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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第2話 深き闇の底で その2


 暗い通路から、ぼんやりした明かりとともに現れた人影。

 悪意に満ちたダンジョンの闇からしみ出したように象られた姿、その数六つ。

 澱んで濁り、そして血走った十二の視線。

 どこか場違いで耳障りな嘲笑。

 そして、下卑な感情を隠そうともせずに醜く歪んだ口。


 まともに手入れされていない装備に身を固めた大男たち。

 姿かたちや得物に多少の違いはあれど、似たり寄ったりの雰囲気を漂わせた連中である。

 揃いも揃ってボサボサ頭に無精髭、

 離れていても漂ってくるほどの異臭を放つ身体は、最後にいつ洗ったのか問いつめたくなる。


 魑魅魍魎が蠢くダンジョンの奥底で、人のくせして人を襲う輩。

 日の当たる場所で人狩り稼業に精を出しているのなら、当然の如くその首に賞金がかかる。

 まともな後ろ盾すらないようでは、とっ捕まったら問答無用で死刑執行なのだけど、

 死体さえ見つからなければ、罪に問われることはない。


 ダンジョンで朽ち果てた人間の死体は残らない。

 誰かが観察記録をつけたわけではないのだけれど、

 多分魔物の餌になっているのだろうと推測されている。

 殺して奪って、残った死体は捨て放題。

 要するにこの魔境は、奴らにとって都合のいい狩場というわけだ。


 いやらしく蠢く男たちを睨み付ける。

 こんな人間になりたいなんて思う奴は正気じゃない。

 しかし、まともであろうとなかろうと、生き残れば勝ち。

 それが、人外の領域であるダンジョンの掟。


 

 ☆



「……何か用?」


 危険地帯の代名詞とも言えるダンジョンで、オレのような年端もいかない小娘を袋小路に追い詰めてる時点で、

 ロクでもない用があるのは明白で、何を考えているかもお察しだけど。


「おいおい、いきなり逃げるこたぁないだろうよ」


 一番手前の大男が、笑いながら大げさに肩をすくめる。

 コイツが一段のリーダー格といったところか。よく見ると装備が多少マシだ。

 右目の眼帯と、頬に描かれた黒い蛇の入れ墨が不気味な印象を醸し出している。

 古傷だらけで不潔ではあるが、鍛えられた両腕の筋肉が隆起する。

 ついでに言えば血まみれでもある。

 誰の血かは、言うまでもない。少なくとも本人の血管から噴き出したものではなさそうだ。


「ハッ、ダンジョンでテメェの不細工な面に出くわしゃ、そりゃ逃げたくもなるってもんだろ?」


「ちげぇねぇ」


「何だとコラ、もういっぺん言ってみろ!」


「ヒャッハー!!」


 こちらを無視して内輪で盛り上がる男たち。

 自分たちの優位を疑わない様子。

 若干、キまっているのが混ざっている。


「お嬢ちゃん、こんなところに一人でいちゃあ、危ないなあ」


 歪な笑みを顔に浮かべて近づいてくる、リーダー格(仮)

 その手にはいかにも安物っぽいロングソードが握られている。

 赤い液体がべっとりついた抜き身のままで。

 言動不一致の生きた見本であった。


「何かの縁だ。安全なところまで案内してやるよ」


 男の視線がこちらの全身を舐めるように這いずり回り、後ろに控えていた残りの連中が通路に広がり退路を塞ぐ。

 予想通りの展開に、思わず息が漏れる。

 ……その有様で一体どこに案内しようというのやら。


――やらかしたなあ……


 心の中で嘆息する。

 ただでさえダンジョン探索には気を使う。

 危険な魔物やトラップがてんこ盛りなのだ。

 一身上の都合とはいえ単独で潜ることが多いオレは、基本的に誰かの助けを得ることは叶わず、

 向かい来る全ての災厄に自分自身で対応しなければならない。


 探索を続ければ続けるほど体力は失われ、精神的な余裕もなくなる。

 安全なポイントを確保して休憩回数を増やしたと言っても、所詮焼け石に水。

 結果としてオレは自分の想像よりもはるかに消耗していたらしい。

 多少の成功に浮かれ、不用意に危険地帯に足を突っ込んだ挙句、

 不意の遭遇に退路を見失い、人狩りに取り囲まれる程度には。


「それは有難い申し出だけど、あいにくお礼ができそうにない」


 口の端を吊り上げつつ、護衛は要らないと一応断っておく。

 まず有りえないけれども、きわめて微小な確率で本当に善意の申し出である可能性は否定できない。

 いや……まあ、多分ないとは思うけど。


 ダンジョンの最深部が何層なのかはいまだ不明のままだが、

 ここ三層からなら、撤退はそれほど難しくはない。

 何のトラブルも発生しなければ、護衛は不要というわけ。


 こちらの答えを予想していたらしく、一同は笑みを深める。

 舌なめずりの音まで聞こえてくる。


「なぁに、別に金は要らねぇさ」


「じゃあ、ただ働きってこと?」


 ただ働き。

 自分で口にしておいて何だが、実にブラックな響きだ。

 忌まわしい記憶が蘇り、言いようのない別種の不快感に表情筋が強張る。

 頭の奥に痛みが走り、思わず顔をしかめる。

 

「まさか、オレ達がそんなことするわけないだろうがよぉ」


 ガハハ、と男達が嗤う。

 見た目は残念だが、頭の中身は案外まともらしい。

 労働には対価が必要。基本はしっかり理解できていやがる。


「ちょっとサービスしてくれりゃいい。その可愛いお顔とカラダでよぉ!」


 くっちゃべっていた男だけでなく一同まとめて、こちらを威嚇するために武器を構える。


――正体あらわすの、早すぎ!


 ガタイのいい男が六人がかりで、年端のいかない少女一人を取り囲むシチュエーションで、

 男どもが要求することなんて、まあそんなもんだ。

 どこにでもあるような、あまりにもベタな展開。


「……アンタらの言いたいことは分からないでもない」


 一目見れば、女に縁がないってのは容易に想像がつく。

 人狩り稼業に精を出しているのなら、街の盛り場に足を踏み入れることも叶うまい。

 いつどこで自分たちを狙っている者と遭遇するか分かったものではないのだから。

 常習犯なら賞金がかかっているはずだし、怨みを持つ者も少なくなかろう。


 こんな連中がダンジョンに一人で潜っている年頃の女を見れば、

 千載一遇の機会とばかりに獣欲を発散させたくなるのも無理はない。

 周囲に人目がないとなれば、なおさらだ。

 その気持ち、本当によくわかる。

 実行に移すかどうかはともかくとして。


「ほぉ。話が早いじゃねぇか」


 会話に応じるふりをして、時間を稼ぐ。

 残された魔力と、習得している魔術を脳裏に思い描き、

 この手札で、いかにしてこの状況を切り抜けるかシミュレートを繰り返す。


――厳しい。二、三人ならともかく、六人ってのがなあ……


 一年ほど前に購入した樫の杖を向けても、相手が怯む様子がない。

 杖を掴む小さな手に力がこもる。

 

――コイツら、慣れてやがる。


 人間狩りに。

 こちらが魔術士だと分かっていても、この間合い、この戦力差ならどうとでもなる、と。

 間違っちゃいない。

 オレに十分な魔術があれば、接触した段階でドカンだ。

 魔術士ってのはそういうお仕事。

 そうなっていないということが意味する、この状況を正確に理解している。


――相手は六人、暗がりの袋小路に追い込まれて、探索のメインルートからは離れている。


 無言で現状確認を繰り返す。


「へっへっへっ、時間を稼ぎゃ~誰か助けに来てくれるかも、なんて思ってんのかなぁ?」


「こんなところに、助けなんかこねぇよ!」


「ヒィハアアアッ!!」


 おどけたような男たちの言葉。


――助けは来ない。誰も、ここには来ない。

 

「なあに、せっかくの魔術士様だ。アンタさえ良ければ正式に俺らのパーティに加えてやってもいいんだぜ」


「その前にオレ達のナニを咥えてもらうけどなぁ」


「「ひゃひゃひゃ」」


 オレの魔術では、対応できない。

 そう認識するや否や右手から力が抜け、樫の杖が床に落ちる。

 カラン、と空虚な音を立て杖が転がってゆく。


「……ヒュー、話が分かるじゃねぇか。んじゃ早速」


 その音に、ちょっと意外そうな顔をする男。

 いきなり武器を手放すとは思っていなかったのかもしれない。

 それでも、自分たちの優位を疑うことはないようで、

 舌なめずりしながら一団の頭が近づいてくる。

 空いた手で股間のあたりを擦りながら。


「でもお頭、魔術士は危なくねぇですかい?」 


 多くの人間の寝首を掻いてきたであろう人狩りらしい台詞。


「ん、ああ、そうだな。でも魔封じの首輪は高ぇしなあ」


「いいこと思いついた。金ならコイツを売れば大丈夫だぜぇ」


「ヒャッハー!!」


「バカ野郎! 売っちまったら奴隷にできねーだろうが!」


「それもそうだ。さっすがお頭は賢いなぁ!」


「しっかたねえ。こいつはヤったら殺っちまおう」


 癇に障る声、卑猥な冗談。

 圧倒的優位を確信している者特有の驕り。


 おそらく彼らは手練れなのだろう。

 だからこそ、意識から『とある可能性』が抜け落ちてしまっている。


 自分たちが『狩られる可能性』が。


―――来い!


 頭の中で念じると同時に、

 杖を失って自由になった手に重みが宿る。


 音もなく顕れたのは一冊の分厚い本。

 何かしら威圧感を憶えさせられる、金と銀で飾られた黒地の装丁。


「ひは? 本? どこから出した?」


 男たちの疑問を余所に、風にあおられたようにひとりでに開かれてゆく頁。

 その中から一枚の紙片を引き抜き、そして掲げる。

 紙のようで、木のようで、石のようで、金属のよう。

 しかし、そのいずれでもなく、形状は手のひらに収まるほどに小さくて薄い長方形。

 表面には色とりどりの絵柄が、裏面には本同様の装飾が。


――まるでカードだな。


 初めて見たときに、そんな感想を抱いたことを思い出す。

 連中は、オレの魔術では制圧できない。

 ならば、ほかの手段を用いればよいだけの話。

 

「な、それはッ」


 左手に握りしめたものを見た男たちの表情が驚愕に歪む。


「まさか……召喚術士だとォッ!」


 自らあげたその声に、驚愕を顔に貼りつける男たち。

 本能的な恐怖、そして畏怖。

 わずかにできたその隙に、肺一杯に酸素を吸い込み、そして叫ぶ。


「記されし万象の欠片よ、我ステラ=アルハザートの声を聴け! 我が命に従い、我が敵を討て!」


「口を塞げ! やっちまえッ!」


 襲いかかる男たち。

 振り下ろされる、鈍い鉄。


――だが、遅い!

 

 体内を巡る残り少ない魔力が握りしめたカードに集まって輝きを放ち、その中心がドクンと脈を打つ。


「バ――ッ」


 男たちの思惑よりも早く、切り札が発動する。


「出でよ――」


 自身の喉から発する、その高音域の声に呼応して脈動する紙片。

 輝きの中心、その小さな光の欠片がひときわ明るく輝き、純白の円と三角形を組み合わせた図形を描く。

 我が身の内側から魔力を吸って、虚空に『あちら』と『こちら』を繋ぐ『門』を形成する。


「『スライム』ッ!!」


 召喚の宣言とともに光の門の中心から半透明の物体が広がり、一面を埋め尽くした。


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