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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第34話 反撃、サザナ島攻略作戦! その4


「へっくし!」


 自分で立案した作戦だから誰にも文句は言えないのだが、

 大雨の夜にクラーケンに乗って海戦というのはさすがにキツイ。


「ふぅ、どっかで誰かがオレのこと噂してやがんな、こりゃ」


 マーマンがくれた果実のおかげで息継ぎの問題は解決したものの、

 体温調節の方は全く解決してくれない。

 服を着ててもすぐ濡れるとあって水着だけで来たけれども、

 濡れた身体を拭く布すらない有様では、

 常夏の南海諸島と言えど寒いことには変わりない。


 戦っているのはもっぱらクラーケンなので、

 ほとんど動かない召喚術士としては身体を暖めるすべがない。

 まさか、蛸の上で焚き火をやらかすわけにもいかないし。


「あ~寒、はやく終わってくんねーかな」


 水浸しの肌を少しでも暖めるために抱きしめて擦る。

 先ほどのように風が吹けばクシャミすることになるけれど、

 敵の眼前でそういう余裕なさげなアクションを取るのは避けたいところ。


 こちらの姿を見るなり突進してきた第一陣を粉砕したあたりで、

 敵さんの方もかなり動きが鈍ってきた。

 目の前で瞬く間に船を七隻も沈められ、

 被害に見合った戦果を挙げることもかなわず、

 次は自分の番かと怯えるようになってしまっては、

 たとえ上がどれほど発破をかけようと、

 一度萎えてしまった戦意はそうそう回復するものでもなし。


「しっかし、クラーケンさえ押し立てればどうとでもなるってのはよくないな」


 力押しできるならそれが一番とは言え、

 こうも馬鹿の一つ覚えにクラーケンばかり使っていると、

 召喚術士としての腕前が錆びつくかもしれない。


「そうなる前にどうにかしたいが、さてあちらがどう出るか」


 オレがあちらの兵士だったら、

 のらりくらりと時間を稼いでサボタージュ一択。

 特別ボーナスが出るのでもなければ、

 こんな戦に参加したところで何もいいことないのだから。

 そのあたりはあちらの大将の器量によるところだけれど、

 こうして海から戦場を見渡した限りでは、

 それほど大きな器を見せつける奴は居なさそうだ。


「……もう二、三隻沈めてみるか」


 これ以上戦わないのなら楽でよいと言いたいところだが、

 サボった兵士がここを放り出して城に向かわれても困る。

 南海諸島の軍の内情はわからなかったが、

 一応港を死守するという見立てで陽動をかけているわけで、

 これが王様を護ることを最優先にされると、

 たった三人しかいない奇襲部隊が大苦戦に陥ってしまう。

 あくまで、敵主力をここに引き留めておくことが大前提だ。


「よし、行くか……うん?」


 サザナ島に残った奴の中から新たな獲物を物色すべく港に視線をやれば、

 闇夜に大きな白旗が風にはためき、根元には見慣れた黒いケットシー。

 先程まで戦っていたのと似た装備を身にまとった兵士たちが、

 その小さな身体の後に付き従っている。


「ごしゅじ~ん!」


 クロが小さな手を振ると、

 兵士たちが支えている白旗も嵐の中で右へ左へ。


「おお、クロ!」


 ……困った。

 あれでは勝ったのか負けたのか判別つかない。

 蛸を出したまま迂闊に接近してクロが刺されても困るし、

 蛸を返して近づいた途端にこちらがグサリとやられても困る。


「クロ、どうなった!?」


 嵐の音で聞き取りづらいのを承知の上で、距離を開けたまま声を荒げる。

 身振り手振りで何度かやり取りを繰り返したのち、

 クロは一度旗を下げさせ、白地に大きく丸を描いて再び左右に振り始めた。


――これは勝った、でいいんだよな。


 ということは、クラーケンは出したままでいい……はず。

 うん、それにしても本当に勝てたか。

 自分で提案しといてなんだけど、正直成功率は結構低いと思ってたよ。

 他に手が思いつかなかったから言わなかったけどな! 



 ☆



「てっきり勝ったと思ってたんだがなぁ」


 とっくに戦意を失った兵士たちの間をすり抜け、

 クロに導かれるままに海王城に入り、

 仲間たちと合流したもののファナの姿はなく、

 残った二人の顔色は優れない。


「逃げられたって……」


 急遽用意された城内の風呂で身体を暖め、

 預けておいた下着を身につける。

 本来ならば王族が休む奥宮の一室を占拠し、

 温めたお湯を飲みながら状況を聞いてみたところ、


「決定打になったのは、海王が味方を壁に使い始めたあたりかねぇ」


 三対十一で始まった玉座の戦いは、

 暗所における機動力に定評のあるクロが縦横無尽に駆け巡り、

 終始侵入したファナ側が有利に展開していた。


 しかし相手も近衛最強の部隊だけあってなかなか総崩れにはならず、

 俯瞰的に見れば、数の多い海王側がまだ勝っていたはずのところで、

 焦った海王が『海神の標』を手に大暴れを始めた。

 動き回るクロやテニアを封じるために、配下に壁を作るよう命令を下し、

 自身はその肉壁ごと敵を貫き通すと息まいた。


 王に忠誠を誓ってはいるものの、そんなことで命を失ってはたまらない近衛たちは、

 王命に戸惑い統率に乱れが生じ、それが更なる王の怒りを買った。

 二進も三進もいかなくなった兵士たちにファナの説得が功を奏し、流れが大きく傾いたとのこと。

 結果として自分で自分の首を絞める形となった海王は、玉座の間の隠し通路から離脱。

 言うまでもなく通路は爆破され追跡は不可能となって現在に至る。


 ま、兵士たちもファナの日頃の仕事ぶりを目にしているし、

 自分たちを使い潰そうとする海王とクソ真面目な蒼髪の海王代理を秤にかければ、

 後者に肩入れしたくなったのだろう。

 日頃の行いが、こういう時に物を言ったわけだ。


「ファナ様は兵士や島民の代表を集めて状況を説明してるとこ」


 悪いけどステラの件も話してるよ。

 全然悪いと思ってなさげなテニアの声。


「構やしねーよ」


 今回のサザナ島の戦闘の原因が、

 何の咎もないオレを攫って聖王国に売り渡し、

 大陸に戦乱を招こうとした海王の企みを打破するための、

 ファナの正義の戦いであったこと。


――正義の戦いってのは気に食わんが、仕方ないか。


 追い詰められた海王は部下を見捨てて逃げ出したこと、

 今後はファナが正式に海王位に就いて新しい統治形態を興すこと。

 逃げた元海王を見つけたら、殺さず捕えるか報告すること。


「実際のところ勝負はこれからってとこかな」


 口で新政権がどうのこうのと叫んでみたところで、

 南海諸島の民を納得させるほどの説得力は生まれない。

 幸いサザンオース家の『海神の書』はすでにファナに引き継がれている。

 継承者と被継承者の両者の同意がなければ行われない、

 本来ならば一番めんどくさい手続きは片付いているのだから、

 あとは――


「『海神の標』」


「ん?」


 部屋の中にファナが入ってくる。

 彼女自身も戦闘に続いて配下の説得、状況説明と働きづめで顔色が悪い。

 日頃は丁寧にまとめられている髪もほつれ、幾筋か頬に張り付いている。


「代々の海王に伝えられてきた神器よ」


 その所有者こそが真の海王。

 民の間ではあまり知られていないけれど、

 海王家では絶対の習わしとして伝えられているらしい。

 そ―いや、そんな話を前に聞いてた気がする。


「で、その神器は?」


「……持って逃げられたニャ」


 オレともに風呂に入って暖まったクロが、

 テニアに全身をブラッシングされ、

 お湯を啜りながら答える。

 全体的にしんなりした印象。

 ……どうでもいいことだが、コイツ猫舌じゃないな。


「あっそ」


 そうそううまくはいかねーか。

 海王にとっては最後の切り札。

 そんな簡単に手放すはずがない。


 両手を頭の後ろに組んだままベッドに横たわる。

 さすがにニブル島を出てからこっち、

 かなりの強行軍だったこともあって、体力の限界が近い、

 もう一度戦えと言われても、おそらく身体が言うことを聞かない。


 今はたったの一手で盤面を引っ繰り返して優位に立ったように見えるだけ、

 状況はいまだ流動的に推移し、勝利の女神は祝福べき王を見定めている。

 表向きファナに従っている配下や民衆も、このまま時を置けばどうなるかはわからない。

 彼女の海王位を確固たるものにするためには、あまり時間をかけられないわけで。

 さっさとケリをつけたいところだが……


「んで、奴がどこに逃げやがったのかわかってんのか?」


「それはもう」


 逃げ出した海王が最後に縋るべき場所は決まっているから。

 最後の詰めを誤らないよう、みなさんよろしくお願いします。

 欠伸混じりにテニアが答え、


「次で決着をつけます」


 ファナは決然とした表情で宣言した。

次回より『海神』となります。

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