第17話 南海☆大決戦! その2
宿に戻って『国軍到来』の話を横たわるみなに伝えると、
一様に先ほどの老人同様、沈み込んでいた表情が明るくなった。
「うれしいのう、うれしいのう」
「海王さまさまじゃ」
「わしら、助かるかもしれんのう」
僅かに射した希望の光を喜び、
いつもより少し豪華な食事を口にし、
ゆっくりと身体を休めたその翌日。
「ね、寝坊するとは……」
「弛んでるにゃ、ご主人」
クロに叱られながらたどり着いた港でオレ達を待っていたのは――
「げっ」
「あら」
そこに立っていたのは、見覚えのある蒼い髪の女。
ファナ=サザンオース海王代理。
背後に護衛と思われる騎士を四人も従えて立つその姿に、
かつてサザナ島で出会った時のあの一件が脳裏をよぎる。
「これはまぁ、ファナ様がわざわざ来てくださるだなんて」
「ありがたいこっちゃ」
「ほんまほんま」
口々に彼女を湛える人々とは裏腹に、内心で歯噛みする。
――なんで王女様が自ら来るかな?
城の奥で素直にブルブル震えてろよ、まったく。
口には出さないまでも、どうにも態度に顕れていたらしく、
「お久しぶりと思ったら、随分険しいお顔ね」
クラーケン出現の話を聞いて飛んできたというのに。
なるほど、確かにオレ達はサザナ島に連絡した。
しかし軍が動いてくれるだけじゃなく、
王女様ご自身が出陣してくるとは予想外にもほどがある。
「ファナ様がおっしゃるには、クラーケンを退治する作戦があるそうじゃ」
村長の言葉に、港に集まっていた若い男衆が喝采を上げる。
「え、マジで?」
取り繕っていた表情が崩れ落ち、素の驚きに支配される。
辛うじて港に戻ってこられてた船の残骸を見た限り、
海の上ではまともに戦えそうにないと感じたのだが。
「ええ、先代の海王が考案されたものだけれど」
凛とした声は、しかしオレに先日の一件を思い出させる。
――まさか、また何かを囮にするってんじゃねーだろうな?
「どうやんの、つーか本当に倒せるのか?」
「それは結果を御覧じろ」
自信にあふれたファナの顔。
たとえ気に食わなかろが、今この島を襲っている問題解決のためならば、
多少の不満は飲み込もう。それぐらいの度量はあるつもりだ。
――ロクな作戦とは思えないがな……
我ながら偏見に満ちていると言わざるを得ないような意見は口に出さず、
そっと心の中にしまっておく。
☆
宿に入って出されたお茶で喉を湿らせながら、
まずはこちらから今日耳にした情報――クラーケンの弱点は口――を説明する。
「それならば、より勝率は高まるわ」
前置きしてからファナの作戦説明が始まる。
まず用意するのは、クラーケンにとって食べごろの大きさの船。
これは先に襲われた漁船と同じ程度のものでいいと思われる。
別に新しいモノでなくとも、最低限動いてくれればいい。
「簡単に行ってしまえば、釣りのようなものです」
しかしこの船はただのエサではない。
巨獣に食いつかせた後に身体を内から破壊する猛毒入りときた。
「実際には、火薬を用います」
毒はクラーケンに聞くかどうか判断できない。
体内にダメージを与えることができればよいのだから、
火薬を満載させておけば問題なかろうとのこと。
あとはクラーケンが船に食いついてくれたら火をつけて大爆発。
――なるほど、作戦自体は単純明快。だけど……
クラーケンの動きについては『海の人々』の協力を得て随時確認。
「でもでも、船と火薬はどうやって用意するにゃ?」
ピッと手を挙げたクロの指摘はごもっとも。
船一隻用意するのにどれほどの資金が必要かはわからないが、
既に漁船をやられており、財政的に余裕があるとは言えないこの島に、
さらなる負担を強いるのは難しい。
言うまでもないことだが、風来坊のオレ達の財布を当てにされても困る。
「それは私が用意します」
「えっ?」
「発案者であるこの私ファナ=サザンオースの名に懸けて、決して皆様に負担はおかけしません」
コイツにはいろいろと驚かされる。
身銭を切って民を護ろうなんて、大陸の大国貴族たちだってなかなかできることではない。
国民に対しては随分と大盤振る舞いできるんだよなぁ、この女。
となると――
「問題はどうやって船に火をつけるかだな……」
おそらく戦場は海の上。陸地よりも炎の扱いは難しくなる。
確実に船を爆発させるためには、ある程度接近しなければならない。
クラーケン相手にそこまで近づくという時点で命懸けだが、
船が爆発すれば、その時点で着火者本人がほぼ死亡確定になる。
この作戦は、犠牲者が出ること前提のものなのだ。
最初に詳細を聞かされてから、そこがどうしても気に食わない。
「その件につきましても、なにも問題ありません」
――ハァ!?
希望者がいなければ、自分がその役目を負うと蒼色の王女は断言する。
「ファナ様、それは……」
無論そんなことを聞いて黙っていられないのは、彼女の護衛騎士たち。
「しかし、このようなことを誰かに命ずるわけにも参りません」
「いや、それはだめでございますじゃ」
周りの島民も一丸となってファナを諫めにかかる。
――ちょっと意外というか、何でここまでする?
軍を率いてやってくるのはいい。
船や火薬を用意してくれるのもありがたい。
でも、自分の命を賭けてまで、
作戦の肝になる最も危険な部分を担当するというのはどうなんだ?
それは一国の王女の仕事なのだろうか。
……何か焦りのようなものすら感じられるのだが。
「ええい、おだまりなさい!」
周囲がざわめく中、ファナが一喝。
「私たち王族が民から税を徴収しているのは、有事にあって民を護るため」
額に汗せず飯を食らうためではない。
だからこそ、ここで身を引くわけにはいかない。
それは、人の上に立つ王族としての沽券にかかわる。
意固地になってそう言い放ち、
みるみるうちに護衛達とけんか腰の言い合いに発展してしまう。
「はぁ」
ファナの心意気は大したものだが、
こんな案をほかの連中が承諾するはずがない。
作戦案は保留ということで本日は散開。
まあ、何事もトントン拍子で進みはせんわな。
☆
「おおう?」
気が付けば花園。
確かあの後、島民たちにファナと護衛達の仲裁を押し付けられて、
そして――
『目が覚めたか、契約者よ』
「おお?」
振り返れば翠竜エオルディア。
ということは、ここは魂の領域。
目覚めてはいないが、目は覚めたような。
……紛らわしいし、別にどうでもいいな!
「何でここに……じゃなくって、何かオレに用か?」
オレは未だこの領域に自ら至ることはできない。
その自分がここにいるということは、
ここに唯一住まうこのエオルディアに呼び出されたからに他ならない。
『随分と不満そうだな』
感情の読めない表情でエオルディアが問う。
「……何が?」
『昼間の話だ』
「え、お前なんでそれを?」
『ここは汝の魂の領域。ゆえに汝の置かれている状況は常に把握している』
何それ初耳。
オレってずっとこいつにのぞき見されてるってわけ?
……まあ、別に良いか。
誰かにチクられるわけでもないし。
コイツ竜だし。
「気に食わないって……そりゃな」
クラーケンをこれ以上放っておけば更なる犠牲が出ることは間違いない。
だからと言って、たとえあの蒼髪女とはいえ、
勝利のために率先して命を捧げさせるというのはどうにも承服しかねる。
気に食わないと言っても、死んでほしいと思っているわけではない。
「そもそも誰かの犠牲の上に成り立つ作戦ってだけでも腹が立つのによ」
『ふむ……しかし汝は魔術士だろう?』
「だったら何だよ?」
『火をつけるなら魔術でよかろう』
「だから、遠距離で使える魔術がないから困ってんだろうが!」
あったらオレが手を挙げて作戦ゴーだよ!
思わず声を荒げたオレに対し、エオルディアはあくまで冷静。
そして、さも良いことを思いついた風で――
『そういうことならば、我が知る魔術に良いものがある』
「え?」
あるのかよ。
いや、それ以前にその言葉が驚き。
このドラゴン、何故いきなり協力的になってんの?
『古きものが使っていた雷の魔術だ』
おそらく汝の希望する条件を満たしていると思うが。
習得する気があるのなら手ほどきしよう。
「教えてくれるのか? なんで?」
『何故と問われても困るが……契約者にとって悪い話ではなかろう』
「ああ……いや、まあ、そうなんだけど」
わからない。
いきなりやる気出してるの、ホントわからない。
わからないけど――乗ってやろうじゃねぇか!
☆
明けて翌日。
「みんな聞いてくれ」
宿に留まって作戦案を練っていた連中の前で言い放つ。
すわ何事かと集まった皆の前で胸を張る。
「船に火をつける役は、オレがやる!」
松明で着火なんてケチなことは言わねぇ。
このステラ様がドカンと派手にやってやるぜ!




