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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第30話 対決、伝承の魔物 その1


 大陸南東部最大の街アールス、その中心であった内壁と『金竜亭』に挟まれた正面広場の様相は激変していた。

 つい先ほどまでの活況を人々の記憶から忘れさせてしまうほどに。


 そこかしこに焼け焦げた死体――それはかつて人であったりゴブリンであったり、あるいは他の何物かであったもの――が転がり、

 およそ日常生活では嗅ぐことのない異臭を放っている。


 周囲の建物や屋台の類は、超高熱の炎に焼かれて炭化あるいは消滅。

 辛うじて原形をとどめているのは、頑丈に設計された内壁のみ。


 あちこちから立ち昇る煙が、青空を黒く汚している。


――あの瓦礫の山が『金竜亭』かよ……


 空から見下ろした広場は、控えめに言って地獄と化していた。


「おいおい、こりゃマズいなんてもんじゃねぇぞ」


 ここまでの飛行で、とっくにこちらの存在はドラゴンには気づかれている。

 今更慌てても仕方がないので、覚悟を決めて焼け焦げていないあたりに一度着地。

 しかし、当然そこには生き残った人間が集まっているわけで――


「ひぃっ、グリフォン!?」


「もう終わりだ!」


「いや、もういや、何でこんなことに!?」


 散々苦しめられてきた住民から悲鳴が上がり、

 ドラゴンの首がその声に反応してこちらを向く。


――目が合った!


 己の配慮不足を言葉にする暇もなく、

 オレとドラゴン、互いの視線が交錯する。

 ただのひと睨みで全身が硬直し、息がつまる。


――く、これは……


 しかし、それだけだった。

 憎々しげな光を目に湛え、こちらを睨み付ける緑の竜。

 その激情は微かな唸り声となって叩きつけられてくる。


――シャレにならねぇ。


 不可視の壁にぶつかる感覚。

 歯をくいしばって耐えて、なお仰け反らされるような。


「ポラリス! よかった、無事だったのね!」


 仮面女――リデル――との戦いで消耗した意識を、

 ドラゴンの憤怒に持っていかれかけたところで掛けられる聞き慣れた声。


「アニタ! そっちこそ!」


 うずくまっている人混みをかき分けるようにこちらに向かってくる藍色の髪の受付アニタは、しかしオレの左手を見て硬直する。


「ポラリス、あなた……いえ、あなた様は」


――はぁ、めんどくさい……


「……頼むから、そういうのは無しで」


 わかっていたこととはいえ、知り合いからの敬語は心に鳥肌が立ちそうになる。

 こう、ゾゾっとな。


「わ、わかったわ」


 こちらの心境を察してくれたのか、状況を鑑みたか即答するアニタ。


「で、どうなのポラリス。あのドラゴンは今どういう状況なの?」


「そうだな……まず、今までのそっちの話を聞かせてくれ」


 グリフォンに跨ったままアニタの話を伺う。

 焦燥からか日頃のキリっとしたアニタからは想像しがたい様子で、たどたどしく語られた内容をまとめると、

 酔っぱらったクライトスがロクに準備もしないままゴブリンにどつかれて、

 恐怖のあまり最強の手札であるドラゴンを呼び出し『金竜亭』は崩壊。

 呼ばれたデカブツは現在制御不能の状態とのこと。


――おおかた予想どおりとはいえ、できれば聞きたくなかった。


 ドラゴンがどうこうよりも、クライトスのやらかし具合に頭が痛い。

 いったい聖王国の貴族たちは子供にどんな教育を施しているのやら。

 ……まあ、ガキの頃に帝国から家出したオレが言えた筋でもないのだけれど。


「それでその……ポラリス」


「ん?」


 控え気味に訪ねてくるアニタ。珍しく歯切れが悪い。


「えっと、あれより強いのって召喚できたりしない?」


「そんなのがいたら苦労はしない」


 即答。

 悲しいねぇ、現実。


「そ、そう……」


 アニタ絶句。

 しかし、気丈にも精神に再起動をかけて尋ねてくる。


「……私の勝手な推測としては、クライトス様にどうにかしていただければいいと思うのだけれど」


 その辺どうなの?

 召喚術に関する知識を持たないなりに、

 高速で思考を巡らせて事態の打開を模索しているアニタは凄いと思う。


「まぁ、そうだな」


 それが一番順当なアイディアだ。

 素直に答えるとアニタの顔が喜色に染まる。


「なら!」


「もう一度確認したいんだけど、クライトスは何て言ってアレを召喚したんだ?」


 遮るようなこちらの問いに暫し逡巡して、


「確か……『俺を護れ』だったはずよ」


――『俺を護れ』か……


「難しいな……」


 難しい?

 そう問うてくるアニタに、召喚術のややこしさの一端を語ることに。


「『護れ』ってのは命令として曖昧過ぎるんだ」


 推測を交えての話になるが、『金竜亭』跡地に陣取るあのドラゴンは恐らく『敵と味方』の区別をしていない。

 そんなこと、やろうと思ってもできないし。

 救援者を装った暗殺者かも、とか考え出したらキリがない。


 だから、クライトスに接近を試みる人間を全て追い払うことで、

『護る』という命令を遵守しつつ、誰も近寄れない状態を作ろうとしている。


「誰も近寄れないとどうなるのかにゃ?」


 尋ねてきたのは腰にしがみついているクロ。


「召喚術士が死ねば、魔物との契約は破棄される」


 召喚術士としてまず最初に学ぶこと。

 今回の場合はクライトスと翠竜エオルディア。

 瓦礫の下で契約者が死ねば、あの竜を束縛する鎖は失われる。


「魂に封印されている魔物や、召喚されていた魔物はその場で解放される」


「ひっ」


 アニタが鋭く息を飲む。

 あの緑の竜の狙いを理解できたからだろう。

 この問題があるからこそ、

 召喚術士は己の死に様ついて常に思考を巡らせておかなければならない。

『万象の書』の継承者を定めないまま死ぬとか、本当にシャレにならんのよ。


「まぁドラゴンほどの魔物なら、召喚術士からの束縛が弱まれば自力解放の可能性もある」


 語れば語るほど状況の深刻さが目の当たりになる。

 周囲の轟音が遠く感じるほどの沈黙。

 ややあって――


「ど、どうすればいいの、私たち?」


 狼狽したアニタの声に、

 風に吹かれた桃色髪を押さえながら問う。


「それじゃ。まずここの領主さまなんだが、召喚術は使えないのか?」


 召喚術と言えば貴族。

 クライトスが動けないなら領主さま。

 一番単純で一番問題にならない展開。


 この問いにアニタは首を横に振る。

 ……平民が貴族の事情を知ってるはずないか。

 わかる奴はいないか、と問うと、

 そもそも壁の内側と連絡が取れないという。


「ゴブリンが街で暴れていたときからダメなの」


 事情は不明だが、貴族たちは籠城を決め込んでいるらしい。

 なんじゃそら。


「えぇ~、あいつ自由になったら空飛べるんだぜ。籠城なんて意味がない」


 四つん這いになったドラゴンの背には大きな一対の翼が広がっている。

 飛ぶ気になれば、いつでも飛べる。

 ただ、召喚者と距離を離す事ができないので、今はその翼を用いないだけ。


「……動かない連中のことを考えても仕方ないか」


 ため息が出るわ。


「ねぇねぇご主人?」


 クロの声。

 その色から予想される問い。


「あのドラゴンを奪い取れたりしないかにゃ?」


 ……そうなるよな。

 契約者も領主もダメ。

 でもここに召喚術士がいるわけで。

 周囲の連中の期待を込めた眼差しが眩しすぎる。


「確実なところは言えないが、現状のままではかなり厳しい……と思う」


 あまりデカいことを言って希望を持たせるのが怖いので、慎重に。


 強力な魔物を求めるのは召喚術士のサガとはいえ、手札が強すぎるのも考え物。

 召喚、制御、送還の全ての過程で消費される魔力は、魔物の強さに比例する。

 強すぎる魔物は、召喚術士を食いつぶす。

 

 オレとクライトスの魔力にそれほどの差は感じなかった。

 奴が制御できているということは、

 オレの力でもどうにかなる範囲内ではあるのだろう。


 ただし、この話はオレが魔力を消費していなければ、という仮定が後ろにくっつく。

 街の外からグリフォンで飛んできて、『緑の小鹿亭』でヘルハウンドを召喚して、

 さらにそのあとリデルと戦闘と、今日はすでにハードな展開が続いている。

 なお、手持ちの魔力回復薬はスッカラカン。


 成功率を高める条件は二つ。

 何らかの手段でオレが魔力を回復させること。

 そして翠竜エオルディアの不意を突くこと。


 ドラゴンの対魔力は絶大だが、その防御は常時鉄壁というわけではない。

 意識の外から仕掛けることができれば、僅かなりとは言え勝算に上乗せすることができる。


 もちろん、それ以前にクライトスが意識を取り戻して、ドラゴンを収めてくれれば言うことなしだけど。


「ドラゴンの力を直接削ぐのはどうにゃ?」


「理屈の上では有効だけど、それはアイツと戦うってことになるんだが」


 怒り狂って四方八方に炎を吐きまくっていた竜に視線をやる。

 今はまるで力を溜め込むように動きを止め、こちらを睨んでいる。

 伝承の魔物に恥じない圧倒的なパワーの塊。

 たとえ炎をかいくぐっても爪、牙、尻尾と武器には困らず。

 身を護るエメラルドの鱗もまた半端な攻撃など歯牙にもかけない。

 生きた移動要塞とでも言うべき存在である。

 

――あれに身一つで突撃とか、命の無駄遣いとしか思えないんだが。

 

「なるほど、それなら……」


 アニタが顎に手をやって自分の世界に沈み込む。 


「ポラリス!」


 背後から聞き慣れた声。

 振り返れば赤毛の剣士ライル。

 その後ろには斥候シャリと神官エミリアの姿も見える。

 相当急いできたらしく、息は切れ切れ、汗だくだく。


「おう、ゴブリンはどうだ?」


 鷲獅子の背に乗ったまま聞くと、ライルは僅かに身を引いたが、


「今みんなで片づけているところだ」


 間もなく掃討できるだろう、と。

 自分の都合で放り出してしまった問題が一つ解決して安堵する。


「じゃあ、あとはこっちか」


 ……目の前の案件が特大過ぎて『こっちだけ』とか言いたくない。


「あまり望ましくはないけれど……」


「アニタ?」


 忌まわしい何かを吐き出すような苦々しい顔のアニタが、

 現状を打開するための作戦を語る。

 だけど、その内容は――


「アニタ……お前それは――」


 オレの声は、周りに集まってきた連中の賛同にかき消される。

 見ればライル達一行もアニタの案を支持しているではないか。


「おい、お前ら、死ぬ気か!?」


 聞こえてねーのか、コラ!


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