第12話 お仕事の日々、始まります! その1
おおおぉぉぉおおぉぉぉ
狭い船室に響くかすかな呻き声。
気温の高い南海諸島では使い道のない、
防寒マントを畳んで作った即席ベッドの上で、
寝っ転がって苦しそうな声を上げるクロ。
「調子どうだ?」
「前よりまし、にゃ」
黒い手がひょろひょろと伸びあがり、バタンと床に落ちる。
「そっか~、酔い止め効いてるんかな?」
「あうう~」
マシとは言っても口を開くのも辛そうで。
船員に聞いてみたところ、明日には目的地に到着するとのこと。
いっそのこと、クロはもう寝てしまえばよいのではなかろうか。
そんな気がしてきた。だから――
「子守唄歌ってやろうか?」
「……いらんにゃ」
「まぁ、そう言わずに」
寝ちまえば、楽になるぞ。
ふさふさの背中を軽く撫でながら、小さな声で口ずさむ。
記憶の片隅に残された、誰も知らない歌。
☆
「ポラリスたちに受けてもらいたい仕事は、これかな」
市場で色々買いこんで、いい感じに金を使った翌日。
久々に勤労意欲が目覚めた勢いで『海竜亭』の看板娘テニアのもとに突撃。
鋭角ワンピースの水着とショートローブを身にまとい、
南海の気候に合わせた新バージョンのオレ達に紹介されたのは――
「『ニブル島』の宿勤め?」
提示された札には、聞き覚えのない仕事が記載されている。
「そう。あっちの宿に詰めて仕事を受けてもらいたいワケ」
宿屋の従業員としてじゃなく、客として、ね。
朝から元気なテニアが、ポニーテールを揺らしながら意味深に笑う。
目の前の女の説明によると、
『ニブル島』というのは、ここサザナ島から南東に座する小さな島で、
人口は少なく高齢化が進んでおり、働き手が減少中とのこと。
主要産業は海産物の乾物。他に目玉になりそうな物品はなし。
言い方は悪いが、早い話が田舎だ。
「人はどうしても都会に集まっちゃうからね」
一般的な人間も、そうでない人間も。
そうなると、どうなるか。
起こりうる問題を予想することはたやすい。
「こっちの宿は客が多すぎ、向こうの宿は仕事が多すぎ」
だから、こうしてしばしば働き口を求める客をあちらに送っているとのこと。
「いわゆる業務提携って奴ね」
そんなに難しい仕事はないと聞いてるけど、細かいところまでは分からない。
テニアの顔には笑みが貼りつけられたままだが、目の奥には鋭い光が走っているように見えた。
「どうするにゃ、ご主人?」
ふむ。
腕を組んで……考えるほどのことでもないな。
「『ニブル島』とやらまではどうやって行くんだ?」
「おや、即答」
仕事を受ける場合は定期的に往復している小型の貨物船に便乗してもらう、とテニアは答えた。
「クロ、船は大丈夫か?」
昨日フローラお勧めの酔い止めを購入したが、まだ実際に試してはいない。
もともと人間用の薬だけに、ケットシーにどれほど効くかはわからない。
「だ、大丈夫にゃ……多分」
目で『受けるのかにゃ?』と訴えかけてきたが、勿論そのつもり。
「期間はどれくらいになるんだ?」
とりあえず二週間だね。
お互いの合意があれば延長もあり。
「ゴネないんだ」
受ける気になっているオレに、少し意外そうな表情を向けてくる。
「こんなナリでもいろいろ旅してきたからな」
初めての街でいきなり仕事を求めても、希望どおりいくことは殆どない。
そんなことくらいはわかっている、と。
「お前だって、こっちの実力がわからないと困るだろ?」
だから、大抵の宿では初めての客には難易度も重要度も低い仕事が振られる。
当然報酬は安いし、受けのよろしくないものが多い。
ドブさらいや、馬小屋の掃除、街のゴミ拾いなど。
今までやってきた仕事の内容から鑑みれば、
テニアの提示した案件はかなりマシな方だ。
「話が早くて助かるよ」
向こうの宿についたら、この割符を見せてね。
ちょうど今日、あっちに向かう船があるはずだから急いだ方がいいよ。
二人とも、頑張ってね。
テニアの明るい応援を背に、オレ達は船着き場へ向かった。
☆
「つ~~~い~~~~た~~~~~にゃ!」
前にサザナ島の港で見たキャッ闘流ドリルロール(命名オレ)で、
白い砂浜に穴を掘りながらクロ大歓喜。
「気分はどうだ?」
「ほとんど寝てたから問題にゃし!」
今すぐにでも仕事に出られるにゃ、とガッツポーズで応じてくる。
「なるほど、クロには子守唄が効く、と」
「え……そういうのはなるべく内緒で」
お願いするにゃ、と照れ気味に足をゆすってきたが、
今後も船で苦しんでいたら積極的に寝かせよう。
そっちの方が楽だから!
「さて、テニアが言ってた宿はどこかねぇ」
ここの港はずいぶんと閑散としている。
サザナ島と往復する定期便は数日おきに一隻のみ。
特産品である魚の干物の積み込みと
あちらで買い付けた物品の受け取りぐらいしかやりとりがない。
人がいないからこうなるのか、こうなったから人がいないのか。
「慌ただしくないのは気楽でいいけどな」
のどかな港町を聞いたとおりに歩いていくと、一件のボロ……ゲフンゲフン、風情のある木造家屋が姿を現す。
風雨にさらされて半ば消えかかっている看板、そこに記されている文字を読んでみると――
「『めだか亭』……ここかにゃ?」
「そうみたいだな」
『緑の小鹿亭』を思い出させるギシギシうるさい木戸を横に開いて、中に足を踏み入れると、
昼間だというのにえらく薄暗い。
しかし、見た目のわりに埃っぽさは感じない。
「すいませ~ん、どなたかいらっしゃいませんか?」
声が静かな屋内に遠くまで響く。
誰もいないのか、と疑い出したころに奥からどたばたと足音。
「おやまあ、こんなところにお客さんだなんて珍しいねぇ」
現れたのは、おっとりした口調のおばさん。
奥の方でちょっと縫い物のお仕事しててねぇ。
聞いてもいないことを語り始めるが、止めるのも無粋か。
「あたしゃ縫い物が得意なんよ」
そんなふうに笑うおばさんに、テニアから受け取った割符を渡す。
……おばさんではなく、この人が女将さんだ。
「サザナ島の『海竜亭』から、こちらのお仕事を手伝うように言いつかってきたんですが」
「あら、まあ! テニアちゃんったら」
話は聞いていたけど、どうにもこうにも半信半疑でねぇ。ごめんなさいねぇ。
……何だろう、言葉の節々から妙な気配が漂ってくるんだけど。
「話に聞いてたって?」
「ああ、伝書鳥だよ」
聞けば、専用に育てられた鳥に手紙を括りつけて、
各島の情報伝達手段として活用してるとのこと。
「はぁ、なるほど。初めて聞きました」
「お客さんが来てくれるだけでうれしいのに、こんなかわいいお嬢さんだなんて」
今夜はお祝いだわ、などと女将さんは大喜び。
「あの、仕事の話は……」
「そんなの明日からでいいわ。遠いところからわざわざ来てくださったんだから」
もう夕暮れだし、ごはんとお湯の準備をしなきゃねぇ。
薄暗い食堂に明かりを灯し、やけにウキウキしながら厨房に消えていった。
「……ご主人?」
「いや……えっと……多分大丈夫……なはず?」
こんな熱烈大歓迎はちょっと想像してなかったけど。
「むしろこれはオレ達のやる気を見るための罠かもしれん」
「ないとおもうにゃ」
「……オレもそう思う」
しばらく向こうの出方を見よう。
そう、互いに頷いた。
☆
思い返せば、お湯で身体を拭うことができたのは久しぶりかもしれない。
気候は熱帯に近いものの、昼ならともかく夜に身体を拭くならばお湯の方が気持ちいい。
普段はお湯を沸かすのがめんどくさくて、ぬるい水でごまかしているから。
麦酒を魔術で冷やすのは簡単だけど、水を魔術で温めるのはなかなかに厄介。
冷却は氷を作るイメージを緩める感じで再現可能なのだが、
沸騰は炎を作るイメージと直接に結びつかない。
魔術的には、そういうところが難しいのである。
まあ、魔術の話は置いといて。
いただいたお湯で身体をさっぱり綺麗にして、
食堂の席を占領――しようと思ったら、宿泊客はオレ達だけだった。
貸し切り状態である。この宿、本当に大丈夫なのだろうか。
「さぁさ、大したものはないけど、たくさんお食べなさいな」
クロとともにカウンターに腰掛けると、
内側からさっきの女将さんと男の人――おそらく大将――がどんどん料理を出してくれる。
魚介をふんだんに使った汁物に魚の干物。
大きなパンは食べやすいように切れ目が入っている。
――くそ、コメがあると知ってしまうと食べたくなるじゃねぇか……
誰にも言えない悩みを抱えながら、それでも美味しく食事をいただく。
テニアのスープはトマトベースで味付けが濃い目になっていたが、
こちらの汁物は魚介や海藻から出たダシに、塩で味を調えたもの。
素朴な味付けだが、素材の良さが存分に引き出されていて旨い。
「美味いっすねぇ」
「あら、ありがとうねぇ」
久しく忘れていた感覚に悶々としながらも、
腹いっぱいになるまでしっかり頂いてしまう。
オレもクロも食欲は正直にできている。
「そう言えば、サザナ島の様子はどうだった?」
「え、そうっすね……」
活気がありました、などと素直に答えてもいいのだろうか。
逆説的にここが寂れていると聞こえてしまいそうなものだけれど。
「ファナ様が海王代理になられてから、随分様変わりしましたからねぇ」
「へぇ……」
「ここだって、今は若い衆が漁に出てるけど、捨てたものでもないのよ」
笑顔でそう続けられる。
見抜かれてた。反省。
結局そのあと大将とクロが意気投合し酒を飲み始めてしまったので、
続きを聞くことはできなかったが、テニアが言うほどのネガティブな感じではない。
それに、これだけ歓待されたら働くにも気合も入るというもの。
というわけで明日からの仕事、いっちょやったるかい!
祝、50話目!
・・・・・・にして投稿日間違い!
申し訳ございません!!




