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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第3話 放蕩娘の帰還 その2


「はぁぁ……着いちまった」


「またため息ついてるし」


 そんなに帰るの嫌なの?

 疑問符を頭上に浮かべながら暢気に問いかけてくるテニア。

 栗色のポニーテールがピコピコ揺れている。


「嫌に決まってるだろ」


 ただでさえロクでもない家族だったのに、

 こっちは勝手に家を出て五年、全く連絡もせずほっつき歩いてたんだぜ。

 今さらどの面下げて帰れるんだっての。


「まあ、そうおっしゃらずに」


 きっと公爵様も首を長くしてお待ちされておりますよ。

 騎士が取り繕う風に言ってくれるけど、全然説得力がない。


「ほら、降りるにゃご主人」


「ほーら、ほーら」


 クロとテニア、完全に物見遊山を決め込んでいる二人に急かされてやむなく馬車を降りてみれば、

 屋敷の門を護る衛兵が目を丸くしてこちらに向かってくる。

 前に踏み出した騎士が応対し説明すると、ほどなくして仰々しく飾り立てられた門扉が左右に開く。


「滅茶苦茶デカいね、ステラの実家」


「吾輩、びっくりにゃ」


 まるでお城みたいじゃん、と感嘆する二人。


「言っとくが、ここは帝都滞在用のの別邸だぞ」


 マジの実家――アルハザート公爵領に建築された――は本当に城だからな。


「城……城ってちょっと凄いにゃ」


「ウチとはケタが違いすぎる……」


 絶句する二人。


「ようこそおかえりなさいました、お嬢様」


 最大級の敬意をもってこちらに頭を下げる衛兵に、

 そういうのはいいからと軽く手を振ってから、深呼吸。


――よし!


 覚悟を決めて門を潜る。


『契約者はそれほど自分の家が嫌いなのか?』


「お前にゃ悪いがものすごく嫌」


 故郷を望む翠竜には理解しがたい感情かもしれないと思いつつも、

 このことに関しては嘘をつく気にもなれない。

 過去のアレコレを思い出すたびに足取りが重くなっていくのが自分でもわかる。


――あ、これアカン奴や……


 いくら広大な屋敷とはいえ、いくらとぼとぼとした歩みとはいえ、

 前に向かって進んでいれば、時を置かずして屋敷の本邸にたどり着くのは自明の理。

 ……はぁ、ウチってなんでこんなに狭いんだろう。いや、広いんだけど。


「これはこれはお嬢様、お久しぶりでございます」


 年配の執事らしい人物が丁重に礼をくれるけれども、

 実のところその顔に見覚えがない。

 単にこっちが忘れてるだけだろう。


「公爵様が中でお待ちです。さあ、どうぞ」


 執事が大きな大きな扉を開けると、中のホールにずらりと並ぶ使用人たち。

 メイド、執事、その他いろいろ。

 なんでいちいち並ぶんだろう。仕事しろよ。

 

――これ、絶対今日帰ってくるってわかってたよな。


 左右の列の奥、豪奢な階段の踊り場。

 何代か前の当主のデカい肖像画の前に仁王立ちする壮年の男。

 贅をつくした衣装に整えられた頭髪と髭。

 記憶にあるよりもわずかに老けた印象のある顔に厳めしい表情を浮かべ、

 こちらに向かって足早に接近してくる男。


 アルハザート公爵即ちオレの親父殿。


「あ~、今戻りました」


「よくもおめおめと顔が出せたものだな」


 開口一番このお言葉。

 その声は怒りを隠そうともしていない。


「この愚か者めが。自分が一体何をしでかしたのか、その足りない頭で理解できているのか?」


 むかっ。


「会うなりいきなりそれですか」


 これでも一応わかってるつもりですが。


「フン、口では何とでも言える」


 わかっているなら態度で表してみるがいい。

 そう促されてもなぁ……

 誰にも何も言わずに家を出たのは確かなので、素直に頭を下げる。


「勝手に家を出て申し訳ございませんでした」


「それだけか?」


「……ほかに何か?」


 怪訝に思い頭を上げてみれば、そこにはわなわなと震える親父殿。


「うわついたお前の軽挙妄動が、いったいどれだけの人間に迷惑をかけたか……」


 皇帝陛下、皇后陛下。婚約者であったレオンハルト第一皇子。

 アルハザート派の貴族諸兄に彼らに仕える者たち。

 役人、軍人、付き合いのある豪商たち。

 ひとるひとり数え上げればきりがない。

 そして――


「わしを含むアルハザートに連なる者たち全員が、どれほど、どれほど……」


――レオや陛下たちはともかく、他は単に甘い汁吸いたいだけだろ……


「それを……貴様は、貴様という奴はッ!」


 激発して右手を振り上げる親父殿。

 その手はそのままオレの頬に一直線。

 だが――


 振り下ろされる手を取って親父殿の身体を背負い、

 膝を使って自分の身体ごと軽く浮かせて、

 勢いのままに一回転。


「あ」


 長年戦いの中に身を置いていた本能ゆえか、

 攻撃に対して身体が勝手に動いてしまって、

 気が付けば親父殿は周りの人間がヒヤヒヤしながら見守る中、背中から床にダイブ。

 受け身も取れず、痛みで声も出ない模様。


「あ、あ~、すまん、親父殿」


 我ながらちょっとびっくりして口調を取り繕う余裕もなく。


「うわ」


「やっちゃったにゃ」


 後ろで喧しい二人は置いといて。


「か……」


「か?」


「勘当だ! 二度とこの屋敷の門を潜ることはまかりならん」


 今すぐに出ていけ!

 一瞬の静寂を破る怒鳴り声。

 癇癪を起こして唸りが言葉にならない親父殿。

 てんやわんやの中、あわてて駆け寄る家人。


「あ~、はいはい。言われんでも出ていきますよ~だ」


 親父殿を投げ飛ばしたのはともかくとして、

 なんとなくこういう展開になるんじゃないかとは予測していた。

 今さら感動の親子の再会とか、これで仲直りとかは期待してなかったから。

 ゆえに特に焦ることもなく、


「ほれ、二人とも行くぞ」


「え、いいの、お父さん放っといたままで」


「いいのいいの」


 どうせ元から仲悪かったんだから。

 気にしない気にしない。


「いいんかにゃ~」


 と言いつつも、さっさと屋敷を出るオレに続く二人。

 いまだ喧騒覚めやらぬ屋敷を後にして入り口の門まで戻ってくると、

 談笑していた騎士と門衛が驚いた顔をしてこちらを見てくる。


「お嬢様、いかがなさいましたか?」


「勘当された」


「感動のご対面ですか」


「追い出されたつってんだよ!」


「なんと!」


 それで、これからどうなされるのですかと騎士は問い、

 今すぐ屋敷に戻って親父殿に頭を下げて許しを請いなさいと門衛は諭してくる。


「別に好きで帰ってきたわけじゃなし。とりあえず宿を探す」


 金銭的に余裕があるわけではないが、

 下町に行けば泊まるところぐらいは見つかるだろう。


「そういうわけには行きませんぞ」


「じゃー、どうするんだよ?」


 問いかけてきた騎士に逆に問い返すと、


「……とりあえず迎賓館にお越しください」


「ほう、随分と用意がいいじゃねぇか」


 自然と声が低くなる。

 オレと親父殿が仲違いするとわかっていたかのようじゃないか。

 ……まあ、オレらの関係を知ってれば誰でも予想はつきそうなもんだが。


「こういうことがあるかもしれないとは伺っておりました」


「……誰から?」


「それは……申し上げることはできません」


 お察しくださいってか。

 ルドルフの爺さんか、あるいは――


「わかった。馬車を頼むわ」


「はっ」


 屋敷で揉めている間にすっかり日は暮れて、

 市民街とは異なり静かでありながら街灯が明るい貴族街を馬車で行く。

 チラリと窓の外を見てみれば、真っ暗な屋敷があるかと思えば、

 パーティでも開いているのか騒々しい屋敷もある。

 帝国貴族悲喜こもごも。


「ご主人、大丈夫かニャ?」


「ねぇ、ステラ、ご飯まだ?」


 こちらを心配してくれるクロと、こちらを全く心配していないテニア。

 ……まあ、今はどちらもありがたいと思っておこう。


「心配しなくても、迎賓館に着けば飯ぐらい食えるって」


「お風呂は?」


「そりゃあるだろ」


「やった!」


 本当に、全く気にかけてねーな、コイツ。

 一発くらい殴っても許されるよな?


『契約者よ……その……うむ……何だ』


 父との仲違いについては気を落とすな。

 オレの魂の中に住まうエオルディアにまで慰められる。


――う~ん、この、う~ん……


 家族関係については別に何とも思ってはいないのだが、

 コイツの心境を慮れば、それを口にするのは憚られる。

 内心で煩悶するオレの前では、クロとテニアが――


「吾輩が耳にした噂とはずいぶん違ってビックリしたにゃ」


「あ、お父さんが大喜びで張り切る奴でしょ」


「にゃんにゃん」


 二人とも、吟遊詩人どもの語りで盛り上がっていやがる。


「あんなもん、面白おかしく脚色してるに決まってるだろ!」


「でも『金貨百万枚の女』なんでしょ?」


「それな!」


 怒りを胸に馬車に乗り込み寝床に向かう。

 あのふざけた歌を広めた野郎、見つけたらぶん殴ってやる!

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