナたちレオンハルト派はずいぶんと辛酸を舐めさせられてきた様子。
「わたくしたちが不甲斐ないばかりに、レオンハルト様の御心を苦しめているのかもしれませんね」
「どちらの味方なんですの、貴女は!?」
結局、夜会を後にするまでグリューネルトの怒りは解けなかった。
……コイツも大概しつこい。ずっと睨み付けてきてさぁ。
何なんだよ、一体?




