第36話 海神 その2
クロの拳が、ファナの槍が、テニアの鉄槌が、
そしてオレが召喚した熊の両手が唸り、
命を持たず物も言わぬ石像たちがどんどん破壊されていく。
「よーし、お前らそこだ! やっちまえ!」
「ちょっと後ろの人、うるさい」
ひどい言い草だな、せっかく応援してるのに。
身も蓋もないことだけど、
この手の相手に非力な魔術士はほとんどやることがない。
精々味方の武器を魔力で強化したり、怪我を治癒したり。
今前衛を固めている三人と一匹はかなりの腕利き揃いなわけで、
それぞれ自分で戦えているし、後ろから援護する必要性は感じない。
となると、オレは来るべき海王との決戦に向けて魔力を温存しつつ、
味方の士気を高めるくらいが関の山。
「やる気なくなってくるから、静かにしてて」
「あ、はい」
なんだよー、そこまで言うことないじゃんかよー
地味に傷つくんですけど。
ここに来るまでと態度違い過ぎない?
「ご主人は休んでてくれればいいにゃ」
「がう」
「そ、そう?」
クロどころか自分で呼び出した熊にまで気を使われて、
居場所がなくてちょっと寂しい。
……オレも格闘術の練習とかしてみようかな。
「よ~し、あらかた片付いたかな」
汗をぬぐうテニアの声に頷く前衛陣。
あれだけ迫ってきたゴーレムたちが、
一体残らず木っ端微塵に粉砕されている様は壮観の一言。
「ご苦労、んじゃ行くか」
「な~んか腹立つんですけど」
テニアの不満げな声が背中から……って、
どーすりゃいいんだよ、畜生!
☆
古王朝の遺跡というから相当広いモノかと思っていたのだけれど、
目的地である最奥まで、それほどの距離はなかった。
これはあくまでオレの推測だけれども、
海王廟からここまではもともと隠し通路のようなもので、
本来の遺跡は地上にあったのではないか、という気がする。
ま、今となってはどうでもいいけど。
「当たり前の話だけど、最深部にも守護者がいるはず」
それも、これまでとは比べ物にならないほどの強力な奴。
テニアの声には普段のおちゃらけた様子はなく、
むしろかなりの緊張感が含まれている。
「そりゃそうだろうな」
「私も実物を見たことはないけれど、遺跡の心臓部を護るとなれば相当のものかと」
「アタシらの目的は、あくまで海王と『海神の標』だから」
どうしても勝ち目が見いだせないとなれば、守護者を無視する作戦もありうる。
その場合は機動力のあるアタシが囮になる。
自分が守護者を引き付けている間に、海王をお願い。
テニアがこれからの方針についてそう語る。
しかし――
「守護者が複数いた場合はどうするんだ?」
「え……それは……」
想像していなかったのか、ポニーテールの揺らめきが動揺を感じさせる。
「全部テニアが持って行ってくれるってことでいいのか?」
「え、ちょっと待って」
さすがにそれは死ぬでしょ。
その場合は作戦変更ってことで。
慌てて付け足してくる。
「だいたいさ~縁起でもないこと言わないでよ」
「いや、普通考えるだろ」
海王がここに逃げ込んだのは気候制御システムを抑えるためだけではないはず。
追いかけてくるであろうオレ達を迎え撃つために、必勝を期しているだろう。
負ければ後がないのはお互い様だ。
「そうね」
あまり先走らないでね、テニア。
奥に近づくにつれて口数が少なくなっていたファナが念を押す。
サザナ島海王城での戦いは目にしていないが、
実の父親と再び刃を交えることとなった彼女の心の内はうかがい知れない。
それでも、他人を気遣えるだけの余裕があるところを見るに、
大分マシな方なのだろうと推測できる。
「は~い」
不服そうではあったが、ファナの心遣いを無下にしない。
テニアの方も普段と変わらない様子を見せている。
――自分から囮を買って出るなんて、やっぱ焦ってんのかね。
海王城で海王を仕留めきれなかった件で。
たった三人で城に突入するって時点で相当無謀な作戦だったし、
最後の詰めを誤ったくらいで、そこまで気にすることないと思うのだけど、
――いや、最後で誤ったからこそ焦るのか。
ほとんど握り込んでいた勝利が、
するりと手の内から逃げてしまったその喪失感。
さらに海神廟に待ち受けているであろう脅威。
仲間を危険にさらすことを遭遇を余儀なくされた責任を感じているのだろうか。
そんなことを言い出してもキリがないと思うのだが。
「今更の話だけどよ」
「うん?」
「兵糧攻めを仕掛けるわけにはいかなかったのかなって」
「……難しいわね」
海神廟は、王族の緊急避難所としての機能も兼ねているから、
狭いながらも居住区が存在し非常食も常備されている。
立て籠もられた上に、外の天候を滅茶苦茶にされたら、
逆にこちらが兵糧攻めにあいかねない。
大陸とは違い、南海諸島は移動に船を要する。
天候が乱れていては、それぞれの島での物流が止まってしまう。
「アタシたちは耐えられても、住民たちが無理だろうね」
そうなれば、海王に勝利することはできても、
今後の南海諸島の統治大きな傷跡を残すことになる。
「はぁ、海ってのはつくづく厄介だな」
そう考えてしまうオレは、根本的にここの暮らしに合わないのだろう。
「海は私たちに多くのものをもたらしてくれるけれども、それは常に危険と隣り合わせ」
この海に住まう者なら誰だって子供のうちに教えられるものよ。
呆れた様子のファナと頷くテニア。
こういうところは息ぴったりだな。
「クロ、調子は大丈夫か」
「問題ないにゃ」
先ほどまでのフラフラぶりはどこへやら、
すっかりいつもの調子を取り戻している。
「吾輩、戦えば戦うほど調子が上がってくる質にゃからして」
シュッシュと拳を姿なき敵に叩き込みながら不敵に笑う。
――どこぞの戦闘民族か、お前は。
ケットシーという種族は平和的だと思われてきたが、
それは人間側の大いなる勘違いではないだろうか。
少なくともオレの相棒は、愛嬌はあるが獰猛で好戦的だ。
「そう言うご主人はどうかニャ?」
「オレか、オレは……」
熊を呼んで応援してただけで、消耗というほどのことはない。
ただ、この後に控える大将戦に不安があると言えばある。
「まあ、ちょっと気になることはあるが」
「何にゃ?」
「いや、ほらここってゴーレム多いじゃねぇか」
「にゃ」
「だから、最後までゴーレムだらけだと、オレやることがないなって」
これな。
海王は人間だけれども、この三人を相手に戦うほどの猛者と仮定すれば、
運動神経残念賞のオレが立ち向かえる相手とは思えない。
遠距離から支援するにしても、ここで使えそうな魔術はあまりない。
「あのガラガラドッカーンはどうかニャ?」
「『紫電槌』な」
「それそれ、アタシも聞きたかった。ステラの超必殺技」
「あれは屋外専用」
「え?」
「クラーケン討伐までの短期間で習得できそうなのをエオルディアに選んでもらったんだ」
だからいつでもどこでも使える便利魔術ではなく、
特定の条件下での使用可能なランクの低いモノにせざるを得なかったワケで。
仮に屋内で使用した場合、普通の家屋ならオレ達を巻き込んで盛大に崩落。
ここみたいな生きた遺跡の場合は、恐らく外側で弾かれてしまい、
戦場となるはずの内部まで雷が到達できないだろう。
「えっと……ご主人は、ただ吾輩の後ろにいてくれるだけで大丈夫にゃ」
「がう」
うう、猫と熊に慰められる召喚術士の図。
暖かい友情を描いた三人の外、南海出身の二人の視線が冷たい。
「まぁ、何かの役には立つんじゃない?」
多分。
「きっと出番はあるのではないかしら」
おそらく。
「お前ら、随分と息が合ってるよなぁ!」
「「それほどでも」」
二人して照れるな!
この南海ダブルポニーテールが!
「ま、冗談は置いといて」
「冗談かよ」
「ほら、拗ねてないで」
そろそろだよ。
細長い通路の先にひときわ明るい出口が見える。
おそらく万全の態勢で待ち構えている海王。
今さら奇襲攻撃もないオレ達。
互いに正面衝突しかありえないこの状況で。
「必ず勝ちましょう」
みんなの力で。
「ああ」
「にゃ」
「了解」
「……行きます!」
ファナの号令のもと、最後の戦いに向かう一歩を踏み出す。
誰もが、もう後戻りはできないことを口には出さなかった。




