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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第15話 お仕事の日々、始まります! その4


 早起き早飯即出勤。

 朝も早よから浜辺に待機。

 空の海鳥、陸の獣を追い払い、

 日暮れになったら宿に戻って飯食って寝る。


「健康的だよなぁ」


 そんな日々を繰り返す中、ポロリと言葉が零れる。

 不安定で不健康、不摂生が日常茶飯事のこの稼業で、

 わずか二週間とは言え、こんなに安らかな日々を送ることになろうとは。


「吾輩、引退したらここに家を建てるにゃ」


「気がはえーよ」


 にゃはははは。

 晩飯の魚をその大きい口に放り込みつつクロが笑う。

 

 ……そんな夢みたいな日がいつまでも続くわけはない。

 言われなくても充分わかっていたことだったのに。

 トラブルは、時を置かずに訪れた。



 ☆



 この宿にお世話になって十日が過ぎた夜の出来事だった。

 南海諸島特有の雲のない雨が降りしきる夜半の頃、

 既に閉められている宿の戸が乱暴に叩かれた。


 主人だけでなく唯一の客であるオレ達まで目を覚まさせられ、

 すわ何事かと構えてみれば、外にいたのは大男。

 初めて見る顔だったが、女将さんたちによるとこの島の若者らしい。


「すまないが、しばらく宿を貸してはくれないか?」


「おやまぁ、一体何があったんだい?」


 この島に家を持つ身であるはずの者たちが、宿を借りるとは奇妙な話。

 さらには、男の身体には真新しい傷のあとが目立つ。


「……ウチの船がやられたんだ」


 漁に出ていた漁船が襲われて、乗員は重傷者多数。

 このまま解散して家に帰すなんてとんでもない。

 船の男たちが話し合った結果、一番怪我が少ないこの男が代表となって、

 村で一番広い家屋である『めだか亭』を貸してほしいと頼みに来た、

 とまあそういう話であった。


「そりゃ大変だ。早いとこウチに連れてきな」


 同じ島民として見過ごせないと二つ返事の主人。


「お客さん方、申し訳ないが……」


「あ、オレ、『治癒』の魔術が使えますから」


 ここに運んできてくれれば協力させてもらうと告げれば、

 驚きと喜びの混じった表情を浮かべる男。

 

「こりゃ随分なお嬢さんだ。ありがたい」


 すぐみんなを連れてくる。

 そう言いおいて男は雨の中、仲間のもとに走っていった。


「すまないねぇ」


「いえいえ、こういう時にはお互い様ですから」


「吾輩も手伝うにゃ!」


 主人とクロは急いで部屋を整えに、

 女将さんはお湯と薬、包帯の準備に。

 そしてオレはというと……


「あれ、オレ……何すればいいんだ?」


 怪我人が来ないとすることがない魔術士が、

 ぽつんとひとり食堂に取り残されてしまった。



 ☆



「お嬢ちゃん、治癒の魔術はどれくらい使えるんだい?」


 夜半に火をくべられて、沸騰する鍋を前に問う女将さん。


「軽い傷くらいならなんとか」


 立候補しては見たものの、実のところ重傷は無理です。

 できないものはできないとはっきり言わないと、思わぬ事態を招きかねない。


「そうかい、そうかい」


「すみません……」


 この手の技は神官の得意とするところ。

 未熟な魔術士のオレでは、あまり大きな怪我は治せない。

 これは能力や技術の問題だけではなく、

 魔術と神術の性質の違いによるところが大きい。


『神様ならきっと何とかしてくれる』


 とか思い込んだ力が理屈を超えて奇跡を起こすのが神術である。

 無駄が多い反面、効果の最大値は魔術のそれを上回る場合が多い。

 これは特に治癒や防御系の効果について顕著なものだ。


――神様なんぞを持ち出してくるから、信仰心が露骨に影響してくるわけだが。


 魔力の多寡という問題ではなく、信仰心の有無がカギになる。

 つまり信仰心が限りなくゼロに近いオレには、神術は全く向いていないということ。

 まあ、今はそんな技術的な話は置いといて、


「……痛み止めにはなるかい?」


「はい、それは多分」


 大丈夫です。

 そう答えると、女将さんは笑顔になって、


「それじゃ、アタシと一緒に来てもらおうかねぇ」


「は、はい!」


 これまでの人生で、こういった経験のないオレとしては、誰かの指示に従う他ない。

 そんな遣り取りの間にも、どんどん宿に運び込まれるけが人たち。

 時を置かずして、だんだんと『めだか亭』が野戦病院じみてくる。

 部屋ごとにけがの軽重で区分して、軽い傷のものには薬や包帯で対応。

 濡れた身体は布で清めて、暖かいパン粥で内から温める。


 女将さんに連れてこられた部屋は奥まった一室で、

 今のところオレ達以外は誰もいない。


「あの、オレはどうすれば……」


「女将さん、コイツ頼むわ!」


 何をすればいいのか聞こうとしたところに運び込まれたけが人は、

 一目でわかるほどの重傷で、これはちょっとオレの魔術ではどうしようもない。


「さ、お嬢ちゃん『治癒』を頼むよ」


「む、無理っすよ、これは……」


 さっき言ったじゃないですか。

 そう返すと、


「痛み止めだけでいいんじゃ」


「はあ……」


 真剣に答える女将さんに促されるまま『治癒』の魔術を発動すると、

 苦しそうに呻いていた男の表情が安らかになる。

 だけど、それだけだ。


「あの……」


「すまんが、しばらくそのままで頼むよ」


 そう言った女将さんは、男の身体に付着した血を素早く拭き取ると、

 先ほど沸騰させていた鍋に手を突っ込んで――


「針と糸?」


 女将さんが持ち出したのは、どこにでもある裁縫道具にしか見えない。

 あとはハサミとかもろもろ。共通しているのは鍋に入っている、すなわち消毒されているということ。


――どっかで見たような機材だけど。


 それでいったい何をするのか、と聞く暇はなかった。


 女将さんの手が踊るようにけがの間を行き来して、

 オレの目の前で、瞬く間に縫い合わされていく傷口。

 いくつもあった大きな裂け目があっという間に小さくなって、そして消えた。

 

……え、それはアリなの?


「ふう、いっちょあがり」


 おおい、引き取りに来ておくれ。

 そう外に叫ぶと船員の一人が縫い合わされた男の巨体を引き取って、

 次の重傷者が運び込まれる。


「えっと……」


「お嬢ちゃん、あたしゃね」


 縫い物は得意なんよ。

 ニヤリと笑って新しい針と糸を構える女将さん。

 そうか……アリなんだ。世界は驚きに満ちている。


「さ、魔術の方はよろしく頼むよ!」


「あ、はい」

 

 皺だらけの手が摘まんだ針が、揺らめく炎に当てられてキラリと輝いた。



 ☆



 ことが一刻を争うとはいえ、ひたすら『治癒』を使い続けるのはさすがにしんどい。

 しかも眼前でちょっとしたスプラッタが展開されていて、その一部始終を眺め続けることになるのだ。

 患者は大怪我で意識を失ってるのが大半だからいいとして、魔術を行使するオレは目を背けることもできない。

 できないことを口にしたわけでもないのに、どうしてこうなったと首をひねりながら、

 仮眠をとりつつひっきりなしに手術らしきものを続けて丸三日。


「もう終わりかい?」


 やけにテンションが高いおかみさんの問いに答える者はおらず。


「……やっと終わりか」


「ご苦労さんだったねぇ」


「あ、いえ、どうも……」


 最後の最後までこき使っちまってすまないねぇ。

 おかみさんが普段の穏やかな表情で頭を下げてくる。

 落差の激しい人だったんだなぁ。


「どうするんにゃ?」


 足元によってきたクロが問うけれど。

 周りを見れば、先ほどまで施術されていた連中を含めて重傷者多数。

 一日や二日で快癒するというものでもない。


「どうするったって、さすがに放っては帰れなくないか?」


「……たしかに後味わるいにゃ」


 サザナ島のテニアには状況報告の手紙を送ればよかろう。

 仕事の延長も可能という話だったはず。


「それによ」


 屈んでクロの耳に近寄って小声で続ける。


「誰が船を襲ったか、ちょっと興味ないか?」


 不謹慎な話だが、本来のオレ達はむしろそちら向けの人材のはず。

 人間ならとっ捕まえて官憲に引き渡して賞金を、

 魔物なら――



 ☆



「そう言えば、船を襲ったのは一体どこのどいつなんだ?」


 けがの治療に手いっぱいだったせいで聞くのを忘れていた、

 そういう風を装って情報収集に励む。

 

「……悪魔だ」


 ほとんどの男が口をつぐむ中、

 頭に包帯を巻いたひとりの男が、震える声でそう呟いた。


「悪魔?」


 聞き間違いかと思ったものの、男は神妙な顔でうなずくのみ。


「ふーん、悪魔ねぇ」


 あまり耳にしない言葉だ。

 悪魔と呼ばれる種族が住む魔界が人間界から切り離されたのは、神代と呼ばれる時代の末期。

 つまり古王朝以前になるわけで、少なくとも数千年とか下手したら一万年以上の昔。

 それ以降は、ダンジョン発生などの特殊な条件が整わなければ姿を現すこともないと聞いていたけれど。

 胡散臭くなって来たな、と思いつつ男の言葉に耳を傾けると――


「奴は……ずっと昔にじっちゃんから聞いた『海の悪魔』、クラーケンに違いねぇ!」

次回より『南海☆大決戦』となります。

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