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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第4話 深き闇の底で その4


 通路の奥から現れたしゃべるネコ顔のそいつは、もちろん猫ではない。


 ケットシー。


 人間の半分ほどの背丈を持つずんぐりむっくりした体型は、二頭身から二頭身半といったところ。

 猫のような顔をしているがれっきとした妖精族の一員であり、

 人間に対しては極めて友好的な種族であることが知られている。


 物欲乏しい妖精族にしては珍しく、人間に近い趣味や嗜好および生活様式を持っているとされ、

 特に炊事洗濯掃除といった家事全般を得意としている。

 金銭目的で人間界に出稼ぎにくることもあり、

 人間にとっては平和な良き隣人というのが一般的な見解といっていいだろう。


 危険なダンジョンの中を単独で徘徊する、というのは彼の種族の風評とはいささか食い違っている。

 件のケットシー、背丈はオレの腰くらい。

 ふさふさした黒い毛並みに首に巻いた真紅のマフラーが対比になって、何とも目立つ風貌である。


「何だ、てめぇ?」


 握りしめた杖の先を黒々とした頭に向けて問う。

 

――敵か、それとも味方か?


「何だと言われても、ふみゅ……」


 妙にあざとい口調で暫し黙り込み、言葉を探すように虚空を眺め、そして続ける。


「吾輩がダンジョンを探索していたら、うら若き乙女の悲鳴と、それを追う無頼な輩の雑音をこの耳がキャッチしたニャ。

 しからば、ここは男の見せ所とばかりにはせ参じてみれば、ごらんのとおり魔物の宴といった有様でこっちが参ったニャ」


 耳をピコピコさせながら、やれやれとばかりに両手を上げて首を横に振る。

 ……なるほど、魔物の宴とは言いえて妙だ。

 はらわたを漁るヘルハウンドと、スライムに溶解される死体の傍で干し肉を齧る女。

 ちょっと尋常な光景ではない。というか、オレまで魔物扱いか!

 

――ま、それはともかく、奴の言葉は本当か?


 狙いを相手の頭につけたまま、黒猫の答えを吟味する。

 男たちから逃げ回っているところに出くわして追ってきた、というのは別におかしくないのだが、

 何かが間違っているように思える。


――何だ、この違和感?


 干し肉を食みながら思考をさらに深める。

 杖は構えたまま、だ。


――胡散臭いな。


 あの五月蠅いゴロツキどもの声を耳にして追いかけてきた、というのは嘘ではないだろう。

 だけど、この黒猫はオレを助けに来たと言っていたが、

 実際に姿を現したのは全てが片付いてから。

 それもヘルハウンドが気づくまで、奴は足音も気配も消していた。

 急いで助けに来たにしては、これはおかしい。


――うん、オレ達の声を耳にした? 


 引っかかった、ここだ。

 コイツは確かにそう言った。


「だったら、ここで何があったかは見ていなかったわけだ」


「そうですニャ」


「ということは、ここで何があったかも『聴いていない』わけだ?」


「……」


 押し黙る黒猫。


「オレの声が聞こえていたとすれば、当然知っているはずだよな?」


『オレの名前を聞いたものは、消えてもらう』


「そ、それは……ですニャ?」


 露骨にうろたえるケットシー。

 そう、コイツは聞き知っているのだ。

 オレの名前を聞いた者を、その末路を。

 だから気配も足音も消して、こちらの様子を窺っていた。

 そしてヘルハウンドに感知されて、姿を現さずにいられなくなった。


「消えろ、黒猫」


 話し合いはここまで。秘密を知るものには消えてもらわなければならない。

 いまだ言いよどむケットシーを襲う様にヘルハウンドをけしかける。

 命に従い、唸り声を上げながら身体をかがめ、いつでも飛びかかれるよう体勢を取る地獄の猟犬。

 そして――


「やれやれ、これは本当に仕方がないのですにゃあ」


 その言葉とともに、黒いケットシ―が纏っていたホニャラカした雰囲気が一変する。

 

「吾輩、穏便に事を運びたかったのですニャ。本当ニャ」


 短い両手を前に構え、双眸が縦に割れる。

 肩幅に開いた足は左右に揺れながら跳ね、見たことがあるような無いようなファイティングポーズをとる。


「キャッ闘流皆伝、クロフォード、推して参るニャ!」


 口中の干し肉を噛みちぎり、叫ぶ。


「行け!」


 言い終える前に、ヘルハウンドが闇を疾走し黒猫――クロフォードと名乗った――に牙をむいた。



 ☆



「ホニャ~~!!」


 何とも間抜けな掛け声からは想像つかない鋭い蹴りが空を裂き、ヘルハウンドの燃える顔面に強かに打ち付けられる。

 はじけるように横に頭が振られ、あわてて距離を取る巨体。


「ガウッ」


 そして再び頭を低く、前足を構えて何度目かの再接近の構え。

 黒猫が、ヘルハウンドを寄せ付けない。


――強い!


 油断していたとは思えない。オレも、ヘルハウンドも。

 ケットシーという種族にこれほどの戦闘能力があるなんて、聞いたことがなかったのだ。

 ただの犬でさえ人間を圧倒することができると言われている。

 ましてやヘルハウンドというのはその数倍の力と俊敏性を持っているというのに、

 あの黒猫一匹を引き裂くことも組み伏せることもできないでいる。


『平和主義者=弱者』ではないのだ。


――それに、疾い!


 別段、ヘルハウンドが速度で劣っているわけではない。

 両者とも極めて高いレベルで、高速かつ剛力の戦闘を繰り広げている。

 バックアップを務めようにも、迂闊に魔術を打ち込めば味方に当たりかねない状況。

 現に先ほどから何度か黒猫を狙いつけようとして、そのたびに躱されている。


「我が手に集いし輝きよ、包んで癒せ、彼の者を!」


 結局、攻撃用の魔術を放つことができなくて、


「『治癒』!」


 集めた魔力は被弾したヘルハウンドの治療に回す。

 ヘルハウンドが柔らかい光に包まれて、クロフォードに蹴られた顔の傷が癒されていく。

 猟犬はチラリとこちらを見て、再び黒猫への敵愾心を隠すことなく唸りを上げる。


――このまま、持久戦に持ち込むか……


 あちらは一匹、こちらは一人と一頭。

 前衛二人の戦力が拮抗していれば、後は治癒魔術や防御魔術で守りを固められる分こちらが有利になる、はずなのだが……


――魔力が、厳しい。


 先ほどの小瓶で回復薬は最後。

 ヘルハウンドを維持したまま魔術を使い続けて、相手を追い込むまで戦い続けられるか否か、判断しがたい。

 相手の底が、見えない。

 こちらの魔力は尽きかけているというのに。


「キャッ闘流奥義、疾風脚!」


 闇に紛れた黒猫の身体が矢のようにヘルハウンドの胴体に突き刺さり、

 地獄の猟犬は耳障りな嘔吐音とともに先ほどまで口にしていた肉片を吐き散らかす。


「『治癒』!」


 慌てて再び魔術を行使する。

 ヘルハウンドは体勢を立て直したものの、足元がふらついている。

 内臓へのダメージは、簡単な治癒魔術ではなかなか回復には至らない。


――接敵の瞬間の問題なのか?


 間合い、体格ともに上回るヘルハウンドだが、

 結局のところ両者が接触するその瞬間に、

 ケットシーがほんの少し先を行っている、ということなのだろうか。

 武術の類には詳しくないので、実際のところは分からない。


――これは、マズいな……


 魔術が大して役に立たないというのに、オレの手札には状況に対応できる魔物はいない。

 スライム攻撃を行おうにも、オレのスライムは床にへばりついている一匹だけ。

 一度『証』に戻してしまうと、再召喚にはインターバルが必要だ。

 つまり、今すぐには使えない。


 打開策を見いだせないまま、ヘルハウンドとケットシーの格闘戦は続いていたが、

 接近と離脱を繰り返すうちに、徐々に両者の差が素人目にも理解できるようになってきた。

 ……こちらのヘルハウンドが不利だ。


「キャッ闘流、昇竜脚!」


 強かに顎をカチ上げられ、仰け反り倒れる猟犬の巨体。

 ここを勝機と見たか、黒い塊はヘルハウンドを放置し、右に左に翻弄するようにこちらとの距離を詰めてくる。

 魔物と戦うよりも、術士本人を責める方が上策。

 召喚術士と出会ったことがなくとも、そんなことは一目瞭然。


「クソッ、『雷撃』!」


 こちらの杖から放たれた魔術は、その影をかすめることすらできない。


――ヤバい!


 脳裏に警鐘が鳴り響いたのと、間近に迫った黒猫の目が闇の中でひときわ煌めいたのがほぼ同時。

 後退しようとして足をもつれさせ、腰から床に倒れ込んでしまう。痛い。


 瞬間、腹の上に重みを感じた。苦しくはなかった。

 踏みつけられた、と気づいた次の瞬間、


 ぷにっ!


 

 ☆



「ぷにっ?」


 ぷにぷに。

 

 死を覚悟した。

 しかし今、オレの鼻に押し付けられているのは、ぷにぷにの肉球である。

 ……ちょっと気持ちいい。


「落ち着いて吾輩の話を聞いてほしいのにゃ」


 そんなことを口走るケットシーはといえば、先ほどまでの迸るような闘気は霧散し、姿を現した時と同じような柔らかい雰囲気に戻っている。


――命拾いした、のか?


 ぺたりと尻もちをついたまま、起き上がって再び臨戦態勢を取ろうとするヘルハウンドにハンドサインで『待て』の指示を出す。

 遅まきながら、オレも腹をくくろう。


「……分かった、言いたいことがあるなら言ってみろ」


 圧倒的不利な体勢であることは理解している。

 ケットシーがその牙や爪をひらめかせれば、この真っ白な首から鮮血が噴き出し周囲を朱に染める。

 命を握られている、正にそういう状況であった。


 しかし黒猫は、オレの声を聴いた途端にモジモジと身体を捩じらせながら言いよどむ。

 圧し掛かられた腹のあたりが妙に暖かい。

 正直、ウザい。

 

――さっさとしろ、とは言えないしなぁ……


 なされるが儘に待つこと暫し、


「実は……吾輩、仲間が欲しいのニャ!」


 クロフォードと名乗ったケットシーはオレの腹の上で叫んだ。

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