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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第19話 南海☆大決戦! その4

 マーメイドたちに案内されながら二隻の船が紺碧の海を征く。

 文字に起こせば何とも幻想的な絵面に思われるかもしれないが、

 実情は『海の悪魔』ことクラーケンに立ち向かう決死隊である。

 現実は、かくも厳しい。


「クラーケン、動きありません」


 水中では海の方々が種族の垣根を超えて盛んに連絡を取り合っている。

 すべては打倒クラーケン、そのために。


「これを渡しておくわ」


 そう言っていつの間にか隣に来ていたファナが取り出したのは、半透明の球体。

 指で掴むと湿り気があり、ヌルヌルしている。


「何これ?」


「アプワの実よ」


 聞き覚えのない果実の名前を出されて眉をしかめていると、


「これを口に含んでいれば、水中でも息ができるの」


 もともとマーマン族が特産品にならないかとサザナ島に持ち込んだものらしい。

 水上活動の多い南海諸島において、その有用性はもはや語るまでもないが、

 実際のところはと言えば、数を揃えるには資金がかかり、

 しかも長持ちしないためまとまった運用は難しいらしい。


「使わないに越したことはないけど、一応ね」


「確かに」


 見れば、他の乗員には彼女の騎士たちが同じように実を配っている。

 

「クロ、持ってられるか?」


 女将さんの手作り薬のおかげで、船上なのに颯爽と風を切っている相棒に尋ねる。

 いつもクロが背負っている鞄は、現在ニブル島で主を待っているところ。

 基本的に服を身に纏わないクロは、この便利な実を持っておく場所がないのだ。


「ご主人が持っててくれればいいニャ」


「そうか?」


 腑に落ちない部分はあったが、他に方法があるでもなし。

 身に纏っているワンピースの水着には、小さな実を入れておく場所はなし。

 クロの分まで預かってショートローブの裾に入れておく。


――万が一戦闘になったらすぐに渡そう。


「……到着します!」


 朝早く島を出てはや半日、交代で軽い食事を済ませてからしばらくして、

 ようやくギルマンの旦那のお声がかかる。


「準備はいい、みんな?」


 先陣に立つファナが部隊を見回し確認を取る。


「火薬船、大丈夫です!」


「着火班、問題なし!」


「観測班、配置つきました!」


「切り込み部隊、抜剣済みです!」


 次々と上がる声。

 そして――


「作戦開始!」


 凛としたファナの声に合わせて皆が乗る軍艦の錨が下ろされ、

 代わりにこれまで曳航されてきた火薬船に帆が張られて、

 風に乗ってクラーケンの海域にゆっくりと進み始める。


「さあ、きなさいクラーケン」


 私たちの力を見せてあげるわ。

 ファナは槍を構えて威勢よく、そして若干の緊張を含んだ声を漏らす。


――勝負は一回きり。外せねぇぞ。


 杖を握りしめて、先征く船を凝視。

 しばしの間、船上を重い沈黙が支配する。

 そして――


「クラーケン、動きます!」


「了解。みんな構えて!」


 水中から上がってきたマーメイドの震える声。

 火薬船の周りにいくつもの白い泡が浮き上がり、船体の動きが止まる。


「来るぞ!」


 瞬間、水面から何本ものタコ足が立ち上がり、見る見る間に船を補足。

 ギシリギシリとここまで聞こえてきそうな締め付け具合で食らいついてくる。

 予想していたとはいえ、現実に船が捕食される有様を見せつけられ騒然とする一同。

 その中で――


「ポラリス、着火準備!」


「おう!」


「総員、耐衝撃!」


 襲われている船に釘付けになっていた視線を戻し、杖を構えて精神集中。

 エオルディアに受けた講義を思い出し魔力を込めて一言一言呪文を詠唱。


「空に揺蕩う黒雲よ、我が声に応えて空を覆え!」


「天を裂く雷をここに、地を割る鉄槌をここに!」


「ああ輝く光よ、潰せよ滅せよ我が敵を!」


 晴天だった空に、みるみる間に黒い雲が渦上に満ち、

 帯電した雷が周囲から一点に集中される。


――外せない、外せないぞッ!


 この作戦の要となる着火役。

 万が一の場合には、松明を持ったファナの部下がマーマンとともに特攻する手はずになっているけれども、

 そんな自爆特攻は断じて認められない。

 自ら手を挙げて始動させた作戦、その決定機。


――この魔術は、一日一回しか使えない。


 ゆえに絶対に失敗は許されない。


 呼吸が荒く、視界が歪む。

 いつかと同じ、極度のプレッシャーが全身に圧し掛かる。


「ご主人、ご主人」


 ぽんぽんとすねを叩く肉球。

 微かに目を開けばクロが足元に。


「深呼吸するにゃ」


 ガチガチになっていては当たるものも当たらない。

 さんざん練習してきたのだから、撃てば当たるに決まってるにゃ。

 そう笑って黒い身体を大きく伸ばし、つま先立ちになって大げさな呼吸の真似。


――そうだな。


 クロを見習って杖を構えたまま大きく息を吸い込み、そして吐く。

 大ダコはまだ船に絡みついたまま。余裕はある。

 何度目かの深呼吸の後、大きく息を吸って――


「落ちろッ『紫電槌』!」


 狙う先はクラーケンが抱きしめる火薬満載の船。


「当たれぇッ!!」


 詠唱完了とともに天の黒雲から雷霆一閃!

 激しく明滅を繰り返す視界に一同が目を閉じて蛸から視線を外す。

 そして、一帯を覆いつくすほどの大爆発!


「ど、どうなった!?」


 凄まじい轟音と風圧。

 大きな炎の華が咲き、巻き上がる黒い煙。

 そのあまりに破壊的な光景を前に、一同が言葉を失っている。

 船は跡形もなく消し飛び、しかしクラーケンの姿も見当たらない。


「観測班、状況しらせ!」


 ファナの指示が飛び慌ただしく動き回る船員たち。

 魔力を使い果たしてその場に崩れ落ちるオレを支えるクロ。


「手ごたえはどうにゃ?」


「ああ、それは――」


「クラーケン、浮上!」


 一瞬騒然とする船上。

 だけど――


「……動き、ありません。やった――」


 思わず歓声を上げる観測班員。


「直撃、貰った」


 クロの前に拳を付き出すと、黒い拳がチョンと突き合わされる。


「やったにゃ」


「ああ」


 二人で密かに作戦の成功を祝していると、


「それでは、これよりクラーケンの生死確認を行います」


 クラーケンの死亡確認をもって本作戦を終了する。

 ファナが勝利への確信に満ちた声で宣言した。



 ☆



 興奮冷めやらぬ様子のファナが、それでもなるたけ冷静な態度を装う。

 沸き立っていた船上も落ち着きを取り戻し、それぞれの役割に戻っていく。

 

「いやぁ、やったなお嬢ちゃん」


 ギルマンの船員に背中を叩かれ、


「ウボッ」


 サハギンの戦士に握手を求められる。

 そのぬめった手を握り返し、改めて勝利の味を噛みしめ――


「えっ?」


 オレの目の前から、サハギンの姿が消えた。

 こう、ぬるっとな。


「はっ?」


 呆然とするオレ達の船を取り囲むもの、それは大きな大きな蛸の足!

 吸盤だらけの柱の合間から、先ほどのサハギンが遠くに投げ飛ばされ着水する姿が見える。


「い、生きてます。クラーケン、取りつかれました!」


 観測班員の絶叫。

 いや、この状況なら言われなくてもすぐわかる。

 オレ達は――詰めを誤った。


「クラーケン健在です。うわっ」


「そ、総員戦闘準備!」


 白兵戦よ!

 ファナの叫び声に我を取り戻して踏みとどまり、

 各々が備えていた武器を取る。


「互いに背中合わせになって! 死角を作ってはダメ!」


 声に従い、クロとギルマンの三人の急増チームで背中合わせに。


「クロ、受け取れ!」


「にゃ」


 事前にあずかっていたアプワの実をクロに放り、杖を構える。

 

「くっ……このっ!」


 ファナがつき出した槍はクラーケンの足に刺さるものの貫くことは叶わず、


「にゃにゃ!?」


 クロのパンチはその柔軟な表皮に阻まれ、

 ほかの船員が持ち込んだ剣は足を切り裂くことはできるものの、


「ゲッ、再生しやがる!」


 斬っては生えて再び襲いかかるタコ足に、じりじりと追いつめられる。


「戦いなさい。相手が消耗しているのは間違いないのよ!」


 ファナの激励は最もだが、斬っても斬ってもすぐ再生される姿は精神的にかなり来る。

 ダメージを負っているとはいえ相手は『海の悪魔』ことクラーケン。

 

――冗談抜きで、これは切りがないぞ。


「そ、そうだ、弱点は口だ!」


 ギルマンに教えてもらった前回の戦い、クラーケンの弱点。

 しかし――


「ダメです、クラーケンが船に食いついて口に届きません!」


 海中から攻撃を続けるマーメイドが悲鳴を上げる。


「だったら船の中から突き通してやりなさい!」


「そんなことしたら船が沈んでしまいます!」


「ああ、もう! このままだとどっちみち私たちは終わりよ!」


 このタコ、ズルい!

 冷静を装っていたファナも徐々に追い詰められて、

 年相応の娘らしい癇癪を起こし始める。


「『雷撃』!」


 接近してきた脚にいつもの魔術を放つも、ほんの少し進行を止めるだけ。

 軽く引いた足はすぐに元の態勢を取り戻す。


「ご主人、さっきのあれをもう一度撃てないかニャ?」


『紫電槌』

 エオルディアより伝えられた、古王朝時代の魔術。

 その威力は折り紙付きで、周囲の期待に満ちた視線が集まる。

 だが、しかし――


「あれは、一日一発しか無理。それに」


「それに?」


「仮に撃てたとしても、オレらも黒焦げになるだけだぞ」


「あうう」


『紫電槌』はあくまで遠距離用の魔術。

 今この状態でクラーケンだけに狙いを定めることは不可能。


「それでも……ここから引き下がるわけにはいかないのよ!」


「そんなこと言われたってよぉ――おおっ!?」


『契約者!』


 ファナに言い返そうと目を離した瞬間、

 忍び寄ってきた脚がオレの足に絡みつきそのまま這い上がってくる。

 おいおい、水着に触手とか勘弁してくれよ。


「てめぇ、それ以上は許されねぇぞ!」


「ご主人!?」


 脚を切り裂くべく爪を出したクロに、さらに別の足が伸ばされ、

 オレはタコ足に絡まれたまま宙づりにされて振り回される。


「キャッ闘流裏奥義『螺旋斬』ニャ!」


 回転しながら群がる足を切り裂くクロを置き去りに、

 オレは持ち上げられて、あっちへブラブラこっちへブラブラ。

 近寄ってくる触腕に向けて振り回しているうちに杖を絡めとられ、

 先ほどのサハギン同様、海に向かってポイ。


「おおおおおおおお~~~~~~~ッ!」


「ごしゅじぃ~~~ん!」


 クロの援護もむなしく何度も何度も振り回され勢いをつけた脚は、

 さらにオレの身体を高く持ち上げ、そして――


――これはヤバいっ!


 遠心力で頭に血が集まり意識が遠くなる。

 そんな視界に映るは船のマスト。

 あれに叩きつけられたら、人間の身体なんてトマトのように弾けてしまう。


「な、何かないのか、使えるもの!?」


――な、何でもいいからこの状況を打開できるモノ!


 もはやこの手に杖はなく、魔術は期待できない。

 元々体術に自信があるでもなく、腰のナイフも役に立たない。

 だったら――


――オレは何だ? 何ならできる?


『契約者よ!』 

 

 焦りを含むエオルディアの声は、オレの胸の内から。

――そう……オレは――召喚術士だッ!


「い、イチかバチかッ!」


 左手を掲げ、念じ、虚空から現れた一冊の『本』

 風に流されるままに開いたページから一枚の『証』を取り出して、


「万象の繰り手たる我、ステラ=アルハザートが声を聴け! 汝の全てを我に捧げよ!」


 余計なことは考えない。

 念じることはただ一つ!


「オレの言うこと、聞きやがれぇ―――ッ!」


 刹那、右手に握りしめた証から放たれた真紅の雷が、

 船に食らいついていたクラーケンに降り注いだ。

祝、二十万字突破!

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