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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第6話 平穏への帰還 その1


「んがっ」


 ゴトリ、と不意に御者台が揺れ、乙女に相応しくない呻きが漏れる。

 春のうららかな日差しと空気の中、ダンジョン探索の緊張から解放されたうえ、

 溜まりに溜まった疲労に心も体も音を上げたか、ついウトウトと眠り込みかけてしまっていたところだった。


 抜け落ちそうになっていた杖を慌てて抱き込む。


「す、すみません、ついうたた寝を……」

 

 慌てて横に向き直り頭を下げると、


「はっはっはっ。まあ、何もなかったし、いいってことよ」


 隣で馬車を操る老人が軽く笑い返す。


「吾輩ずっと起きていたから、大丈夫ニャ」


 後ろの荷台で丸まっていた黒い毛玉――ケットシーのクロ――が、

 耳をぴょこんと立てて仕事をアピールする。


 この馬車はアールスの街とダンジョン近くの開拓村を日々往来し、荷物を運んでくれている。

 行きはダンジョンに挑戦しようとする者を、帰りはダンジョンから帰還する者をただで乗せてくれる代わりに、

 馬車の護衛を引き受けるのが慣習になっているのだ。


 いつ着くか、いつ発車するかは特に定まっていないが、

 街や村で待ち構えていれば、大体捕まえることができる。

 アールスと開拓村に限らず、こういう取り決めで動く馬車は少なくない。


 申し訳ない、と再度頭を下げてから、背後に向き直り荷台のクロに呼びかける。


「そういえばさあ、クロ」

 

「どうしたにゃ、ご主人?」


「お前って、宿はどうしてたんだ?」


 欠伸混じりに問いかけつつぐるりと周囲を見渡せば、そこには見慣れた景色が広がっている。


 西――今オレ達が向かっている方角――に広がる草原と穏やかな丘陵地帯の彼方に見えるは、

 人間の背丈何人分かの高い石の壁にぐるりと囲まれた、近隣最大の街アールス。

 ここ数年ほど拠点としている辺境都市である。


 大陸には二大国と呼ばれる国がある。

 すなわち大陸の西部に広範な領土を有する『聖王国』と、東部の雄と呼ばれる『帝国』。

 大陸南東部に位置するアールスの街は聖王国に属しているが、

 首都である聖王都から馬車で二月以上かかる辺境のせいか、

 あまり聖王国らしい堅苦しい都市ではない。


 街から北に向かえば、そこは聖王国と帝国との国境地帯。

 現在両国は停戦状態ではあるが、ひとたび戦端が開かれれば主戦場と化す。

 歴史を紐解くまでもなく、大陸最大級の戦場であることは周知の事実であるため、

 世界中の傭兵団は戦がなくともこの地に熱い視線を注いでおり、複数の勢力がアールスに人員を常駐させている。


 東方にそびえ立つは難所と名高い通称『恐怖山脈』

 絶えず毒の煙が噴き出す火山帯であり、地脈の乱れによる魔力濃度の高さゆえか、

 ふもと辺りでさえ頻繁にダンジョンが出現する。

 今回探索していたのも、つい最近発生したと街で噂になっていたもの。

 ダンジョンが生まれやすい土地というのは、腕自慢にとってはありがたい環境だが、

 統治する立場からすれば危険極まりない。

 ダンジョンから産出される様々な素材の利権を考慮しても、

 ここを領地として与えられることが栄誉かどうかは意見の別れるところだろう。


 そして街道を南に進めば港湾都市であるボーゲンにたどり着く。

 海路を利用する者、海産物の取引を行う者、古王朝時代に海に沈んだとされる遺跡を探索する者など、

 多くの人やモノが集まる聖王国南岸の要とされる街である。


 北と東はともかく、西と南は立派な交易路が整備されており、

 商人や荒くれどもをはじめとした多数の人間が行きかい、

 様々な物品もまたこのアールスの街を通じて拡散され、

 大陸南部に一大商業圏を形成している。


「宿かにゃ?」


 クロは丸まったまま何ということもなく口にする。


「軒下、屋根裏、森の木の虚。夜露が凌げりゃどこでもいいにゃ」


 あまりに酷すぎる。

 共に手を携える者として、これは捨て置けない。


「じゃあ、ウチに来いよ」


 連絡手段がないから確認は取れないが、

 かつて行き倒れていたオレを拾ってくれたおやっさんなら、

 ケットシーの一匹や二匹でとやかく言うこともあるまい。


「……お布団、あるのかニャ?」


「大丈夫、ベッドがあるぞ」


 口で何と言っていても安全と言い難い寝床を転々する生活では、

 体調管理もままなるまい。

 暖かい布団は、正義だ。

 

「にゃにゃ、ご迷惑にならんかニャ?」


「ならんならん……多分な」

 

 まあ、最後の一言は小声になってしまったが。


「にゃんにゃん、それは楽しみだニャ!」


 嬉しそうなクロの鼻歌を聞きながら、徐々に近づいてくる石門の奥に思いをはせる。

 実際に離れていた日数はわずかだけども、行き先が命懸けのダンジョンともなれば、

 体感ではちょっとした長旅にも感じられた。

 クロに限らず、オレもまたゆっくりと休みたいと、そう思っている。



 ☆



「ありがとさん」


 街門を抜けたところで御者さんにひと声かけて馬車から降り、凝り固まった身体を伸ばす。

 既に日は西に傾いて、あたりに目を向ければ夜闇の気配があちこちから忍び寄ってきている。


「いやいやこちらこそ、別嬪の魔術師さんのおかげで何事もなく」


「いや~、それほどでも。なはは……」


「にゃっはは~のは!」


 持ちつ持たれつ、お互いに益のある関係のオレ達。

 最後は気持ちよく笑い、そして別れる。

 再び縁があるかどうかは、神のみぞ知ると言ったところか。


「ほら行くぞ、クロ」


 夕刻に差し迫るこの時間帯、

 門から中央のメインストリートに抜ける一角は多くの人に溢れている。

 

 夜の街に繰り出す人、商売を始める者。

 宿に戻る人、そして家に帰る者。その他もろもろ。

 多くの人が産み出す無秩序な流れに逆らうことなく、

 新たな同行者を先導しながら、オレもまた帰路につく。


 街の外延部、街灯などない薄暗い路地裏の一角に門を構える地上二階の木造建築。

 好意的に表現すれば歴史を感じさせる佇まい。

 端的に言い表せれば……やめておこう。

『緑の小鹿亭』と看板に記されたこの宿こそ、

 オレがこの街にやってきてからの常宿。

 付き合いの長さを鑑みるに、もはや家と呼んでも差支えはなかろう。

 だから悪口はダメ、絶対。


「ただいま~!」


 立て付けの悪いドアを開けると、


「あ、ポラリスおねえちゃんだ! おかえりなさ~い!!」


 たとえ宿屋といえども三年近く泊まり続ければ、挨拶は『ただいま』で、

 返事は『おかえり』なのだ。

 元気いっぱいの明るい声と笑顔で出迎えてくれるのは、『緑の小鹿亭』の娘パメラ八歳。

 明るい茶色のくせっ毛をツインテールにした可愛らしい少女である。

 幸いなことに母親似(ここ大事)であり、将来はさぞかし美人さんになることが容易に想像できる。

 あまり治安のよろしくない区画に咲く一輪の花だが、

 この子に手を出せば、ここを常宿とする連中が黙ってはいない。


「おう、戻ったかポラリス……って、そっちは?」


 カウンターの奥から冬眠明けのクマのようにのっそりと現れた髭面の巨漢がパメラの親父さんだ。

 大陸北部の山間地帯の出身で、故郷を出てこの街を中心に長く傭兵として活躍し、十年前に引退。

 当時すでに高齢の域に差し掛かっていた先代店主からこの宿屋を引き継いだとのこと。


 以後、美人の奥さんと可愛らしい娘と一家三人で宿を営み現在に至る。

 荒事稼業に足を踏み込んだ人間としては珍しい、典型的な『勝ち組』であり、

 オレがまともに稼げもしなかった時期に、無利子無期限のツケで泊めてもらった恩人でもある。

 ……経営者として、それはどうかと思わなくもない。


 既に一線を退いたとはいえ、大陸を渡り歩いたという巨躯は、

 いまだに力強く盛り上がった筋肉と、赤く焼けた肌と鋭い眼光をもって、

 かつての勇名に思いを馳せるに十分な迫力を持つ。


「ただいま、おやっさん。こいつはクロ」


 黒猫の首根っこをひっつかんで、人間視線まで持ち上げる。

 今回の探索で意気投合して組むことになった旨を告げる。


「初めまして、店主殿。吾輩クロフォードというケチなケットシーであります」


 ぶらんと中空にぶら下がったまま、右手を挙げて挨拶するクロ。


「ほう、ケットシーか」


 物珍しげにしげしげとクロを凝視するおやっさん。

 妖精族の中でも、比較的人間界でよく見かけるとはいえ、

 場末の宿屋ともなると、なかなか珍しい存在である。


「おやっさん、物は相談なんだけど、コイツ寝床がないらしくてさ、それで……」


「別に構わんぞ」


 オレの言葉を最後まで聞くことなく。

 おやっさん、即答であった。


「マジで?」「早いにゃ!」


「ポラリス、おめぇの部屋に泊めてやれ」


 こんな小さな御仁から、一部屋分の代金なんぞ取れん。

 飯代だけは別途払ってもらうがな。

 おやじさんはにやりと笑ってカウンターの奥に引っ込む。

 

「……聞いといてなんだけど、本当にいいの?」


「一人でフラフラしてたおめぇがようやく連れてきた相方を、そうそう追い出したりできるかっての」


 いいのか?

 まあ、いいか。

 主であるおやっさんがいいと言っているんだから。

 ……なんか娘が男を連れてきたかのような言い草が気にならなくもないが。


「わ~い、猫さん猫さん!」


 足元ではしゃぐパメラと、手を振って愛想を振りまくクロ。

 大人気だな、クロ。


「飯までまだ時間がかかるが……」


 オレ達を再度じろりと睨み付け、溜め息をつく。


「二人とも泥だらけじゃねぇか。そんなんでウロウロされるとウチが汚れちまう」


 この『緑の小鹿亭』、見てくれはともかく、この界隈には珍しいほどに整った宿だ。

 おやっさん一家の清廉な性格が透けて見える。

 そんな宿を汚すというのは、誰であろうと気が引けるもの。


 おやっさん、奥の扉を指さして、ひと言。


「まずは身体を洗って来い」


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