第18話 南海☆大決戦! その3
朝起きて飯を食って怪我人の治療、
昼は浜辺で魔術の訓練、
夜は夢の中でエオルディアの魔術講義。
朝から晩までぎっちぎちに詰まったスケジュールは、
ニブル島の緩やかな空気に慣れていたオレの心と身体を引き締めてくれる。
オレ以外の島の面々もクラーケンとの決戦に向けて着々と準備を進めつつ、
放たれた矢のように日々が過ぎ去ってゆく。
肝心のクラーケンの方はというと、
引き続き『海の人々』が交代で監視しているが、
今のところ大きな動きはない模様。
毎日夕刻には定時報告に来てくれるけれども、
くれぐれも無茶をして感づかれないよう、
しつこいほど注意を促している。
あちらもバレたら死亡確定の状態なので、
わざわざ言う必要はないかもしれないとはいえ、
何かあったら寝覚めが悪い。
けが人の治療も続行。
ファナがこの島に来た際に薬を持ち込んでくれたおかげで、
助かるかどうか微妙だった船の連中の多くがその命を繋いだ。
しかし――その一方で全力を尽くしてなお生存に届かなかったものもいる。
「ご主人のせいではないニャ」
とクロは言うけれども、もう少し高位の治癒魔術を習得していれば、との後悔は耐えない。
おそらくこれからも似たようなことがある限り、同じようなことを考えるのだろう。
自分一人で生きていた頃には気にもしなかったことが、最近やたらと引っかかってくる。
考えてだけでもぞっとするが、もしクロが瀕死の重傷を負ったとき、
オレに相棒を助ける魔術がなかったとしたら、
『仕方がなかった。オレのせいではない』などとは言えないだろう。
そう思えばこそ、魔術の訓練にも一層力が入るというもの。
「『雷撃』!」
今日も今日とて浜辺の空を舞う海鳥を狙い撃つ。
エオルディア曰く、命中精度を高めるだけならば別に新魔術を使う必要はないらしい。
『目で追うな、心で追え』
などと哲学的なことを滔々と語ってくれたものだが、
何を言っているのかコイツは、というのが本音。
その『考えるな、感じろ』的な天才理論を、
一般人向けとばかりに披露されても困る。
ファナ発案の作戦によるクラーケン戦は、
今のところは有視界戦闘を想定しているし、
相手はこちらが用意した船に食らいついて動かないはずなので、
心の目を開くのは別の機会にすると夢の中で語った時の、
翠竜の残念そうな顔が何を意味していたのかは不明。
そして夢の中での魔術講義はハッキリ言ってスパルタだった。
今まで穏やかにぐ~たら寝ていたエオルディアがやけに張り切っている。
本当に意味が分からない。
魂の領域の話だから、逃げるに逃げられないんだよなぁ。
やらなきゃならないのは事実なんだけど。
今回はたった一つの魔術を習得するだけだが、なにぶん期限が切られている。
いざ決戦となったときに、肝心の着火役であるオレが『間に合いませんでした』では話にならない。
オレが手を挙げたからこそ発動することとなったクラーケン討伐作戦が、
オレの怠慢で中止になりました、という事態は勘弁願いたい。
「つーか、オレが火をつけられるようにならないと全部意味なくなるからなあ」
エオルディアの講義を聞きながら、ふとそんなことを呟くと、
何やら眩しいモノを見るように目を細める翠竜がいた。
なぜそんなに嬉しそうなのか、聞いてみても適当にはぐらかされるばかり。
数日を経て、サザナ島からファナたちが戻ってきた。
従える護衛の数がさらに増え、ついでに船も一隻増えていた。
件の火薬船である。
「もうちょっとボロいのを想定してたんだけど」
真新しいとは言えないものの、まだまだ使えそうな船に見える。
コイツを吹っ飛ばすのは、ちょっともったいない気がしたのだが。
「別に良いのよ。クラーケンを放っては置けない」
ファナが島民から離れたところでこっそり教えてくれたことだが、
王国政府はファナとは別口で住民の訴状は受け取っていた。
しかし状況を楽観視しており――というか、
言葉は悪いがでっち上げだと捉えていた模様。
ニブル島の案件に対応するつもりはなかったらしく、
ファナの独断専行は行政府の老人たちから猛反発を浴びたとのこと。
――道理で。
王国全体がクラーケンを相手にすると言うには、
戦力が囮併せて船二隻ではあまりに少ない。
おそらく彼女が協力者を募って、必死に用意させた船なのだろう。
前から気にはなっていたが、ファナ自身がすでに相当無理をしている。
この作戦が失敗すれば、彼女の責任問題に発展しかねない。
「彼らは何も分かっていないの」
しかし当の本人はそんな内情は露ほどにも表にあらわさず。
配下の不明を責めるわけでもなく、
ただ淡々と目の前の敵に立ち向かおうとする。
クラーケンはいまだ成長しきっていない今だからこそ手の下しようがある。
物語に謳われるような超巨大海獣にまで育ってしまったら、
それこそ南海諸島にとって最大の危機となり、
そこまで放置してしまったら――対応策は何一つ存在しない。
島民全員が蛸の餌になるか、難民として大陸に乗り込むことになるか。
どちらになっても明るい未来像は描けそうにない。
「何でそんなことをオレに?」
「さあ、どうしてかしら」
オレが他所の人間だからかもしれない。
そうファナは答えた。
南海諸島の人間の前では弱音を吐くことも、愚痴をこぼすこともできない。
オレはいずれこの国から去る身。
余計なことさえ言わなければ、話し相手にはちょうどいいと。
「それにしても、もう少し戦力があればなあ」
遠回しに作戦の延期を述べてみたところ、
「脅威は目のうちに摘んでおく。それが私のやり方よ」
そう断言して立ち去る南海王女の青いポニーテール。
二つの島を往復し、作戦の段取りを勧めるさなかで、
王女らしい髪やら衣服をいちいち整えている時間はない様子。
初めて見る彼女の髪型が、記憶の残滓に呼びかけてくる。
――ん? どっかで見たような気が……
思い出せない。胸がモヤモヤする。
あの女が絡むと、何かにつけて心がざわめくことばかりだ。
――何なんだ、一体……
田舎の港で護衛を遠ざけて一人歩く、
その凛とした背中に一抹の寂しさを憶える。
何でもないという顔で、言葉少なに戦う姿が目に留まる。
根は真面目な人物なのだろうが、初日のあれを見てしまったせいか、
心の底から信じることができず、余計にイライラさせられる。
――悪い奴ではないんだよなぁ。
今回の作戦に従事するにあたって、ファナと接する機会が自然と増えた。
彼女が自身の政治的危機を背負ってまで、南海諸島のために戦うこと、
襲われた島民を憩うために、足しげくニブル島に通うこと、
そして力及ばず亡くなった命のために、人知れず涙を流すこと。
オレの知らなかったファナが増えていく。
――わからない、わからないな……
「ご主人は、ファナしゃんが気になるのかニャ?」
ある夜にクロにそう尋ねられ、即座に『否』と返すことができなかった。
オレはファナを意識している、そう言わざるを得ない。
ファナ=サザンオースという人間の正体がつかめない。
別に無理して理解する必要はないのかもしれないが、
似たような年齢で女同士、気になる相手ではある。
「……どうなんだろうな?」
「にゃ?」
悶々としたまま日々は過ぎ行き、
そして――
「戦闘準備完了しました!」
さらに数日を経てファナの部下が声高に叫ぶ。
「クラーケン、動いていません!」
ギルマンの旦那が続く。
「魔術の準備もできてるぜ」
とオレも加われば、
「よろしい!」
港に集まった大勢のクラーケン討伐作戦参加者の前で、
若き海王代理が檄を飛ばす。
「それではこれよりクラーケン討伐作戦を発動します!」
ファナの声とともに船上だけでなく港からも歓声が上がる。
船の帆が風を受け、ゆっくりと青い海を走り出す。
南海諸島の未来を賭けた一戦が、いよいよ始まる。
「総員、出撃!」




