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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第33話 反撃、サザナ島攻略作戦! その3


「ええい、増援はまだかッ!」


 大雨が降りしきるサザナ島近海に浮かぶ王国軍の軍船、

 その甲板に海軍の軍団長の怒声が響き渡る。

 荒波に揺れる船体から深い闇をたたえる海に落ちぬよう、

 誰もが船に捕まり、へっぴり腰を晒している。



 ★



 王城、王都、そして国外に通じる唯一の港を備えた、

 南海諸島の要とも言えるサザナ島。

 軍の大半が出払ってから数日後の雨の降る夜も半ばを過ぎたころ、

 そのサザナ島の軍の詰め所を空前絶後の報告が駆け抜けた。

 聞けば『海の悪魔』とも呼ばれる大ダコの魔物クラーケンが、

 突如港に現れ傍若無人の極みを尽くしていると言うではないか。


 慌てて王城に使者を走らせたところ急遽参集を命じられ、

 王城に向かってみれば怒り心頭に発した海王から、

 直々に身に覚えのない怠慢と不備を責められ、

 更には魔物を率いているという魔女を捕えよとの厳命が下された。


『魔女は必ず生かして捕えよ』


 我が娘を(そそのか)し反旗を翻させたその罪、ただ命を奪うだけでは飽き足らぬ。

 腕の一本や二本は構わぬが、必ず生かして捕え、

 万民の前で海王に逆らうものの末路を見せつけるよう、罰を与えねばならぬのだ。

 魔女を焚刑(ひあぶり)に処す。その炎こそがこれからの南海諸島の未来を照らす灯りになる、と。


 海王の言葉を賜る間も港の状況を不安に思うものの、

 王命による一大作戦であるニブル島包囲に参加できなかった待機組としては、

 大いに奮い立ったのだが、現地の事態はとっくの昔にそれどころの話ではなくなっていた。



 ★



 大ダコ討伐に向けて出港した軍船のうち、

 すでに六隻が海の藻屑と消え、

 クラーケンもまた海中に姿を消した。


「た、隊長、敵影が見えません!」


 撤退したのかもしれないという楽観が船上に広がる。

 だが――違う。

 それは希望的観測、否、妄想に過ぎない。


「総員構え! 次はこの船にくるぞ!」


「ひっ、ひぃぃ~」


「さっさと武器を構えんか、この――」


 怯える部下を叱咤し自らも武器を構える。

 しかし――


 ぎしっ。


「ひっ、船が止まりました!」


「泡が、泡が!」


「もう嫌だ! 誰か!」


 船底を覆う分厚い泡の膜。

 続いて海中から伸びる八本の太い触腕。

 船首と言わずマストと言わず、みるみる間に触腕に巻き付かれ、

 ギシギシと圧力で押しつぶされそうな悲鳴を上げる船体。

 

 クラーケンは、真下から現れる。


 ゆえに船上で武器を構えていても意味がなく、

 気が付けば船は丸ごと触腕に絡め捕られ身動きなど儘ならない。

 海より這いあがってくるタコ足は柔軟でいて堅牢。


 たとえ刃をもってその(ぬめ)る足を切り落としても、

 すぐさま切り口から新しい触腕が生えてくる。

 斬り落とした先端は足元でビチビチと跳ね回り、

 見る者の心に本能的な恐怖を植え付ける。


「クソッ、どうしてこんなことに」


 歯噛みしつつ剣を振り回しても、どれほどの足しにもならない。

 既に海中に没した六隻の船は、全く同じ破滅への道をたどっていった。

 今ここで多少抗戦してみたところで、

 新たな犠牲者として加わるまでの、

 ほんのわずかな時間稼ぎにしかならないことは明白。

 だからといって、黙って手をこまねいているわけにもいかない。


「久々の大戦(おおいくさ)だ。(たかぶ)るよなぁ大将!」


 狂気と絶望の戦場に唐突に声が徹る。

 耳元に滑り込む、甘くそれでいて快活な声。

 この狂乱の海に相応(ふさわ)しくない少女の声。

 

「な、何者だ!?」


 恐慌一歩手前で踏みとどまり誰何(すいか)の声を上げる。


「誰と言われても……お前らがオレを一生懸命探してるみたいだったからよぉ」

 

 わざわざこっちから出てきてやったんだぜ。

 どこか人を小馬鹿にしたような、

 年端もいかない少女の声は、瞬く間にその色が移り変わる。

 先ほどとは一変して、どこか物憂げで、それでいて剣呑な声。

 

「船長、あそこ」


 船員が指さすその先は、船体にくらいついたクラーケンの頭部、

 水に濡れて(ぬめ)光る魔物に腰かけてだらしなく足を延ばした、

 胸と腰を僅かな布で覆った桃色髪の少女。


「あれが、魔女……」


 額に張り付いた髪を(わずら)わしそうに流す白い指先。

 けぶるようなまつ毛の奥に光る薄紫の瞳。

 柔らかい笑みを浮かべる口中よりときおり覗く、紫色の果実を舐める小さな舌。

 精緻に整えられた顔の細部には、かすかな色気さえ垣間見える。


 蛸の足を巻き付け上気した白い肌は、薄明るい光と水滴に彩られ艶めかしく輝いて。

 肢体が描く曲線と触腕の絡み合いは冒涜的な感情を想起させる。

 未成熟な肢体がしなだれかかる硬質の杖は魔術士の証。

 そして、胸元に赤く輝く竜の咢を戴くさまは魔物的ですらある。


――ああ、これは魔女だ。


 海王の言葉を疑っていたわけではないが、

 実物を見て改めて理解する。


 あれは、魔女だ。

 人を惑わせ、狂わせ、堕とすモノ。

 条理にて測ることの叶わぬモノ。

 近づいてはならぬモノ。


「さぁ、こちとら絶好調だぜ!」


 存分にやり合おうじゃねぇか!

 その魅力的な顔が嬉々として嗤う姿を一目見て、

 闇夜にあってほの白く輝く腕に心を掴み取られた。

 戦えと頭の中で叫ぶ声は総身には届かず、

 手足はまるでいうことを聞かず。


 大きな木が砕かれていく音が遠い。

 この船の断末魔の叫びだと気が付いても、

 あの瞳に見つめられている間は身動き一つ儘ならない。


「おいおい、魔女たぁ随分なこった」


 くすくすと笑い声が耳に侵入するとともに足元の現実感が失われ、

 気が付けば冷たい海に投げ出されていた。

 船が破壊されたとようやく思考が現実に追いついたものの、

 鎧をまとった身では浮かび上がることもできず、

 そのまま全身を何者かに締め付けられ――


「だらしがねぇなぁ、おい」


 魔女の眼前に逆さづりにされていた。


「せっかく来てやったんだ、もっと気の利いた出迎えを頼むぜ」


 桃色髪の魔女は器用に舌を使い、

 口中から紫色の小さな果実を取り出して舐めまわす。


――あれは、アプワの実か。


 近年マーマンによってもたらされた海中に育つ果実の一つ。

 口に含めば水中でも呼吸が可能になる特殊な性質を持ち、

 海軍でも採用が検討された話は聞いている。

 結局、軍での使用は見送られたが、

 クラーケンを操る魔女の手にその実があるとは……


「ゴホッ、ごほ……き、貴様、どういうつもりだ?」


 既に武器は失われ、軍船は砕かれた。

 抗う術はもはやなく、しかし最後の誇りをもってして、

 咳き込みながら叫ぶ。


「あ~? どうでもいいだろ、そんなの」


 まるで一切の物事に興味なさげに。

 まるで我々を馬鹿にしているその姿。


「貴様……ファナ様を(そそのか)した魔女の分際で、何を偉そうに」


 ファナ、ファナねぇ……

 魔女は敬称すらつけずに何度か言い直し、


「そのファナが、お前らを殺してやるなって言ってんだよ」


 雑魚のくせして本当にめんどくさい。

 戦場で武器を持って襲いかかってくる奴は敵なんだから、

 とっととブッ殺しちまえばいいと思うんだが、どうよ?

 

――何だと!?


 思い返してみれば、この魔女とクラーケンは次々と軍船を破壊して回りはしたが、

 脱出した兵士に追撃をかけていない。

 彼らを救助するための小型艇にも、だ。


「大体、何でオレが(そそのか)したことになってんだ」


 あと魔女ってなんだよ。

 オレのどこが魔女なんだよ。

 一転して腹立たしげに頬を膨らませる。


――どこからどう見ても魔女だろうが!


「我々は海王さまから直々にお言葉を賜ったのだ!」


「……海王ねぇ」


 不敬の極みともいえる物言いは、

 しかし徐々に爆発しそうな怒りを孕んで、

 その秀麗な眉が大きく跳ねあがる。


「海王なんて名前はえらく大層だけどよ、あんな臆病者が何だってんだ?」


「な、何だと」


 剛勇をもって王国にその名を(とどろ)かせる海王様を臆病者呼ばわりとは!

 怒鳴り返してやりたかったが、得体のしれない迫力に()されて声が出ない。


「オレはよぉ、たった一人で戦おうとするファナが見てられなくてよ」


 一緒にこのクラーケンに立ち向かったんだ。

 乗っている蛸の大きな頭を軽く叩く。


「するとどうよ?」


 おどけたように問いかけてくる。


「何の話だ?」


「海王はなぁ、クラーケンを倒して国を救ってやったこのオレに――」


 声に合わせてクラーケンの触腕に力がこもる。

 ギリギリと締め付けられて全身が痛み、体内から酸素が吐き出される。


「感謝の言葉を与えるどころか、冷たい牢屋にぶち込みやがったんだよォ!」


 おまけに聖王国に売り払う算段で、反対したファナにまで手を伸ばしやがった!

 民を護らず、功労者を(ねぎら)わず、己の保身に汲々(きゅうきゅう)とする。

 そんな野郎に、このオレが負けるはずねーだろうが!

 桃色髪の魔女が、南海の夜に咆えた。


「そ、そんなはずはない。何かの間違いだ!」


 海王に長く仕える軍人としての誇りが、

 咄嗟に主を庇う言葉を吐かせた。


「おい、もういいぞ」


 もはや語ることなしと諦めたか、そもそもどうでもよかったのか。

 少女が蛸の頭を叩くと、触手が大きくしなり、

 身体がそのままの勢いで空中に放り出される。


「う、うおおおっ!」


「さっさと拾ってもらえ、このバーカ!」

 

 再び海中に没する寸前。

 最後に見た魔女は、年相応の少女のように、

 舌を出して怒っていた。

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