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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第26話 アールスの戦い その2


「静かなもんだ」


 がらんどうになった『緑の小鹿亭』のカウンターの奥で、

 市場で買い付けた野菜をザクザクと切り鍋に放り込みながら、

 ふと、そんなことを思う。


 未だ大剣を背負って息巻いていた頃、

 たまさか訪れたこの『緑の小鹿亭』の看板娘に一目ぼれ。

 何度も何度も拝み倒して、荒事稼業から足を洗って結婚。

 慣れない宿屋業に四苦八苦するうちに娘が生まれて、はや八年。


 毎日のように宿に泊まるかつての自分と似たような連中に囲まれ、

 数えてみればもう十年。

 朝晩の寝起きに、白髪交じりの頭を見て溜め息をつき、

 自分もすっかり『街の人間』になってしまったものだと、

 宿の客の元気な姿を見て、過去を懐かしむこともある。


 竈に火を起こし鍋を移して水をそそぐ。

 あとは焦げ付かないようにかき混ぜるだけ。

 先代から教わった唯一の料理であるシチューもどきは、

 入る野菜によってその日その日で味が変わる。


「……たまには肉も入れてみるか」


『金竜亭』のゴブリン掃討依頼を受けた連中の疲れ切った顔を思い出す。

 たとえ背後にいるのが領主とはいえ、大した金にもならず、

 自慢の腕を振るうにはあまりにも物足りない相手。

 そんな雑魚を連日探し回る作業は、もはや徒労に近い。

 多少はマシなものを腹に入れねば気力が持つまい。


 アニタという『金竜亭』の受付嬢は若いなりによくやっているとは思うのだが、

 自分から見れば無法者たちの性情を理解しているとは言えない。

 腕利き、荒くれ者、放浪者。

 様々な名でよばれる彼らは、いずれも社会からはじき出されたはぐれ者。

 己が腕を頼りに世界を相手に無謀な喧嘩を売り歩く変人の類。


 街の人間の大半は、彼らの目的を金だと考えている。

 それは間違ってはいない。人間は金がなければ生きられない。

 しかし、それは別に連中に限った話ではない。


 街の人間だって、役人だって、貴族だって、王様だって同じ。

 金は万人が求めるモノにすぎない。

 では、なぜ彼らが本当に求める物は何か。


――満ち足りないんだ。


 短くもない己の人生経験に照らし合わせれた結論。

 それは生活水準だったり、承認欲求だったり、あるいは言葉にならない心の飢え。

 繰り返される日常から足を踏み外して、己を満たすどこかへと向かう。

 自分自身、たったひとつ自由になるその身体を頼りにして。


 まだ若く、この街の外を知らない彼女は、そこのところが分かっていない。

 腕自慢の人間を顎で使ってゴブリンを追い立てさせるなんてのは、

 彼らの腕を安く見積もっていることの何よりの証左。


『お前たちなどゴブリンの追いまわしがせいぜいだ』


 などと見くびられては沽券に関わる。

 それでも彼らが黙々と従うのは、このアールスの街の特殊性ゆえ。

 近隣にダンジョンが発生しやすい土地柄と、

 ボーゲンと聖王国中枢を結ぶ交易都市としての性質。

 この二つを有するがゆえに、アールスは無法者にとって住みやすい街となる。


 ここに限らず街に拠点を構えようとするならば、

 必然的に住人や役人と揉め事を起こしてもロクなことにならないと、

 方々の街を旅して様々な経験を積んできた連中は理解している。

 

――そうでなければ、誰がこんな益体もない依頼を受けるものか。


「お父さん、今日おねぇちゃん帰ってくるかな?」


 卓を拭いていたパメラが不安げな声をあげる。

 パメラが『おねぇちゃん』と呼ぶ、桃色の髪を持つ少女ポラリス。

 未だ年端も行かない小娘ながら、この『緑の小鹿亭』の常宿の一人であり、

 貴重な魔術士の才能を持つ娘でもある。

 

――あれはおかしな娘だ。


 ウチのような宿に集まる連中は大抵どこかおかしなものだが、

 自身の半生を振り返ってみても、あれほど変な娘を見た記憶はない。

 本人の申告によれば齢十五とのことだが、

 話をそのまま信じるならば十歳の頃から旅を続けていることになる。

 それくらいからこの世界に足を踏み入れる子供はいるが、それはせいぜい街の中の話。

 放浪者としては明らかに年齢がおかしい。若すぎる。


 年頃の少女らしく見栄えに気を使うようでいて言動はがさつの一言。

 ときおり貴族かと思わせるような気品を見せる一方で、自分の作った安い飯を美味そうに食う。

 金勘定にはうるさいくせに、知識人にとって貴重な財産であるはずの文字や計算を娘のパメラにほとんどタダで教えてくれている。

 常に周囲に気を配り他者との間に壁を作るところもあるが、

 それはこの稼業の人間ならば誰でも似たり寄ったりだ。


 拾って飯を食わせてやって、同じくひとり仕事の多かったハーフエルフのリデルをつけてやって。

 当初は頼りない部分が多かったが、経験を積むにつれて年齢以上の実力を身につけつつある。 

 昔は誰かのパーティに臨時で加わるように勧めていたが、当人はあまり気乗りする風ではなく。

 単独でダンジョンに潜り、そして無事帰還する。まあ、比較的浅い層で活動しているようだが。

 最近は黒いケットシ―と組むようになり、安心すればよいのか不安に思えばよいのか、ますます分からなくなっていく。


 美貌、知性、そして魔力。

 常人が一生かかっても手に入らないものを両手いっぱいに抱えている少女。

 あれほど使える魔術士ならば、その日暮らしの無法者に身をやつす必要はない。

 三年ほど前にボロ布にくるまって宿の前に転がっていたのを拾ったのが縁の始まりだが、

 あの小娘がいったい何をどうすれば、そんな有様になるのか想像もつかない。

 

――いちいち過去を詮索しないのがこの界隈の掟とはいえ……


 ポラリスには奇妙な点が多い。

 そして、そういう人間は得てしてトラブルを引きつける性質を持つ。

 短くない放浪人生の中で、彼女ほどではないものの似たような人間を見てきたのだ。

 おそらく、危険な存在なのだろう。

 長い旅を経てようやく手に入れたこの安息の地に招き入れるには、

 相応しくない素性を隠しているように思えてならない。

 それでも――


「らしくねぇな」


「おとうさん?」


 日頃考えもしない、考えようとしない事ばかりが頭をよぎる。

 今日はどうにも朝から落ち着かない。

 頭の中が妙に冴えて、しかし心臓が爆発しそうに跳ね廻る。

 荒事稼業に身をやつしていた頃に幾度となく似たような経験をした記憶がよみがえる。


――コイツぁ……


 この感覚はポラリスとは関係ない。

 何かがおかしい。

 懐かしくも忌まわしい感覚が、

 危険を囁きかけてくる。

 

「おい、おまえ!」


「何だいアンタ、血相を変えて」


 現役を退いてはや十年。

 しかし、いまだ勘は衰えず。


「外の様子がおかしい、パメラを連れて――」


 言い終わるよりも早く、声をかき消すような悲鳴が大通りから。

 ついで、日頃のアールスでは決してありえない怒号と、そして――


『ご、ゴブリンだッ!!』


『ゴブリン、何でこんなところに!?』


『いやっ、助けて、助けてぇ!!』


 辛うじて聞き取れた声はアールスの危機を端的に示している。

 街が、ゴブリンに襲われている。


――武器、武器がいる!


 一瞬で思考が戦闘状態に切り替わる。

 腕利きとして鳴らしてきた経験ゆえに混乱に陥ることはなく、

 しかし改めて周囲を見回して愕然とする。

 

 武器が、ない。


 当たり前だ。ここは宿屋の厨房で、肉を捌くことがあろうとも、

 魔物を叩っ斬るような武器の類は存在しない。

 かつての相棒だった大剣は、引退とともにともに当時の仲間に託していた。


「お、おとうさん……」


 涙を浮かべて震える娘と、すがるような瞳の妻。

 二人は生まれてこの方アールスを出たことがない、生粋の『街の人間』だ。

 ゴブリンという名の魔物を聞き知ってはいても、その本性を理解しているわけではない。

 宿の客の言葉をそのまま信じているのなら、ゴブリンを弱い魔物と勘違いしていてもおかしくはない。

 あれは、この宿に集う腕利きだからこその言葉。

 荒事知らずの一般人にとっては、明確な敵意を持って襲いかかるゴブリンは紛れもない脅威に他ならない。

 

 自分は、もう放浪者ではない。

 この街に根を下ろした一人の人間。

 妻と娘。大事な宝を授かった。

 なんとしても守らねばならない。


「大丈夫だ、お父さんに任せろ!」


 右手に包丁を、左手に鍋を掴み、

 のそりとカウンターから抜け出した。

 頼りない、あまりにか弱い両手の得物。

 十年の街暮らしで衰えた身体は、かつてのようには動くまい。

 それでも、心はかつてないほどに高揚し、燃え上がっている。


――俺には、護らなければならないものが、有る!


 街の人間としての十年という時間は、己に妻と娘というかけがえのない宝を与え、

 そして、かつて傭兵として名をはせた自分から鍛え上げていた筋力と体力を奪っていった。

 宿を訪れるものが誰もが目を見張るこの巨体も、かつてのように力強くもなければ俊敏でもない。


 宿の窓をすべて閉め、食堂に明かりを灯して家族三人で立て籠もった。

 二人を守らなければならないから、外に出て戦うことはできない。

 窓を閉め切った部屋は昼間というのに薄暗い。

 闇は魔物の領分だ。だから明かりを絶やすことはできない。


――明かりを消した方が、よいかもしれない。


 この家に誰もいないとゴブリンが勘違いしてくれれば無用の戦いを避ける事ができる。

 そこまで思考が至ったにもかかわらず明かりを灯したのは、

 かつての自分の流儀に従ったから。

 平和を謳歌する街の人間ではなく、暴力に活路を求める無法者の流儀に。

 ゴブリンのような小物相手なら、視界さえ自由であれば早々遅れは取らないはずだ、と。


――囲まれた。


 木造建築の『緑の小鹿亭』の壁は薄い。

 たとえナマクラになろうとも、かつて斬った張ったの世界で生きてきた自分には、

 周囲の気配を読むことくらいはできる。

 ましてや相手が最下級の魔物であるゴブリンともなれば。


 ドンドンと扉が叩かれる。

 客がノックするのとは全く異なる音。

 そう、まるで大きな石をぶつけるような、鈍い音。

 やや高めに設置されている窓が狙われている風ではない。

 小柄なゴブリンでは、手が届かないのだろう。


「おとうさん……」


 普通の子供だったら泣きわめいてもおかしくはないこの状況で、

 パメラは気丈にも涙をこらえて、しかしその瞳は潤み身体は震えている。


「大丈夫だ。お前たちは何があっても絶対に守る」


 肩を抱く手に力がこもる。

 しかし、これから戦場になるであろうこの場に二人を置くわけにはいかない。

 溢れそうになる涙を指で掬ってやって、隣の隠し部屋に身を潜めるよう言葉を続ける。


 荒くれ者が集う宿で手伝いをさせてはいるが、娘には荒事とは無縁に育ってほしかった。

 幸い客は客で変に行儀のいい連中だらけで、

 上品とは言い難いものの自分の意図を組んでくれていたように思う。

 冗談を口にすることはあっても、娘にその手の話を聞かせないようにしてくれていた。


 それが、こんな形で破られることになろうとは。

 父親である自分が、魔物を屠る姿を間近で見せることになろうとは。

 それでも、何もしないという選択肢はない。

 ゴブリンたちに、みすみす全てを明け渡すなどということは、あってはならない。


 木製の扉を叩く音に、ミシミシと木が裂ける音が混ざる。

 もう、限界だ。

 右手の包丁は、護身用の短剣よりも心細い代物で、

 左手の鍋は、盾として役に立つのかも疑わしい。


 けたたましい叫び声とともに扉が破られ、忌まわしい小人――緑灰色のゴブリンたち――が自分の城に乱入する。


「うおおオオッ!!」


 自らを鼓舞するとともに傍の椅子を投げつけ、後を追う様にゴブリンに突進する。

 木を組み合わせた椅子は石斧に砕かれたものの、包丁を喉に突き立てることに成功。

 臭く汚い液体を撒き散らかすゴブリンを入り口に蹴り飛ばし、次の獲物に襲いかかる。


――今日だけでいい、今だけでいい、かつてのオレの力を!


 迫りくるゴブリンを屠っては投げ、叩き潰しては蹴り飛ばす。

『緑の小鹿亭』の存亡を賭けた戦の始まりであった。


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