第4話 放蕩娘の帰還 その3
「ねえステラ、迎賓館って何だっけ?」
「客に飯食わせたり泊めたりするところだよ」
「明らかに適当に言ってるでしょ……」
完全に暗くなる前に到着した迎賓館を見て、テニアがそんなことを言う。
別に嘘をついたつもりはないのだが……
「いや、もう帝国には慣れたし。今さらだし」
何やらぶつぶつ呟いているが、
街とウチの屋敷、そして迎賓館を見た程度で驚いていては、
もし城に入ったら卒倒するんじゃなかろうか。
……口に出したりはしないけどな。
帝国の迎賓館は貴族街の中でも皇城にほど近い区画に割り当てられており、
その外装も中身も、周囲の高位貴族たちの屋敷に一歩も引けを取らない。
まあ、基本的に国賓を泊めるための施設だから、見劣りされても困るはず。
オレが国賓に当たるかどうかはさておいて。
「お待ちしておりました、ステラ様」
馬車から降りるなり、恰幅のいい老紳士が丁寧に頭を下げてくる。
その頭は白髪交じりながら、佇まいには老いを感じず一部の隙もない。
「悪いな、面倒をかける」
「いえいえ、とんでもございません」
どうかご自身のお屋敷のように過ごされてください。
そう言って中に案内されてみると、アルハザートの屋敷に負けず劣らずの内装。
屋敷の入り口辺りでバタバタしていたところしか見ていないクロとテニアが、
何やら遠い目をしているが、この二人は置いといて今後の話に移る。
「とりあえず部屋に案内してくれ」
あと、風呂と飯を頼む。
そう紳士に伝えたところ、
「承りました。部屋はみな様個室でよろしいですか」
「あ~、オレとクロは同じ部屋で頼む」
いつも宿に泊まっているのと同じようにしたつもりだが、
「……失礼ですが、こちらのケットシーの方は男性と伺っております」
「そうだけど?」
コイツは一体何が言いたいんだ?
「年頃の令嬢が、殿方と部屋を一つにすることは、その……申し上げにくいのですが……」
「え?」
割と真面目に驚いた。
今までクロを相手にそういうことを気にしたことはないし、気にされたこともない。
人間とケットシーの間に、性的関係を邪推する奴がいるのだろうか。
猛者か、あるいは変態か。ちょっと想像もつかない世界を垣間見てしまいそう。
「ご主人、吾輩こちらのご仁の言うとおりでいいと思うニャ」
「え、そうか?」
「にゃ」
「そうか……それなら、まあ……」
腑に落ちないが、クロがいいと言うならそれでいいか。
「あと、お嬢様に夜会の招待状が届いております」
「……オレ、今ここに着いたばっかりなんだけど」
「は、しかしすでに書状がございますれば」
「……誰から?」
嫌な予感がしつつも一応確認しないわけにもいかない。
「レオンハルト第一皇子様からです」
表情を崩すことなく老人は答える。
「だよな! そんなこったろうと思った!」
出たよ、オレの元婚約者!
この迎賓館を手配したのも全部レオだよな。
やけに手回しいいと思ったんだよ。
相変わらずデキる奴だな!
「それで、いつ?」
「明日の夜でございます」
「はえーよ!」
うわー、行きたくねぇ。
婚約早々トンズラかまして五年間も行方不明で通してきたわけで、
あわせる顔がないというのが本音なのだが、
過去の出来事は置いとくとしても、今こうして帝都に戻ってきて、
泊まるところを手配してもらった手前、
いきなり断るというのはあまりに礼を失している。
「はぁ、行くよ。行けばいいんだろ」
「ご快諾、ありがとうございます」
「ねぇねぇステラ、アタシたちは?」
お目々キラキラ、ポニーテール振り振り。
期待を満面に浮かべながら問うてくるテニア。
「え、お前らは……」
「お連れの方もぜひお越し頂きますよう承っております」
「ワオ、太っ腹!」
「お城……ご主人の旦那さん……」
口笛を吹くテニアさん、あまり品がよろしくなくってよ。
そしてクロさん、オレとレオは結婚してはおりませんのことよ。
『契約者?』
――ゲフンゲフン。
「わかった、わかったから。とりあえず休ませて」
あと飯と風呂。
どっと疲れが出てきた。
これまでの旅の疲れよりも、これからを想う気疲れが酷い。
「はい、それではどうぞこちらに」
☆
「帝国凄いわ……」
夕食のテーブルに着くなりテニアが零す。
……さっき慣れたって言ったばっかだろ。
「部屋にお風呂あるし、メイドさんついてるし」
案内された部屋には個別に浴室が設置されていた。
持ち運び式の陶製のバスタブに湯を張ったり、
身体を洗ったりと手伝ってくれるメイドが待ち構えており、
帝国を出奔する前のメンドクサイ記憶が思い出された。
――身体ぐらい自分で洗えるっつーの。
子供じゃあるまいし、と説いてみても聞く耳持たずの有様で、
昔と同じように脱衣から着衣までずっと面倒見られて、全然気が休まらない。
「お湯にバラの花びら浮いてるし、マッサージまでしてもらえるし」
しっかり堪能してるなぁテニア。
その図太い神経が羨ましい。
「吾輩、もうお婿に行けないニャ……」
おかしな方向に沈み込んでいるクロに何と言葉をかけたものかと思案していると、
いい匂いを振りまきながら厨房から料理が運ばれてくる。
帝国式の晩餐は、大規模な会食を除けば基本的に一皿ずつ順に運ばれてくる。
何を言うともなく料理に目を輝かせる二人は、いつもと変わらない。
「え、こんだけ?」
皿にちんまりと乗った前菜を見て、テニアが失望の吐息を漏らす。
「コースになってるから、全部合わせると結構な量になるぞ」
「これ、どうやって食べればいいニャ?」
「マナーとか気にしなくていいから」
オレもほとんど忘れてるしな!
いちいち余計なことを指摘される前に、さっさと帝都をおさらばしようと心に決めた。
「ふーん、そういうもん?」
「……最低限の礼儀が守れてればいいと思う」
多分。
自信がないのはオレも同じ。
「そ。んじゃ早速」
食前酒をあおり、続けてオードブルに取り掛かる。
色とりどりの野菜や、港町から氷結魔術を駆使して運ばれた魚介類がふんだんに使われており、
見た目も美しく、味も申し分ない。
「うまっ! 何これ!?」
「吾輩、こんな美味しいモノ食べたことないにゃ!」
「え……先輩、それは地味に傷つく」
ワイワイやりながら食事を堪能する二人だが、
自分で口にしたところでは、残念ながらそれほどの感動は得られなかった。
――なんつーか、美味くて当然って感じなんだよな。
最高級の食材を一流のシェフが仕上げているわけで、
これでマズいものが出てきたら、冗談抜きで彼らの首が飛ぶ。
普段は国賓を相手にしているのだから、
そんなことしたら帝国の顔に泥を塗るようなもんだし。
「お嬢様、お食事が進んでおられないようですが」
気になることでもおありですか?
控えていた老紳士が声をかけてくる。
「いや、何でもない。美味いよ、ちゃんと」
「……左様でございますか」
あぶねー。
オレのせいでシェフの首が飛んだらシャレにならんぞ。
飯食うだけでも気の休まる暇がない。
これだから貴族生活は嫌なんだよ……
「あ、そう言えばステラ」
「今度は何だよ」
「明日の夜会って何着ていけばいいの?」
「え、あーどうなんだ、その辺?」
館の主と思われる老紳士に尋ねると、
「申し訳ございませんが、明日お時間をいただきまして衣装の用意をさせていただきます」
「へー、さすがに服まで用意してあるってことはないんだ」
「……細かな寸法直しなどは実際に試着していただきませんと」
「服そのものは用意してあるんだ……」
手際いいねーなどと感嘆しているが、
これは結構重要なことを示唆している。
――レオの奴、こっちの情報は把握済みってことか。
人数構成や容姿、体格まで。
南海諸島で船に乗ってからこっち、常に誰かがオレ達の傍に張り付いていたし、
先行して早馬を走らせることは難しくはないのだろうが……
――相変わらず油断ならねー奴。
嫌いじゃないけど、そういう所はちょっと疲れる。
「吾輩はどうなるんにゃ?」
「もちろん、クロ様にもご用意させていただきますよ」
「ホントかニャ!」
いやー、吾輩照れるにゃ。
クロが頭を掻き掻き相好を崩す。
……こっちはこっちでうれしそうだし。
ケットシーの礼装なんて、どうやって用意する気だ?
内心ちょっと気にならなくもない。
「あ、お酒おかわりいいかな?」
「勝手にしろ」
「は~い、それじゃ瓶ごとお願いしま~す!」
肴もよろしく、などと給仕に申し付けるこの女。
「飲みすぎるなよ、頼むから!」
コイツ、マイペースに過ぎる!
――いったいどうなるんだ、明日は?
まだ見ぬ夜会の光景を想い、ひとり心の中でため息をついた。
――胃薬、用意させよう……




