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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第1話 闇より出でて空を仰げば


「うううぁぁぁああぁああ」


 明かりもなく、見通すこともままならぬ闇の中、

 悲嘆と悲痛とも取れなそうな苦しげで悲しげな呻き声が響く。

 断続的に繰り返される、ハァハァと荒い吐息は、


 すぐそばの耳元から。


 ギシギシと唸る木材の音とザァザァ流れる水の音が入り混じり、

 何とも形容しがたい不協和音を奏で上げる。


 鼻に突くのは据えた匂い。

 長い間放置されてきた者特有の、埃っぽさを交えた独特の。


 視覚、聴覚そして嗅覚を同時に押しつぶそうとする重圧に逆らうがごとく、

 僅かな光を頼りにシャリ、シャリと一定に刻まれる音。

 微かに漂う甘い芳香。


 シャリ、シャリ。

 シャリ、シャリ、シャリ。


「うううぉぉぉぉおおぉぉぉ」


 再び呻き声。

 堪えるような、あるいは吐き出すような息吹が混じる。


「……大丈夫か?」


「大丈夫じゃないニャ、にゃ、にゃ……」


 振り向いて声をかければ、擦り切れそうなか細い応え。

 暗い部屋だが、目をすぼめてよくよく見れば、

 闇に紛れた黒い毛玉の塊が、薄汚れたベッドに横たわっている。

 名をクロフォード。略してクロという。

 自他ともに認める我が相棒の黒いケットシ―。

 世界最強を目指す漢猫。

 ……その弱り切った姿にため息を一つ。


「リンゴ、剥けたぞ」


 食べるか?

 皮を剥いて(概ね)八等分した白い果実を皿に乗せ、

 相棒の鼻先に置いてやる。


「う、うさぎさんリンゴ……」


 虚ろに濁った黒猫の相貌にかすかな光が宿る。


「吐いてもいいから。腹に何か入れとかないと辛いだけだぞ」


 まずは一切れ。

 微かに開かれた口腔に、手づかみでそっとリンゴを差し入れる。


 シャリ、シャリ。


「お、美味しいにゃ~」


 もぐもぐと口がゆっくりと動き、リンゴの果実が中で細かく砕かれる。

 ややあって、ごくんと喉を通りすぎる音がかすかに響く。

 はぁ、と甘味に感動した声が微かに漏れる。


「焦らなくていいぞ」


 無理すんなよ。

 ちびりちびりと差し出された二つ目の果実をクロが噛みしめる間、

 空いた手で丸まった背中をさすってやる。


 ゆっくり、ゆっくり。


 クロは頑張って二切れのリンゴを飲み込み、力なく横たわった。

 仰向けに寝転がり、吐息は先ほどよりわずかに緩やかに。


 残りの六切れは自分で処理することになったようだ。

 苦しむ相棒の横で申し訳ないと思いつつ、

 口中に広がる甘味と水気を堪能する。


「じゃあ、ちょっと出てくるけど」


 とりあえずさっさと寝ろ。

 気持ち悪くなったらここに吐け、と枕元に桶を置く

 わかったにゃ……との返答を確認して、音を立てないように歩き、部屋の扉を閉める。


 部屋の外は、内側と同様薄暗い通路。

 壁に手を当てながら一方に歩みを進め、奥にある大きめの扉を開く。

 その先は――


 抜けるような蒼い空。

 照り付ける太陽。

 ほほを撫でるさわやかな風。

 かすかに鼻につく潮の香り。


「おや、お嬢さん」


 近くにいた顔見知りの船員――十日も乗船していれば何人かは知り合いができるものだ――が声をかけてくる。

 日々の労働で自然と身についた筋肉と日に焼けた肌が、陽性のパワーを漲らせている。


「お連れの黒い彼の調子はどうだい?」


 その問いに首を横に振る。

 相棒の不調はこの船で働く者には知れ渡っている。


「あんまりよくないっすね」


 一応リンゴを二切れ食べましたけど、吐いちまうかも。

 そう答えると、男は顔を曇らせる。


「う~ん、薬があるとよかったんだけどねぇ」


「こっちも急いでましたから……」


 準備不足は言い訳にならないと分かっていても、

 苦しむクロの姿を見ると、何ともやるせない気持ちになる。


 船べりによると、はるかに見えるは空の蒼と海の碧。

 その境界は遠くにあって曖昧で、

 世界の雄大さと、そこはかとない恐怖を感じさせる。


「あと何日くらいかかります?」


 そうだねぇ。

 男はしばし考える仕草で顎のあたりを擦り、


「ここのところは風もいい具合だし、二日と言ったところかね」


「二日っすか」


 う~む、と腕を組んで悩む。


――アイツ、大丈夫かなぁ?


「はぁ、それにしても船酔いだなんて」


 想像もしてなかった。

 思わずため息。

 どちらかと言えば、オレの方が倒れそうなものなのに。


「ハハハ、誰にだって弱いものはあるものさ」


「ま、そりゃそうなんすけどね」



 ☆



 アールスの街の一件の後、聖王国と帝国の追っ手を逃れるために街道を南下。

 両国に含まれていない領域を求めて、

 港町ボーゲンから出航寸前の船に飛び乗り洋上の人となってはや十日。


 クロが不調を訴えだしたのは乗船当日の夕刻。

 問いただせば出航して程なく吐き気を憶えたが、ずっと我慢していたとのこと。

 船医さんに来てもらうまで、一体何事かと随分やきもきさせられたものだ。


 診察結果はまさかの船酔い。


 以来、唸り声を上げながら横たわるクロを介抱しながら船旅が続いている。

 本人は生まれて初めて船に乗ったとの言だったので、

 何も言わなかったことを責めるわけにもいかない。

 ……危ない病気の類でなかったのは不幸中の幸いだろう。


「いっぺん船が出たら、休憩できないもんなぁ」


 考えてみれば恐ろしい話で、自分が船酔いになっていたらと思うとぞっとする。

 運動神経抜群のクロよりも、内心オレの方が危ないような気がしていたから。

 気分が悪いからと言って船を止めるわけにもいかず、どこかの島に立ち寄るわけにもいかず。

 ただひたすらに耐えるしかないわけだ。

 想像しただけで怖い怖い。


 頬を撫でる微かな潮風。

 揺れる桃色の髪を押さえながら空を見上げると、

 頭上では鳥が輪になって空に円を描いている。


「鳥の姿を見かけるということは、陸地が近いんだったっけ?」


 曖昧な知識から疑問を発しても応える相棒は傍に居らず。

 こちらもどうにもいつもの調子が出ない。

 一人旅には十分すぎるほどに慣れていたはずなのに、

 ほんのわずかな間にオレもずいぶん変わったもんだ。


 キラキラと輝く水面に、しばしば跳ねる魚の小さな影。

 日によっては大物が拝めたりするらしいが、あいにくその幸運には恵まれていない。

 あまり大物すぎる奴に出てこられても困るから、これでいいのかもしれないが。


「平和だねぇ」


 今回は魔術士とその相棒という触れ込みで、

 交易船の護衛依頼を受けて乗り込んだけれど、

 ボーゲンを出てからこちら特に何かに襲われたわけでもなし、

 あと二日何事もなければ、ただで南海諸島まで運んでもらった上に金までもらえて丸儲け。

 ただ、気になるのは時折こちらに目を向けながら交わされるヒソヒソ声。


『竜遣いステラ』


 ポラリスという偽名を使い続けているにもかかわらず、

 できるだけ意識すまいと心がけてきたオレの耳にまでしっかり届くということは、

 アールスの街の事件の噂が順調に広まっているということの証左である。

 正体バレバレで実にありがたくない。


 しかし一方で、護衛の依頼を受けた片方が船酔いでダウンし、

 もう片方が年端もいかない小娘に過ぎないのに大して嫌味を言われないのは、

 きっと噂のおかげに違いないので痛し痒しと言ったところか。

 世の中、何事もままならない。


「早く着かねーかな、島に」


 もはや何度目になるか数えるのも億劫になる愚痴をこぼしつつ、

 苦悶しているクロの様子をうかがいに船室に戻る。


「眠りの魔術でも覚えとけばよかったかねぇ」


 そうすれば無理やりにでも眠らせて、

 ほんの僅かでも苦しみを紛らわせてやることができたかもしれない。

 有事に目を覚まさなくて苦労しそうだから、

 実際にやるとさすがに周囲の非難を躱せそうにないだろうけど。

 たとえ何か突発的な揉め事が発生しても、

 今のクロが戦力になるとは思えないから別に構わない気もする。


「ゲロ吐いてなきゃいいけど」


 兎にも角にも栄養を取らせなければ。

 体力が失われれば、体調は回復しない。

 医学的な知識はないけれど、一般論として間違ってはいないはず。


 血管に針ブッ刺して無理やり体に栄養を入れるなどということはできないので、

 どれだけ吐こうが苦しもうが、少しずつでも食べてもらうしかない。

 魔術で傷は癒せても、病気や船酔いには全く効果がない。


「そうそう上手くは行かねーな、世の中って奴は」


 当たり前に過ぎることを今さら思い知らされる、洋上の午後。

 人生は旅、日々新しい学びや発見があるものだ。

 できれば、都合のいいモノばかりを選択したいところだけれど、

 大抵はその反対の出来事ばかりが起こるのは、いかんともしがたい。


「南海諸島、か」


 大陸の南洋上に周を為す幾つもの小島と、

 その中央に座するサザナ島によって形成される洋上国家。

 大陸の各国と交易によって財を為し、海上に道を作る。

 この船の、オレ達の旅の新たな目的地。

第2章『南海の召喚術士』始まります。

次回は「おいでませ南海諸島」です。

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