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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第16話 南海☆大決戦! その1


 命からがらニブル島に帰ってくることができた男の口から語られた、

『海の悪魔』の異名を持つ魔物、クラーケン。

 その二つ名とは裏腹に悪魔族ではなく、あくまで海生生物。

 言ってしまえばただの大きな蛸なのだが、問題はその大きさ。


 デカい、とにかくデカい。


 生まれも育ちも陸上のオレ達には想像しがたいスケールの存在で、

 軍船や巨大商船、果ては島を丸呑みしただの言う逸話が残されており、

 大海原でコイツに遭遇したらほぼおしまいという超ド級のモンスター。

 陸地に暮らす人間でも、その名前と噂くらいは誰でも聞き知ってる大物だ。


「クラーケンって……マジっすか?」


 想像以上のビッグネームが飛び出して、思わず聞き返してしまう。

 それに……こんなことを口にするのは憚られるが、

 実際にクラーケンと遭遇したにしては漁師たちの被害が少ない。

 痛ましいことに死者まで出ているようだが、一方で生還者も多く、

 とてもではないが何でも丸呑みにする巨大ダコと、

 非武装の漁船でやり合ったようには見えない。


「……間違いない、ありゃクラーケンだ」


 それでも、年配の漁師は断言する。

 曰く、この島の遥か南方の漁場で何十年も前に遭遇したことがあるそうで、

 今回の魔物もほぼ同様のシルエットだったとのこと。

 ただ、その姿はかなり小さいと付け加えた。

 小さな大ダコとはこれいかに、などと口を挟む雰囲気ではない。


「前の奴はなぁ、本当に大きくてどうにもならんかった」


 かつての痛ましい記憶を噛みしめるように老境の男が語る。

 そのときは結局漁場を諦めて、結果として島の漁獲量は減少。

 数十年たった今も、該当する海域に近づくことはなく、

 その影響で漁業に見切りをつけた島民も少なくない。

 現在のニブル島の過疎化の原因でもあるらしい。


――因縁かねぇ。


「オレ達が出会ったのは、この島のすぐ近くなんだ」


 頭に包帯を巻いた若い漁師が悔しそうに語る。

 今はまだ小さいクラーケンだが、時を経れば前回のものと同様巨大化する。

 そうなれば、この島は逸話のとおり飲み込まれてしまうかもしれない。

 いや――


「下手したら、今度は南海諸島全体がやられるかも?」


 我ながらまったく面白くもない冗談のつもりだったが、

 島民が真顔で俯く様子を見るに、

 まったくシャレにならない模様。


――失敗した……


「じ、じゃあ、戦うってことっすか?」


 恐る恐る口にすると、みなが深刻そうにうなずく。

 漁船ひとつをぺろりと丸呑みできない程度の今なら、

 まだ駆除するチャンスがあるという見立て。

 でも、いくらまだ小型――おそらく幼生――だとしても、

 自分達だけで戦うには手に余るのではないかという不安もある。


「王様にも連絡して、増援を待った方がいいんじゃ……」


「それは無論そのとおりなんじゃが、どうじゃろうのう」


 前のときは何もしてくれんかったからのう。

 高齢の島民たちの苦り切った顔。

 脳裏に浮かぶは、サザナ島で出会った蒼い髪の若き海王代理。

 いけ好かない奴ではあったけれど、少なくともサザナ島の民には慕われている様子だった。

 あの女なら、事情を説明すれば戦力を派遣してくれるのではないかという期待がある。

 まったくもって気に入らないが、相手が相手だけに打てる手はすべて打っておいた方がいい。

 まったくもって気に入らないが!


「ご主人……」


 薄暗い部屋の闇に隠れるように、

 クロがそっと近寄ってきて小声で呟く。


「思っていたより大物みたいにゃが」


 どうするつもりなのかと黒猫が問う。

 

「……できる範囲で手伝うさ」


 強い魔物の力を欲するのは召喚術士のサガとはいえ、

 まったく勝ち目のない相手に挑むのは人間として間違っている。

 まずは勝機があるかどうか様子を見て、今後の対応を考えたい。


「ということでどうだ?」


「問題ないニャ」


 強者と戦うことを楽しむ癖のある黒猫だが、

 戦場が船となれば全力を出せるかどうかは怪しい。

 慎重に事を運ばねば、オレ達の旅がここで終わってしまうかもしれない。

 それは互いにとって喜ばしい展開ではない。

 その点については意見の一致をみることができた。


「王家の連中が来るかどうかはともかく、話だけは通しておきましょうよ」


 とりあえずオレ達も協力させてもらいますよ。いいっすか?

 そう口をはさんでみれば、集まっていた人々の顔に僅かだけど光が差す。

 彼らから見れば、オレ達は外様。

 しかも相手がクラーケンともなれば、尻に帆掛けて逃げ出すと思っていたのかもしれない。


「返す返すもすまないねぇ」


「いえいえ、困ったときはお互い様っすから」


 あははと笑う内心では、それでもいざとなったら逃げ出さざるを得ないなと、苦い未来予想図を飲み込んだ。



 ☆



 やるべきことをやろうということで話はまとまり、

 その日のうちにサザナ島の海王家に事のあらましを連絡。

 運び込まれた怪我人の中でも軽傷だった者はともかく、

 深い傷を負っていた連中には日を置いて何度となく『治癒』の魔術を用い、

 また島内の薬剤をかき集め、山に入って薬草を摘んで足しにする。


――や、やることが多すぎる!


 瞬く間に日が過ぎる中、僅かに空いた時間を縫って、

 先日クラーケンの魔の手から脱出してきた船を見せてもらった。


「こりゃひどいな……」


 造船技術に造詣がなくとも再起不能とわかるほどに船体のあちこちが砕かれ、

 無残にその内腑を晒している。さらにはマストが真っ二つときた。


「よくここまでされて逃げきれたもんだ」


「実際のところ逃げたわけじゃないんだな、これが」


 案内してくれたギルマンの船員が誇らしげに語る。


「逃げてない?」


 てっきり一方的にやられたとばかり思っていたので、これは意外な話。


「ああ、もうダメだとは思ったんだがね」


 やけくそになって海に潜り、船体にかみついていた口のあたりを銛で突いたところ、

 ものすごい勢いでクラーケン側が撤退。

 そしてこのオンボロ船で何とかこの島まで戻ってこれたとのこと。


「銛一本で追い返すなんてすごいにゃ」


「へへ、まぁな」


 などと胸を張っている所を申し訳ないが、

 船をここまでぶっ壊す化け物が、たった一撃で逃げ出すというのは考えづらい。

 口というのは大型の魔物にとって定番の弱点の一つ。

 身体のほかの部分よりは柔らかくできているものだし、

 口から体内に入って内側から大ダメージを与えるというのは、古来からよく物語で聞く話ではある。


 けれども、そんなにうまくいくものだろうか?

 実際に『やれ』と言われても、恐怖で身体が動かないと思うのだが。


――口のあたりに何かあるのかねぇ?


 とはいえ、基本的に水中にいるはずのクラーケンの口にそうそう攻撃は当たりはしない。

 口の中に入るなんてのもできれば勘弁願いたい。

 噛み砕かれたら一巻の終わりなわけだし。

 非常事態だったとはいえ、このギルマン氏よくやったな……


「クラーケンは今はジッとしてるんですよね?」


「ああ、仲間たちが見張ってるよ」


 ギルマン、マーマンそしてサハギン。

 南海諸島で見かける『海の人々』にとっては、

 海中で猛威を振るうクラーケンは人間にとってのそれより深刻な脅威。

 遠巻きから見てるだけだけどな、とギルマン船員は肩をすくめて自嘲するけれども、

 それ以上はどうしようもないのが現状といったところだろう。 


「おおい、そこのお嬢さんがた」


 港から離れて宿に戻ろうとしたところを呼び止められた。

 何度も顔を合わせた老漁師に。


「どうしたんです?」


 何か用事でもあるのだろうか。

 こちらには特に心当たりはないのだけれど。


「ああ、この前言ってた話だけどよ」


「話?」


 どれだよ。


「海王さまにお伝えするってやつ」


 軍船を派遣してくださるそうだ。

 わしら、見捨てられとらんかったんだのう。

 老人は、嬉しそうに顔をほころばせた。


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