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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第3話 おいでませ南海諸島 その2


 どれだけ空を睨もうが雨が止む気配はなく、

 イマイチ釈然としないものの、天候に文句を言っても始まらない。

 大人しく勧められた店に入って腰を下ろす。


「いらっしゃいませ!」


 注文を取りに来た若い娘さんにお茶を三人前頼み、

『あわせてお食事はいかがですか』と言わんばかりの視線に気づかないふりをする。

 わずかの間、気まずい沈黙が場を支配したが、

 根負けした店員は何も言わずに引き下がり、代わりに恰幅の良い大男が現れた。


「お客様、当店では魚の方々はご遠慮いただいているのですが」


 そして開口一番これである。

 全身から傲慢なオーラを発していて、

 いかにも気に入らない態度。


「あ~、そういう店か」


 失敗したと言わんばかりに頭を抱えるギルマン男。

 事情はつかめないが、要するにこの雨の中出て行けと言うことらしい。


「ダメそうなら、よそに行こうぜ」


「その必要はないわ」


 差し込まれた声は、店の奥から。

 目をやると、先にお茶を飲んでいたらしい若い女がテーブルを離れ、

 ゴツイ男たちを四人ばかり連れてこちらに向かってくる。


「ひ、姫様。これは……」


 近づいてくる女の形相に慄く店主。


「店主、先ほどの言葉を撤回なさい」


 厳しい視線に、無理を言わせない圧力。

 ……先ほどの言葉?

 疑問は解決されることなく、二人のやり取りは続いている。


「ですから、私の店は代々の海王様にも茶を献上したこともありまして、しきたりというものが……」


 しきたり、という言葉を耳にしたとき、女の眉がピクリと跳ねた。


「そう……この店では、あのような差別を公然と行っているのね」


 それも代々の海王の名を借りて。これは大問題だわ。

 至急営業許可について再考するよう行政府に回しておきます。

 いきなりとんでもないことを言いだした女に、店主と呼ばれた男は震えあがっている。


「いえ、あの、これは、その……」


「もちろん、私も強引なやり方は歓迎ではないの」


 あとは、分かるわね。

 秀麗な眉を軽く歪ませて微笑むと、


「分かりました……」


 あの傲慢だった店主が、借りてきた猫のように引き下がってゆく。

 この店を出なくてもよい、ということだろうか。

 事情を聴こうと女に声をかけようとして、視線が交錯する。


 蒼い女だった。

 何が青いかと問われれば、まあ全身。

 幾重にも編み込まれた蒼い髪。

 他の住民同様うなじを露出させているが、髪を下ろせばかなり長くなるだろう。

 手入れが大変そうな髪型は、身づくろいに手間暇かける余裕がある上流階級の特権と言ってもいい。

 柔らかくうねる海を思わせる蒼に差し込まれた髪飾りも、傍らで上品な輝きを放っている。


 凛とした瞳は少し厳しめに見えるけれど、

 すっと通った鼻梁といい造作のいい唇といい、

 うっすらと施された化粧が似合う、実に分かりやすい美人だ。

 

 身の丈ははオレより少し高く、

 大胆に露出された肌は健康的に日焼けしており、

 大きく膨らんだ胸部と腰部を除いてきれいに引き締まっている。

 身体を包む……というか縛っているようにも見える青色の軽装は、

 しかしよく見ると複数の布を組み合わせており高級感がある。

 すらりと伸びた脚は長く、否応なく目が惹きつけられる。

 

 ひとことで言うならばいい女だ。

 もう少し付け加えるならば、遠目で眺めていたい女かもしれない。


「なんか助けられたみたいだが、あんた誰だ?」


 つい先ほど島に着いたばかりのオレとクロには心当たりがない。


「ファナ様だ」


「ファナ様?」


 回答はギルマンの男から。


 ファナ=サザンオース。御歳十七歳。

 南海諸島サザンオース海王家の姫君で、

 二年ほど前に父である海王から代理の地位を賜って、現在の海王家を実質的に取り仕切っている才媛。

 姫と言っても宮殿の奥に籠っている質ではなく、活発で槍術士としても南海諸島有数の使い手として有名。

 仕事はできるが頭でっかちな役人気質ではなく、こうして頻繁に市井を訪れ現場の視察に余念がない。


 文武両道、容姿端麗、才色兼備。

 あとからあとから続く賛辞の言葉を聞き流しつつも、彼女が右手に抱えているモノから目が離せない。

 金と銀に縁どられた黒い装丁の分厚い書物。

 これは……こいつは……


「ご主人」


「ああ」


 この女、召喚術士だ。

 王侯貴族ならば召喚術士は珍しくないとは言え、いきなり出くわすと驚かされる。

 

「あなたこそ、あまり見ない顔だけど?」


 不躾だけど大陸の人間かしらと姫が問うと、

 オレ達が口を開く前に案内役の男がそうだと答える。

 ファナ姫は微かに顔をしかめたが、それ以上追及することはなく、


「そう……もしよろしければ、雨が上がるまでお付き合いいただけないかしら?」


 などという間に護衛の男が隣のテーブルを動かして席を作ってしまっている。

 嫌だ、などとはとても言えない状況。


「お姫様の割にはずいぶん強引なんだな」


――見た目はいいけど、な~んかいけ好かない女!


「民草の言葉に耳を傾けるのも、上に立つものの務めよ」


 多少の無礼は気にしないからと勝手に続けてくる。


「そちらが満足できるような話はできないと思うけど?」


 言外に『どっか行け』と匂わせると、


「別に構わないわ。大陸の話はいつも刺激的だもの」


『絶対に逃がさない』と強い意思表示。

 勝手に店員を呼んでお茶のおかわりを注文。

『これは奢りよ』という笑顔が『代金分は付き合え』と語っている。

 面倒事に巻き込まれた気がしなくはないが、断るという選択肢はなかった。



 ☆



「ふ~、それにしてもえらい目に遭った」


 背嚢から渇いた布を取り出して水滴をぬぐう。

 濡れた服が肌に貼りついて気持ち悪いが、これはいかんともし難い。


「あぁ、早速洗礼を浴びたのね」


「へへ、オレがついていながらこのザマでして」


 ファナが含み笑いを漏らし、ギルマン男は上着を椅子の背に掛ける。

 布をクロに渡してやりながら、


「そう言えばさ、なんでオレ達が大陸から来たってわかったんだ?」


 ファナ姫のことは置いといて、先ほどから気になっていたことを問うと、

 男はこちらを指さして『その恰好さ』という。


「この辺の海じゃ、このとおり突然の雨は珍しくもないし」


 気候自体は暑いくらいだから、大抵の住民は布地少なめの衣装で熱気と雨に対応しており、

 そんなガチガチに服を着こんでいるのは外から来た連中しかいない、と笑う。


「はぁ、それでか」


「そういうものよ」


 薄着のファナ姫が相づちを打つ。

 港に降りるなり気になった違和感の一つ、

 やたらと高い住人の露出度の理由が明らかになった。

 余人から見れば奇妙な物事にも、現地人にとっては明快な理があるのだ。


「アンタらもここでしばらく居付くなら、服装は考えた方がいいぜ」


「……吾輩はどうすればいいかにゃ?」


 店内で震えて水滴を跳ね飛ばされても困るので、

 布で毛深い身体を拭いていたクロが問う。


「あー、どうすりゃいいかね……」


「そうね……」


 わりぃ、ちっと思いつかんわ。

 男はたいして悪くなさげな口調で肩をすくめる。


「おおぅ」



 ☆



「あなたたちはどこからこの島に?」


 運ばれてきた冷たいお茶で唇を湿らせて問うファナ姫。


「ボーゲンからの定期便に乗せてもらった」


 その気になればすぐに調べられることで嘘をついても仕方がない。

 素直に話すと、


「あら、随分な態度ね」


 でも構わないわ。

 ファナ姫は態度を崩さずに微笑む。


「へぇ、寛容なんだな」


「私がわざわざ街に降りるのは、みなのありのままの姿を見たいから」


 できれば、普段どおりで続けてくれると嬉しいわ。


――わざわざ自分で言うかよ。


 喉まで出かかった内心の不満をお茶で流し込み、さてどうするかと構えると、 

 そうねぇ、と思案気な顔を作った姫は、

 しかしこちらが態勢を整える間もなく、いきなりずいと身を乗り出して、

 

「それでは、例えば最近大陸で噂になっている『竜遣い』について」


 何かご存じかしら。

 瞳に好奇心の輝きを乗せてこちらを覗き込む。



『竜遣い』


 それは最も新しい英雄と謳われる一人の少女。

 大陸南部のとある街を突如襲った巨大な竜にたった一人で立ち向かい、

 その身一つで竜と語らいこれを説得した。

 威徳に敬服した竜は喜んで少女と契約を交わし、いずこかへと姿を消した。

 そして街を救った少女は、どこかの旅の空にあるという。

 

 春を思わせる桃色髪に夜明け前の空色の瞳。

 果実を思わせる瑞々しい唇から漏れる声は天上の雅楽のよう。

 新雪を思わせる白い肌に、女神もかくやという美貌。

 その少女の名は『ステラ=アルハザート』

 権力闘争に関わる誘拐だの暗殺だの様々な憶測が流れていた姫君。

 長い間行方不明とされていた、帝国貴族の令嬢にして第一王子の婚約者。


 事実に背びれと尾びれと腹びれをつけて、

 アレコレこね回したキメラのようなトンデモ話に変貌してしまっているが――


 オレだ。


 噂を初めて耳にした時、このふざけた歌を広めた吟遊詩人を見つけたら、

 二度と歌が歌えなくなるくらいに殴ろうと心に決めた。

 ちなみにクロは自分の出番が丸ごと削除されていることに消沈していた。



「さ、さぁ~」


 何かを思い出そうとするように視線を天井に向け、呼吸を整える。

 そして改めて噂ぐらいしか聞いたことはないと返す。


 嘘をつくコツは動揺しないこと。そして語りすぎないこと。

 人間は嘘をつくときは饒舌になると以前耳にしたことがある。

 あとはたくさんの真実の中に、少量の嘘を混ぜると良いという話もあるが、

 あまり色々やりすぎても、かえってドツボにハマる可能性が高い。


「……そう」


 沈黙、そして溜め息。

 しかし――


「では、あなたはどうかしら?」


 蒼髪姫の追撃は想定外の方向に放たれた。

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