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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第32話 対決、伝承の魔物 その3


 街を覆いつくさんとする、火山の噴火を思わせる咆哮。

 立ち尽くす者、逃げんとする者は思わず耳を塞ぎ地を這う。

 しかし竜と刃を交えんとする連中は、一瞬怯みはしたものの、

 どうにか意識を保ち、その手に得物を構えて戦陣を組む。


『GRRRRUUUUOOO!!』


『金竜亭』跡地の正面に座し、徹底防御の姿勢を崩さない巨体。

 全身は翠緑色の鱗で覆われ、巨大な翼を広げる威容からは本能的な恐怖すら覚える。

 爛々と輝く瞳、一本一本が高名な剣を思わせる牙で飾りたてられた口。

 その奥から時おり零れる紅蓮の炎は、触れただけで人間ごとき容易に消し炭と化すほどの暴威。

 神話で、伝説で、吟遊詩人の歌で語られる、圧倒的な力をその身に宿す地上最強の魔物。


 破壊と災厄の化身、ドラゴン。

 翠竜エオルディア。


 さんざん暴れてきたにもかかわらず、その凄まじい戦闘能力に陰りは見えず。

 己を縛る紅色の光鎖はボロボロで、今にも砕け散りそうなほど。

 あの鎖を食いちぎって、この場に蔓延る忌々しい人間たちを一掃すれば、

 その身は完全に自由を取り戻し、あとはどこかへ飛び去るばかり。


――それだけじゃすまないだろうな、あの様子だと。


 今までさんざん己を苛んできた人間たち相手に、素直にこの場を立ち去ってくれるとは思えない。

 ほとんど八つ当たりに近い感覚で、この街を火の海に変えてしまうだろう。

 その後どうなるかなんて、想像もしたくない。

 そう思わせるほどの激情を、昏く低く唸る声から感じ取らずにはいられない。


「クソッ、デカいな……」


 ドラゴンに限った話ではないが、巨大な体はただそれだけで強力無比な武器となる。

 人間ごときの抵抗など歯牙にもかけないだけの風格を見せつけて。


「始まるわよ、ポラリス」


 不気味な沈黙を保ちつつ警戒を怠らないあの魔物相手に、正面からの近接戦闘は無謀の一言。

 よって戦いの幕は遠距離からの攻撃によって斬って落とされる。

 詠唱とともに四方八方から竜の巨体に集中する数え切れないほどの業火、氷槍、岩塊、そして落雷。

 あわせて降り注ぐ矢の雨。

 凄まじい火力がドラゴンに集中し、周囲を巻き込んで大爆発を起こす。


「やったか!?」


「……バカ、気を緩めるな!」


 一撃一撃がそこいらの魔物なら跡形もなく葬り去るほどの猛攻なれど、

 爆音と土煙の中から姿を現した緑の巨体にはまるで傷が見当たらない。


 反撃とばかりに放たれる竜の炎は、神官たちによって形作られる守護障壁によって阻まれる。

 攻撃用の魔術だけでなく、こちらもやはり並の技量ではない。

 いくら遠距離とはいえ、ドラゴンのブレスを防ぐ防御力ともなれば半端な修行で身につくものではない。

 眼前で繰り広げられる大規模な攻防に、思わず拳に汗を握る。


――スゲェ、どいつもこいつも。


 戦場から離れたところで魔力回復薬(苦い)に口をつけながら、

 アールスが誇る武侠たちの集団戦闘に身を震わせる。


――オレ一人で戦うのとは大違いだ。


 いざ始まってしまえば一目瞭然。

 思い上がりに過ぎた先ほどまでの自分が恥ずかしい。

 だけど、


「……あまり効いてないにゃ」


 隣で冷静に評するクロに、残念ながら同意せざるを得ない。

 距離が離れているからこそ、竜の炎から身を守る事ができてはいるものの、

 攻撃手段が弓や魔術に限られている間合いでは、

 対物理および対魔力に優れた竜の鱗を貫くほどの効果は期待できない。

 並の魔物が相手なら有効な威力でも、相手がドラゴンとなると話が変わってきてしまう。


 遠距離戦闘に向いた弓術士や魔術士そして神官しか戦闘に参加できていない状況、

 人数比で言えば大半を構成している前衛が戦力にならないとなれば、戦闘部隊の実力は十全に生かされない。

 伝説級の魔物を前にその有様では、勝てる戦いも勝てなくなる。


「……つっても、近寄って戦えとは言えないだろ?」


「そうかニャ?」


 黒猫は首をひねっている。

 召喚術の手札を得るために、数で囲んで魔物を弱らせる。

 それは召喚術士にとっては基本戦術の一つ。

 実際、そうやって駒を増やす奴は少なくないし、

 犠牲となって命を散らす騎士や兵士も少なくない。

 オレ自身、かつてはそうやって『証』を増やしてきた経験がある。


「……そういうのは好かん」


「ふにゃ?」


 力ずくで従わせるにしても、交渉で契約するにしても、

 あくまで矢面に立つべきは召喚術士であり魔物である、と思うのだ。

 互いの命と尊厳を賭けた闘争の結果であるからこそ、

 交渉であれ強制であれ、契約は意味を持つ。

 他人の力を借りて、他人の命を費やさせてから相手に服従を強いるのは、何かが違う。


「まあ、ポラリスの矜持はどうあれ、今はこの街の危機をいかにして回避するか、そこが肝要だから」


「……そうだな」


 アニタの言葉に嘆息する。

 今回は召喚術士としての戦いではない。

 アールスの街を守る一員としての戦いだ。

 だから召喚術士であるオレ自身もまた、盤面に立つ駒の一つ。

 最後の切り札としてここにある。

 この戦いは、勝たねば意味がないのだから、

 余計なことに思考を裂くべきではない。


「あっ」


「仕掛ける! あとは任せた!」


 しびれを切らした一団が意を決して接近を試みる。

 神官の守護障壁に、魔術士の魔力障壁を重ね防御力を強化。

 接近して剣士たちによる有効打を狙う。

 しかし相対するドラゴンも並大抵の魔物ではない。

 敵手たる人間の動きにいち早く気付いたドラゴンは大きく息を吸い、咆哮とともに巨大な火球を放射。

 着弾、そして耳を割く爆音と巻き上がる土砂そして衝撃波。


「ぐっ」


「ど、どうなったッ!?」


「状況知らせ!」


 間合いを離れて戦場を見下ろすオレ達と、

 次は我もと構えていたほかの連中が固唾をのんで見守る中、

 晴れた土煙の後には、円形状のクレーターだけが残っていた。


 生存者は、いない。

 たった今までそこにいたはずの連中は、跡形もなく消滅してしまった。

 惨状に満足した翠竜は、鎌首をもたげ次の犠牲者を探し求める。


――あまりにも、呆気なさすぎる……


 思わず息を飲む。

 身体の底から震え上がる。

 命の散華、などという美しい言葉にはならない。

 これでは、ただの命の浪費としか言いようがない……


「クソッ」


「ポラリス!」


 とてもじゃないが見ていられない。

 立ち上がってグリフォンに乗ろうとするところを、

 後ろからアニタの細腕に抱きしめられて阻まれる。


「離せ、アニタ!」


「だめ! 今あなたが行ってもどうにもならない!」


 肩に回されたアニタの腕は震え、顔面は蒼白になっている。

 多くの人間を見てきた彼女だが、

 これだけ身も蓋もない死を間近に見るのは初めてなのだろう。

 ましてや、それが自分の立てた作戦によるものだとなると――


「でも……」


「彼らは、覚悟をもって挑んだのよ。結果は……残念だったけど」


 何の役にも立たない私が言えたことでもないけど。

 自嘲するアニタだが、オレを抑える両手から力が失われることはない。

 再び腰を下ろし、彼女が集めてきてくれた回復薬を口に流し込む。


「不味い。この薬、メチャクチャマズい」


 魔力回復に特化した高級薬は、苦くて臭くて刺激的。

 喉を通すだけで一苦労。何度もえずき、口を抑えながら腹に収めていく。

 頭が痛い。目眩がする。吐き気が止まらない。涙が止まらない。


 でも――飲むことは決して止めない。

 今この薬を飲むことができるのも、彼らが命を張って時間を稼いでいてくれるから。

 ただの一滴でも、ただのひと時でも無駄にすることはできない。


「不味い。本当にマズい。死にそうだ」


 だから、もっと、もっと持ってきてくれ。

 あるだけ全部腹に突っ込むから。

 今のオレにできることは、それだけだから。


「ご主人……」


 こみ上げる吐き気に口を抑え、クロを抱きしめて何度も自分に言い聞かせる。

 ただ待つことしかできないこの身を恨みながら。

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