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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第3話 深き闇の底で その3


 スライム。

 名前くらいは、村や街から出たことがない者でも耳にしたことがあるだろう、ポピュラーな魔物。


 外見は不定形にして半透明で、色は様々。

 動きは緩慢にして鈍重。


 生息地域は世界各地とされているが、寒冷な大陸北部では目撃例が減る。

 基本的には洞窟の天井や壁、木の上あたりにくっ付いており、

 獲物が通りかかると自由落下で襲いかかる、暢気な連中だ。


 その身体を伸ばして獲物の穴という穴から体内に潜り込み、

 その身体を構成する強力な酸で獲物を溶かして捕食する。

 ブヨブヨした身体には物理的な手段でダメージを与えることは難しい。

 こうして特徴を列記してみれば非常に危険な魔物である。


 ただ、すでに述べたとおり野生生物としては致命的なまでに動作が鈍く、

 大半の魔法どころか炎にも弱い。ついでに言うと乾燥にも弱く、

 打ち上げられたクラゲよろしく干からびたスライムが道端で死んでいる、なんていう話はどこにでも転がっている。


 はっきり言ってしまえば、そこそこ場数を踏んだ者にとってスライムという魔物は脅威でもなんでもない。

 ……ただし、ごく普通の状態でスライムと遭遇できれば、の話だが。


 スライムという魔物の長所は、殺傷能力と物理耐性。

 スライムという魔物の弱点は、鈍重さと脆弱さ。


 おおよそ意思と呼べる代物もないため召喚者に対して従順(?)であり、召喚においてさしたる抵抗もない。

 召喚に要する魔力も、維持魔力も極めて少ない。


 ゆえに、二つの弱点のうち少なくとも一方を補う事ができれば。

 スライムは『魔物』としては弱くとも、召喚術士にとって非常に強力な『武器』となるのだ。



 ☆



「う、うおおおおおっ!」


 慌てふためく男たちの声。無理もない。

 光の欠片――『万象の証』を通じて召喚されたスライムは、瞬く間に半透明の身体を大きく広げ、

 オレに向かって突っ込んできた六人のうち四人、実に敵戦力の三分の二を不定形の強酸に取り込んだ。


 全身の肉が焼かれる痛みと呼吸困難に苦しみながらも、スライムに飲み込まれた男たちは自由を取り戻そうともがいている。

 距離が離れていた二人は咄嗟に飛び退きはしたけれど、突然の状況変化を理解できないようで棒立ちのまま。


――無理もない。こんなところで召喚術士に遭遇するなんて、普通は考えないわな。


 大陸における召喚術士というのは、聖典に記載されているように特別な人間として扱われる。

 ゆえに、その大半が王侯貴族や高位聖職者の関係者、すなわちお偉いさんである。

 間違ってもダンジョンを一人で彷徨うような身分の人間ではない。

 さらに付け加えるならば、召喚術云々を抜きにしても、

 いきなりスライムをぶっかけられるなんて展開は完全に想定外だったのだろう。


 人間は想定外の事態に弱い。

 スライムから逃れたどちらかが、手にぶら下げているカンテラをぶつけてやれば、

 まあ、味方も多少は火傷を負うだろうが、スライムなんてイチコロなのに。

 スライムの奇襲攻撃を受けた連中は、そんなことにすら気づかないほどにパニックを起こしてしまっている。


――まあ、そうなるように仕向けたんだが。


 弱者のフリして逃げ回って、追いつめられたフリをして。

 逃げている間に、頭を反撃モードに切り替えて。

 そして、


――ここでケリをつけるッ!

 

 千載一遇のこの機会、みすみす棒に振るわけにはいかない。

 床に降ろしたポーチを開き、陶器の小瓶を取り出し蓋を開けて口に突っ込む。

 ドロリとした苦い液体が、酸素を求める喉を通る。

 その不快な感触に、


「ゴホッ、ごほ、ぶはっ……」


 乙女にあるまじき声をあげて咽せた。


 不味い。とにかく不味いのだ。

 苦いしエグイし臭い。のど越しも最悪。


 小さな口から幾筋も濃い緑の液体が喉元を通って、首筋からなだらかな曲線を描く肌へ流れ落ちる。

 鼻から噴き出さずに済んだのは、ただの偶然。

 乙女力の賜物であろう。


――ああ、もったいない。


 小指ほどの瓶で一週間は宿に泊まれる金額はする魔力回復用の水薬だ。

 ダンジョンを探索する魔術士にとっては生命線と呼んで差支えない。

 一滴漏らさず飲み込みたいところだけれども、生理的反応がそれを許さない。

 いまだに状況は一対二。不利であることに変わりはなく、余裕をこいていられない。

 汚れた口を拭い、側に転がっていた杖を握りしめ、ようやくこちらの動きに気付いた二人に向けて呪文を唱える。


「我が手に集いし雷よ、疾く走りて我が敵を討て!」


 すかさず右手の杖を向けて攻撃用の魔術を放つ。

 初級魔術の中でも速度に優れた雷の魔術。


「『雷撃』!!」


 詠唱完了とともに放たれた細く輝く二本の紫電は、二者のうち片方を撃ち抜き、身体の自由を奪い取る。

 もう一方は男を逸れ岩の表面を軽く焼くに留まった。


「チッ、一人外した!」


 紫電を回避した男は腰を抜かして後ずさる。

 いまだに正気には戻っていないようだ。


『雷撃』はあくまでも速度重視の魔術のため、殺傷能力はそれほどでもないが、

 今この場には、身動きできない人間を始末するには十分に過ぎる力があるから問題ない。


「あ……ああっ……」


 身動きの取れない男が、声にならない悲鳴を上げる。


「お願いだ、何でもする。だからッ!」


 じわじわと触手を伸ばす不定形の魔物の姿に、

 痺れて動かぬその身にこれから降りかかる運命を悟った男が、都合のいいことを口走る。

 仮にもダンジョンの三層を狩場にしているのだから、元はそれなりに腕の立つ連中なのだ。

 当然のごとくスライムの生態くらいは知っているだろう。

 溶かされ食われる未来を思えば、助けの一つも乞いたくなるのも無理はない。

 気持ちは分かる。分かるだけだ。


「断る。生きながら死ね」


 コイツらは一体何を言っているのか。一体どの口でほざくのか。

 そんな願いを聞き届ける義理もなければ義務もない。

 ついでに言えば、オレはそこまでバカでなければお人よしでもない。


 冷酷な響きが喉から吐き出され、男の顔が絶望に染まる。

 あの広場でこちらを見て崩れ落ちた彼のように。

 ……別に仇を討とうと思ったわけではない。

 ただ、人を食い物にするのなら、食われる覚悟を持てと言ってやりたかった。


 なおも醜く喚く男にスライムが喰らいつき『食事』を始める。


「あぢぃ、いでぇよお、たしゅけてぇ……」


「ひ、ヒイィ――!!」


 酷い臭いの煙を上げながら生きながらに溶かされる相棒を見て正気に返った男が、

 穴という穴から液体を垂れ流しながら後ずさる。

 当たり前の話だが、見逃すつもりはない。

 これっぽっちもない。


「そういえば、お前さあ」


 杖で肩を軽くたたきながら、咎めるように問う。


「は、はヒ?」


「お前、オレの名前を聞いたよなぁ?」


 ステラ=アルハザート。


 召喚術を扱うためには、本当の名前を唱える必要がある。

 誰にも知られてはならない、オレの本当の名前を。


「ひ?」


 何を問われたかわからない様子で、首をかしげる男。

 ……まあ、別に答えはどうでもいい。


 オレが『聞かれた』と思っていることが肝心なのだから。


「オレの名前を聞いた奴には、消えてもらう」


 その一言は、闇の中でことさら冷たく放たれた。

 自分の喉から出たとは思えないほどに。


 スライムのカードとは異なる、もう一枚のカードをかざして召喚の呪文を唱える。


「記されし万象の欠片よ、我ステラ=アルハザートの声を聴け! 我が声に従い、我が敵を討て!」


「ヒイィ、た、たしゅけてくれぇ!」


 慌てて起き上がり、こちらに背中を向けたまま、脱兎のごとく駆け出す男。


「出でよ――『ヘルハウンド』ッ!」


 灼熱地獄を住み家とし、自らもまた炎を纏う地獄の猟犬。

 光の中から現れた猟犬は、のそりと巨体を男に向けて唸り声を上げる。

 その眼光は赤く、そして鋭く。

 耳元まで裂けた口の端からは瞳と同じ色の炎が漏れている。


「行けっ!」


「バウッ!」


 オレの声に応えて、通路の奥に消え去った男を追う猟犬。

 時を置かずして、通路に響いていた男の悲鳴が消えた。

 ズルズルと重いものを引きずるような音がこちらに戻ってくる。


 ヘルハウンドが口に男を咥えて、戻ってくる。

 あらぬ方に首が折れ曲がった男の死体を。

 さすがは猟犬。逃げた獲物を追うのは得意中の得意といったところか。


「よーし、よーし。食っていいぞ」


「バウッ!!」


 頭を撫でてやりながら食事を許可すると、

 嬉しそうに尻尾を振りながら獲物にありつく黒い巨体。

 たちまちあたりに鳴り響く様々な音。

 柔らかい肉を咀嚼する音、ズルズルと何かを啜る音、硬い何かを咀嚼する音。


 振り返れば、そこにいるのはスライムに取り込まれた男たち。

 意味をなさない音を垂れ流していた口も。小汚い四肢もじゅうじゅうと溶かされて。

 骨だけでなく内臓すらも露出し始め、もはや人とは呼べない何かになり下がったその姿を見て思う。


 一瞬の油断、予期せぬトラブルで命を失う。

 それがダンジョンという魔の領域。

 追い詰めたと思った獲物にしたたかに逆撃されるなんて理不尽も、

 よくある話の一つに過ぎない。

 彼らにとっての理不尽は、ステラ=アルハザートという名の少女の姿をしていた。

 これは、ただそれだけの話だ。


「……飯にするか」


 美味そうに獲物にありつく魔物たちを見ながら、ポーチからひき肉を取り出して咥える。

 眼前に広がるのは、とても食欲を催すこともないような酸鼻極まりない光景ではあるが、

 

「ま、慣れれば別にどうということもないさ」


 そういうわけだ。



 ☆



 奴らは数を頼んで己の優位を信じて疑わない様子ではあったけど、

 互いに同じ領域で獲物を求めて彷徨っている者同士なのだから、

 手持ちの戦力は同等と考えるべきだった。


 ダンジョンがいかに異質な領域とは言え、圧倒的な戦力差がある者たちは同じ階層には居付かない。

 強者が弱者をいたぶる理由はあるかもしれないが、

 弱者からしてみれば、一方的に搾取される環境で震えながら過ごすなど論外である。

 だから、同エリアに徘徊する者の戦力は、自然とある程度拮抗してくる。

 腕力、魔力、数あるいは智謀など、要因は様々であるけれど。


 ゆえに『どこどこのダンジョンの何層まで潜った』などという言い回しが、

 オレ達にとって自身の能力を誇示する指標になるのだ。


 こちらがたった一人の女であろうとも。

 遭遇したその場で逃げを打とうとも。

 救援を期待できない通路奥に追い詰めたとしても。

 勝利を確定させるその瞬間までは、決して気を抜いてはいけない。 



 ☆



「しけてんなぁ」


 腰を下ろして干し肉を食みつつ、魔物たちの食事風景をボンヤリと見ながら、ぼやく。

 一見した時から金を持っていそうな連中には見えなかったが、

 魔物たちの喰い残しを遠目で確認しても、やはり金目のものはない。


「魔物は倒せば使役できるけど、人間なんぞ殺しても旨味がねぇ」


 襲われれば殺すけど、好き好んで襲いたいわけではない。

 降りかかる火の粉は払うだけだ。

 

「やっぱ人間はダメだな」


 旨味のある奴は、殺すには危険度が高すぎる。

 簡単に殺せる奴は、さっぱり儲からない。

 オレのような小心者には、そのハイリスクハイリターンが耐えられない。


「ウ~~~、バウッ!!」


 水筒から水を呷りつつ硬い干し肉をかじりながら、人狩りの侭ならなさに溜息をついていると、

 柔らかい人肉を貪っていたヘルハウンドが、昏い通路に向かってうなりを上げる。

 人間の何倍もの知覚能力を持った地獄の猟犬が、だ。


「どうした?」


 問うても言葉は通じない。

 ただ、ヘルハウンドが通路を警戒する雰囲気だけは伝わってくる。

 気配はない。何も音がしない。

 床を蹴る足音も、壁を這いずり回る音も、空にはばたく音も。


 しかし、何かがいる。


「……そこにいる奴、出てこい!」


 干し肉を咥えたまま暗闇に杖を向ける。

 返事はない。

 張り詰める緊張感。

 闇が圧し掛かるように重みを増す。


 そのわずかな沈黙の後、


「やや、これは一体どうしたことかニャ?」


 通路から現れた影は、小さな猫の姿をしていた。

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