第6話 華麗なる戦場 その1
帝国には二人の皇子がいる。
ひとりは、すでに亡くなられている前皇后の息子にして、この夜会の主催者であるレオンハルト。御年二十歳。
もう一人は、現皇后の息子にして、レオンハルトの腹違いの弟ヴァイスハイト。御歳十八歳。
二人の生まれを鑑みれば容易に想像がつくことだが、両皇子は時代の皇帝位を相争う政敵でもある。
確かレオンハルトはそういう家庭状況を憂い、逆にヴァイスハイトは兄を疎んじていたような憶えがある。
そのヴァイスハイト皇子がこの場に姿を現したことにも驚いたが、
気になるのは、彼とともに名前を呼ばれた女、マリエル=スィールハーツ公爵令嬢とやらの名前が全く記憶にないこと。
未婚の二人が同時に呼ばれたということは、この二人はカップルということになる。
第二皇子の年齢ならば婚約者の一人や二人はいないとおかしいとはいえ、これは……
「どういうことだ?」
ついお嬢様口調を忘れてしまった。
チラリと二人に視線をやれば、何とも苦り切った顔の金さんと、相変わらず表情の読めないニコニコ銀さん。
スィールハーツは帝国最大の貴族である四大公爵家の一つであり、帝国南部の領袖であるからして、
本来ならばグリューネルトやフェミリアーナ同様、幼少の頃より顔くらい合わせているはずなのだが。
この二人については単にオレが忘れていただけだったが、マリエルという女は違う。
絶対に会ったことがない。そんなはずはないのだけれど、う~ん?
「スィールハーツ公爵様の、その……あの……」
グリューネルトが言葉を探そうとして掴みかねている。
入口の方に視線をやれば、背丈の高い筋肉質な男がくすんだ金髪の女を伴って広間に入ってくる。
その女が豊かな胸を押しつぶすように抱えているのは――
「召喚術士、だと……」
もはやおなじみとなった感のある金と銀の細工が施された黒地の本。
『万象の書』
――いやいやいや!
突然現れた光景が信じがたく、瞬きしつつ何度も視線を投げてみても様子は変わらず。
「スィールハーツに召喚術士の娘がいるなんて初めて聞いたんだが?」
『ステラ、口調口調』と窘めてくるテニアの声を無視し、
二人の令嬢に無言で尋ねてみると、
「ステラが行方をくらましてからしばらくして、スィールハーツ公爵様がお認めになられたお子様なの」
言いにくそうに口を割るグリューネルト。
そうかそうか、いわゆる庶子って奴か……って――
「そんなわけ、あるかい!」
思わず扇でグリューネルトの胸元に突っ込みを入れてしまった。
たとえ庶子であろうとも、召喚術士なら見つかるなり速攻で囲い込むのが基本中の基本。
これは帝国に限らず、どこの国でも似たようなモノ。
それほど召喚術士、それも『万象の書』を持って生まれた人間というのは貴重な人材。
それが、あとになって見つかるとか――
「そういうことに、なっておりますのよ」
グリューネルト自身、おそらく自身でも認めていないことを口にする。
「大体スィールハーツつったらお前……もといリューネのところの親筋でしょうに?」
ここに集った三人の令嬢のうち、
オレとフェミリアーナは公爵令嬢。
グリューネルトは伯爵令嬢。
年齢は近いものの、一応身分に差があるのだけれど、
皇子の婚約者候補として適齢期の娘がいなかったスィールハーツ家が、
自派閥のサスカス伯爵の娘の後ろ盾となっているので、
オレたち三人はほぼ同格扱い。だったのだが……
「スィールハーツはヴァイスハイト皇子はに鞍替えしたってのか?」
オレが出ていくまでは、基本的に第一皇子であるレオンハルトを推す流れになっていたと記憶しているのだが。
その証拠に自身の派閥からグリューネルトをレオの婚約者候補として推していたはずだ。
「……あなたのせいですのよ」
グリューネルトが言いづらそうに、しかしはっきりと言う。
――オレのせいってどういうこと?
「レオンハルトさまの寵愛を一身に受けていたあなたが行方をくらましてから……」
帝国最大級の貴族家の出身にして生粋の召喚術士という、
極めて特殊な存在だったオレがレオのもとを去ってから、
満を持してスィールハーツ公爵が投入してきたマリエル嬢と婚約したおかげで、
貴族間でも皇位継承権ブックメーカーは現在ヴァイスハイト優勢であるという。
「マジか……」
漏れた呟きに怪訝な顔をする二人。
そっか、マジって言い回しがわからないのか。生粋のお嬢様だもんな。
「それは……確かに申し訳なく思いますが」
誰が寵愛を一身に受けていただのと突っ込んでやりたいところはあったが、とりあえず謝っておく。
「でしたらお二方のどちらかがレオンハルトに寄り添えばよかったのでは?」
生まれつきの召喚術士というのは確かに希少だが、本来皇族に求められる資質ではないと思うのだ。
オレが空けた穴を家柄的に同格の二人のどちらかが埋めていれば問題なかったのではと問えば、
「それを……それをあなたが言いますか!」
「ステラさん、それは……」
全身を震わせるグリューネルト、笑顔は崩さないもののこちらを咎める気配を見せるフェミリアーナ。
「なんだよ――ですか?」
「すべては、レオンハルトさまのお心次第なのよ」
悔しげに言葉を吐き出す伯爵令嬢。
「あのお方のお心は、今もあなたのもとにあるのですから」
つまり、レオンハルトは二十歳にもなっていまだ婚約者すら定めていないということらしい。
「マジか……」
「ご主人……」
「ステラ……罪な女」
反論できないオレ様、ちょっとショック。
☆
ヴァイスハイトとその相方が入ってくるなり、貴族たちがわっと寄り集まって人だかりができる。
レオンハルト主催の夜会で、衆目の目を気にすることなくこんなことができるなんて、
本当に第二皇子が流れを掴んでいるんだなぁと呆れ気味に眺めていれば、
「ステラ?」
掛けられた声の方に振り向いてみれば、
グリューネルトもかくやと言わんばかりの繊細な金髪を肩のあたりで切りそろえた、
美女と見まごうばかりの美男子の姿。
ドレスを着てたら絶対女と間違っていたであろうその男こそ――
「レオンハルトさま?」
「久しぶりだね。本当にきれいになった」
感慨深げに語る声は優しげで、ともすれば柔弱に見えなくもない。
しかしコイツこそは、オレが帝都に戻るなり家を追い出されることを見通し、
様々な用意を事前に整え、今こうしてオレを夜会に引っ張り出したやり手でもある。
主催者の登場に慌てて頭を下げる金銀。
少し遅れてそれに続くオレ達に、別に普段どおりで構わないと鷹揚に告げる。
その様が少しも嫌味に見えないのが、コイツの人柄を顕わしていると思う。
「お久しぶりです、と申し上げたいところですが」
会うなりそんなことを仰っていては、軽薄と取られてしまいますわよ。
周囲の目をもっと気になさってください。
そう窘めてみても、鉄壁の笑顔には全く通用しない。
フェミリアーナのそれよりも数段強固で柔軟、そして実に厄介。
「レオンハルトさま、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「ああ、楽にして。最近いろいろ忙しくて二人ともなかなか会えなかったから」
今日はとてもいい日だね、などと口にすればすっかり舞い上がるグリューネルト。
「ステラ、こちらの方々を紹介してもらえるかな?」
クロとテニアに手を差し伸べながら、主催者にそんなことを言われてしまうとスルーもできない。
「こちらのケットシーがクロフォード卿、そして――」
「て、テニアです。よろしくお願いします」
我に返ったテニアが慌てて自己紹介。
おい、さっきの名前どこ行ったよ。
やっぱりデタラメだったか。
「は、初めましてだニャ」
緊張してガチガチになっているクロを一瞥し、
「なるほど、君がクロフォード卿……お噂はかねがね」
いつもステラがお世話になっているね。
そう微笑みかけると、クロの耳と尻尾がピンと跳ねる。
――しらじらしい、絶対知ってて聞いただろ。
『ふむ……惰弱に見えるが、こ奴はなかなか』
オレにしか聞こえない声で、何か言ってる翠竜。
普段は大抵昼寝してるくせに、今日はやけに饒舌で。
なんだかんだ言ってコイツも興味津々の様子。
「それにしても、なんで夜会なんて……」
聞こえないように扇で口を隠して呟いてみれば、
「父上のご様子を思えば自粛するべきかとも考えたのだけれど」
ずっと張り詰めたままではみなの精神が持たないだろうし、
沈み込むのもよくないと思って、僭越ながら主催させてもらったんだ。
などと少し照れ気味に理由を口にするレオ。
――皇帝陛下のご様子?
なぜここで陛下の名が出てくるのかわからない。
陛下が何かしてみんなが困ってるとか、そういう話?
「そういうわけでステラ、一曲お願いできないかな?」
自然な流れでこちらに手を差し出す主催者。
「恥ずかしながら、もうダンスなんて何年も踊っておりませんのよ」
訳:メンドクサイ、他を誘え。
「大丈夫、君に踏まれるなら本望さ」
訳:絶対逃がさないから。
ニコニコ笑顔の皇子の様子を覗えば、ここは絶対に退く気がないと見て取れる。
「……それでは一曲だけ」
手を問って広間の中央に向かえば、
こちらの様子を察した楽団が城内に流されていた曲を自然な流れで変更する。
……この音楽には聞き覚えがあるぞ。
「これなら大丈夫だろう?」
そっと耳打ちしてくるレオンハルト。
新しい曲は、オレがかつて練習していたもので、
ぶっちゃけ初心者向けというか子供向けというか……
「構いませんの?」
案の定あちこちからくすくすと嘲笑う声や失笑が漏れる。
社交に慣れた彼らからすれば、今のオレ達はさぞや滑稽に見えていることだろう。
オレはともかくレオにとっては、あまりいい展開ではないと思うのだが。
「うん、ダンスは楽しんでこそだからね」
そして周囲を全く意に介しない。
見た目とは裏腹に、ホント肝が据わってるというか。
「はぁ……」
「ああ、それと」
「……まだ何か?」
曲に合わせてクルリクルリと回りながら問えば、
「二人きりの時は、無理して言葉を取り繕わなくてもいいよ」
などと宣う。
相変わらず気遣い力高いな、おい。
こちらのことは何でも知ってますって顔がちょっとムカツク!




