第9話 そうだ、買い物に行こう(南海編) その2
朝食を済ませたオレ達は導かれるままに街を歩く。
来るときはギルマン男、今はフローラ。
……ずっと誰かに付き添われっぱなしというのも考え物だな。
「それで、まずはポラリスさんの服を買いに行くということでよろしいですか?」
「ああ、頼む」
「了解しました」
振り返ったフローラが、にこりと花のように笑うなり、
背後から口笛を鳴らし騒々しく自己アピールする男たちの気配。
街を行きかう人の流れに目をやれば、十人中九人はフローラが近づくと、
胸やら腰やらに不躾な視線を送ってくるが、当の本人はまるで気にした様子がない。
「なあ、フローラ」
「どうかしましたか?」
「あの、もうちょっと隠した方が」
いいんじゃないかな、とさりげなく提案したのだけれど、
「この街でそんなことを気にするのは無意味です」
一蹴である。
暑苦しい服など着ていられないし、見るだけで満足するような男に用はないとのこと。
前者はともかく、後者は少し意外だった。
ふわふわとした印象のフローラにしては豪胆というか。
――揉め事の火種になりそうなんだが大丈夫なのか?
当人の嗜好にどうこう言うつもりはないが、
テニアに感想を聞かれているという事情もあるので、一応気に留めておくことにする。
「一般的な女性用の衣服ですと、このあたりになるのですが……」
フローラが立ち止まり周囲を見るようハンドサイン。
道に面したいくつかの店に入ってみると、
確かに外の女性が身につけているような服が並んでいる。
一応手にとって状態を確認してみたのだが――
「う~ん、魔物と戦うことが多いからなぁ」
その辺も配慮してもらえると助かる。
触った感じでは、日常生活はともかく野外活動にはあまり向かなそう。
遅まきながらそう付け加えると、
「わかりました。それではもう少し歩きましょう」
たいして困った風でもなくオレ達を伴って店を出て、
迷う風でもなく更にずんずんと進んでいく。
柔らかい物腰にサッパリキッパリした態度。
――うん?
その仕草に微妙な既視感と違和感を覚えるけれど、正体がつかめない。
――まあ、あれこれ考えても仕方ないか。
今日出会ったばかりの人間のことを、いきなりあれこれ詮索しても始まらない。
一瞬だけよぎった疑問を頭の片隅に放り込んで、フローラの後を追う。
足元では、クロが不思議なものを見るような顔をしていた。
☆
「こちらでいかがでしょう?」
しばらく歩いたところで再びフローラの声。
先ほどの店は大通りに面し、いかにもという風体で大賑わいだったが、
今度の店は裏通りの奥まったところにあり、客もほとんどいない。
「おお、なんか穴場っぽいな」
新しく連れてこられた店を一望すると、
木製の棚に陳列された色とりどりの服もとい水着たち。
ひとつひとつ目を近づけてみると、先ほどの店のものとは材質が異なる様子。
こっちの方がやけに光沢がある感じ。
「ここの店って、さっきのとどこが違うんだ?」
「そうですね……この店の特色は、人間とマーメイドの共同経営という点が一つ」
フローラが頬の下あたりで右の拳を軽く握り込み、ピンと人差し指を立てる。
「へぇ」
マーメイド――マーマンの女性体――が人間と一緒に働いているというのはちょっと驚き。
「もともと水着はマーマンの衣装がもとになって考案されたものですから」
近くにいた女性の店員さんがそう付け加える。
人間が作成した水着とは異なり、海中での生活や戦闘まで考慮しているとのこと。
説明してくれている店員さんの足元を見やると、ちゃんと二本の足で立っている。
――人間だよな?
「マーメイドですよ」
「えっ!?」
びっくりしてもう一度足をじろじろと見てしまうが、人間のそれとの違いは見当たらない。
「マーマン秘伝の魔術なんです」
「へぇ~」
便利な魔術もあったもんだ。
これなら確かに人間と一緒に生活することも不可能ではないなあ。
南海諸島独特の生活様式に感心する。
さらに、フローラの後を継いでマーメイドの店員さんから説明が入る。
「細かいところは置くとして、一番大きな違いは素材になります」
「素材っすか」
「はい」
そう頷いて、棚から水着を取り出してオレの身体に当てる。
「この店のものには、カエル系の魔物の皮をふんだんに使用されています」
「カエル」
昨日ファナが召喚した魔物の泣きそうな姿が思い出されて微妙な気分。
「あ、あのですね」
こちらの変化を察知したフローラが慌てて続ける。
「カエルの皮は柔軟で伸縮性に富み、水をはじく性質がありますから」
マーマン製の水着は肌触りもよく発色にも優れていて、
南海諸島で力仕事をする者たちには愛用されている。
気持ち悪いなどと言う先入観に囚われず試してみてほしい。
オレがカエルを不気味に思っていると勘違いしたフローラは、
いかにカエルが優れた素材であるかを懇切丁寧に説き始める。
「いや、カエルは別にいいけど……どうすっかな」
店内を見回してみると、想像以上に豊富な水着の展覧会。
「ちなみに、どういうのが流行ってんの?」
周囲に迎合するわけではないが、参考意見としてひとつ伺っておきたい。
「流行ですか?」
先ほどのフローラに似たポーズで顎に指を当てて、マーメイドの店員さんはしばし沈黙。
「そうですね。今年はシンプルなデザインのものが多いと感じます」
無駄な装飾を省き、素材の良さを見せつける。
南海諸島の人間は、何かにつけて自信家気質があるようだ。
先ほど気になったフローラの言葉も、そういう性質によるものかもしれない。
「なるほど……それじゃ悪いんだけど、フローラの趣味で何着か選んでもらっていいかな?」
できれば二、三着。
身体のサイズはこんな感じ、予算はこれくらいで、と伝えたところ、
「了解しました。ではポラリスさんはあちらの試着室でお待ちください」
と答えて店員さんとともに水着の海に潜っていった。
「ほらクロ、行くぞ」
「はいにゃ」
あからさまにやる気のない黒猫を追い立てて試着室に入る。
外部からの視線を阻むカーテンを閉めると、
クロがその境界あたりで寝ころんで丸くなった。
監視してくれると思っておこう。
「お待たせしました」
しばらく待つと、フローラが声とともに何着か選んだ水着を試着室に差し込んでくる。
「さて、どれから行きましょうかね」
ありがとう、と礼を述べて受け取った水着を見回して、順番に着てみることに。
服を脱いで棚に乗せ、受け取った水着を身にまとう。
「なぁ、こんな感じでいいか?」
☆
カーテンを開くと、フローラが店員に頼んで大きな姿見を用意してくれていた。
何とも気が利く出来る奴!
まず最初に身につけたのは、シンプルな藍色のワンピースタイプ。
足を長く見せるために、随分と下半身が鋭角な逸品。
「よく似合ってると思いますよ」
「いいんじゃないかにゃ」
★
次は色とりどりの花柄があしらわれたフリル付きワンピース。
「ちょっと子供っぽいでしょうか?」
「いいんじゃないかにゃ」
★
今度は漆黒のビキニ。
「これは、ちょっと大胆過ぎる気がしますけれど……」
「いいんじゃないかにゃ」
★
「さてクロ君、君は何故吊り上げられているかわかるかね?」
「はて、全く心当たりがないにゃ?」
丸まって寝ころんでいたクロの首をひっつかんで持ち上げ、問う。
「お前、全然見ずに適当なこと言ってるだけだろ!」
手を離し落下する前に両手で左右から頬を挟んでぐりぐりぐり、と。
「そ、そんなことはないにゃ……」
あからさまに視線を逸らしてソワソワ。
「……反応が全部同じなんだよ!」
お前、ケットシーのメス相手にそんなことしてたらモテないぞ。
買い物に付き合って今日みたいなやる気ない態度取られたら、
態度に出るかどうかは置くとしても、どんな温厚な奴だって頭にくるっつーの。
「そ、そんなことはないにゃ……ないにゃ?」
「そんなことあるの!」
まったくこの馬鹿猫は。
付き合う前からフラれる姿が想像されて憐れみすら漂っとるわ!
「まぁ、コイツの意見は置いといて」
どう思う、フローラ?
頼りにならない相棒を床に放り、今日出会ったばかりの女性の先輩の意見を参考に。
「……ポラリスさんの、この胸のところ……」
ビキニを着たまま大胆に露出された胸元に指を這わせるフローラ。
「この……これは痣ですか?」
過去に何か大怪我でも?
もしそうだとすれば、あまり目立たないものの方がよいのではないか。
フローラはそう語る。
「ふむ……」
見下ろした胸に鎮座するそれは、ただの痣ではなく契約の証。
オレと翠竜を繋ぐ絆であり、決して恥じ入る類のものではない。
「いや、隠す必要はない」
そう答えると、
「えっ!?」
目を真ん丸にして驚くフローラ。
「そうなんですか、てっきり」
「あいにくオレは普通じゃ満足できない女だからな」
ファッション的なタトゥーと思えば、
むしろカッコいいまである。
「ただの捻くれ者にゃ」
「何か言ったか?」
「にゃ~んも」
「でも、えっと……」
なおも食い下がろうとするフローラ。
――意見を求めておいて、何も聞き入れないのも悪いな。
「それじゃ、このビキニと最初のワンピースを貰おうか」
互いの意見をもとに、ひとつづつ選択。
この辺が落としどころだろう。
「あと、上着と髪を括る紐が欲しいんだけど」
いつも身につけているマントは防寒用を兼ねている。
つまりここでは暑い。とてもじゃないが着ていられない。
そして自慢の長い桃色髪は、この熱帯的気候では首元が蒸して気持ち悪い。
南海諸島の女性に倣い、髪を上げて首筋を出しておきたい。
「はい。ではご用意しますので少々お待ちを」
魔術士の方に人気がある軽めのショートローブを用意してもらえるとのこと。
サンダルとセットで。儲け儲け。
店の奥に戻っていくマーメイドの店員さんを目で追っていると、
何やら奇妙な気配を感じる。
――ん?
「フローラ、どうかした?」
「あ、いえ、何でもないです」
何でもないと言いながら、しかし彼女の視線はオレの胸元の竜の咢を捉えていた。




