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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第22話 動員 その1


「雨だにゃ~」


 憂鬱げなクロの声に窓の外を見てみれば、しとしとと雨が降り続き街を濡らしている。

 わざわざ気にかけるほどではないけれど、どこかへ行くには煩わしい、そんな雨。


「雨だなぁ」


 一階床の掃き掃除をしているクロに、こちらもまたうんざりした声を返す。

 あの馬車を護衛した日から数日が経ったけど、街の方では『ドラゴンを使役する召喚術士様』の話題でいっぱい。


『ドラゴン=強い=依頼成功』という公式が依頼者たちの頭に出来上がったらしく、

 魔物討伐系の仕事が『金竜亭』にクライトスを名指しでドサドサ押し寄せて、

 連中が次に受ける依頼を『選んでやっている』ところらしい。


 クライトスを待つくらいなら、他の連中に受けてもらった方が早いはずなのだけれども、

 依頼する側には依頼する側の考え方というものがあるのだろう。

 おかげでその手の荒事を請け負っていた連中があぶれて、ぶうぶう文句を言うのが日課になっている。

 

――どうせドラゴンなんて頻繁に呼べるもんじゃなかろうに。


 召喚術士にしかわからない裏事情なので、わざわざ口にはしないけれど。


 おやっさんは宿の組合の会合に朝から出向いていて、昼を過ぎても戻ってこない。

 一階にはオレ達以外にも常客がたむろしていて、それぞれにカードやサイコロ遊戯に興じていたり、

 腹をすかせた連中は非常食をくちゃくちゃ言わせながら、所在なさげに虚空に視線を彷徨わせている。

 控えめに言ってダメな大人の見本市である。


 そんな湿っぽい部屋でクロは日課の掃除に精を出し、


「お、と、う、さ、ん……ポラリスお姉ちゃん、これでいい?」


 オレの目の前で一文字ずつ口に出しながら粘土板に文字を刻むパメラ。


「ん~、見せてみ……おお~~上手くなったな、パメラ」


 テーブル越しに頭をなでてやると、まだ八歳の少女は花のような笑顔を浮かべる。


 パメラに読み書き計算を教えるのは、この宿に世話になり始めた当初からの仕事の一つ。

 まだ非力なせいでおやっさんから仕事が貰えず、そして宿に泊めてもらう金も稼げなかった頃に、

 宿代の代わりにと提案された仕事が、その後もずっと習慣として続いている。


 最初はたかが文字くらいと割と簡単に考えていたものだけど、

 自分で勉強するのと他人に教えるのはまるで違う。

 できないからと言って頭ごなしに怒ればいいというものでもなく、

 かといって甘々にやるのもよくない。


 これまでの記憶と経験を総動員しつつ、あんまりパメラを苦しめないように少しずつ。

 勉強を辛く苦しいものだと思い込ませてしまっては本末転倒。

 人に物を教えるのってホント難しい。

 何事もやってみないと分からないことというのはあるものだ。

 オレに色々教えてくれた数多の教師たちに、あらためて感謝。


――そういえば、リデルがいねぇな。


 パメラが再び粘土板に戻ったので、ふと周りを見回すも、

 だらけた大人たちの中に銀髪のハーフエルフの姿はない。


 あの日、酒に酔って正体をなくしていた姿を思い出す。

 気の乗らない仕事と言っていたけれども、こんな雨の日にまで宿にいないなんて、一体何をやっているのだろう?

 マナー違反だから聞かないが、気になるところではある。


 オレやクロだけでなく、宿のほかの連中のように、雨の日に好き好んで仕事をする奴というのはあまりいない。

 単純にめんどくさいとかやる気が出ないというのもあるが(大人としてどうかと思わなくもない)、

 雨に濡れれば気力も体力を奪われるし、それが原因で失敗したら元も子もない。下手をしたら命に係わる。


 そして無事に戻ってこられても、やはり数日は体調が戻らないし、荷物だって湿気を取らなければ使用できないものもある。

 労力に比して儲けが少ない、というのが一般的な見解と言ってもいいだろう。


「戻ったぞ……何だお前らは、しゃっきりしろ!」


 閉じられていたドアがギシギシと音を立てて開き、聞き慣れた声とともにクマのような巨体が滑り込んでくる。

 雨の中、寄合から戻ってきたおやっさんが、一階の腑抜けた連中に喝を入れる。

 奥から出てきた女将さんから手渡された渇いた布で雨を拭いながら、いつものようにカウンターに入る。


「しかしよう、おやっさん」


 この有様じゃ腐っちまうよ。

 そう続けようとした男を遮り、おやっさんが先に口を開く。


「……仕事の話だ」


「ほう」


 瞬間、弛緩しきっていた一階の空気が豹変し、チマチマと文字を綴っていたパメラが『ひゃっ』っと飛び跳ねる。


「お前ら、娘をビビらせんじゃねぇ」


「あっ……はい」


 ひと際凄むおやっさん。恐縮する面々。


 ……理不尽じゃね?

 口にこそ出さないが、その場にいた皆の心が一つになった。



 ☆



「ゴブリン退治だ」


 食堂に集まった面々の前で厳かに語られる依頼内容。

 そして、いきなりやる気を失う一同。オレ達含む。


「はい、かいさ~ん」


 部屋に戻りかける者、テーブルでサイコロを振り直す者、その場で突っ伏す者。

 態度はそれぞれ異なるけれど、持ち上げられて突き落とされて、やる気が地面にめり込んでしまった。


 あわてて話を続けるおやっさん。


「もうちっと話を聞いてくれ」


『頼むから』と頭を下げて、

 濁った瞳で離れようとする連中を押さえる。


 ことの発端はオレ達が遭遇したゴブリンの一団だった。

 交易で発展してきたアールスでは、定期的に騎士団による魔物駆除、通称『街道掃除』が行われている。

 荒事稼業の人間にとっては取るに足らないゴブリンであっても、戦闘手段を持たない人間にとっては十分な脅威であり、

 そして領民や街道の安全確保のために骨を折るのは領主の仕事。

 今回はその役目がオレ達に課されることになったということ。


「そういうのは騎士団の仕事じゃねぇのか?」


 案の定、集まった連中の中から口々に質問が飛ぶ。

 騎士団は民の税金であがなわれている領主固有の戦力。

 領地のため、領民のために剣を執る存在である。

 

「まあ、そりゃそうなんだがな」


 ため息をつくおやっさん。

 そもそも宿屋の寄り合いに顔を出してきただけなのに、何でこんなことになるのだろうという疑問がわくが。


「いっそ『金竜亭』がまとめてやれよ、そんなの」


 行政府と『金竜亭』の関係は、この業界の人間にとっては周知の事実。

 そういう意見が出るのも必然と言ってもいい。


「行政府から依頼を受けたのは『金竜亭』だ」


 話によると、寄り合いの場でこの話を持ち出したのは『金竜亭』とのこと。

 わざわざそんなことを言い出したということは、そのバックにはアールスの行政府の意向が働いているわけで。

 要するに行政府は『金竜亭』を介して雑魚掃除に街中の荒事稼業を使い倒す腹積もりらしい。

 おやっさんは言葉を濁していたけれど、話をまとめるとそう考えざるを得ない。


「何じゃそら」


 オレら孫請けかよ!

 世知辛すぎる。

 どこでどれだけピンハネされてるか分かったもんじゃねぇな。


「そういうの、一度受けるとこれからずっとこっちに回されるんじゃねぇの?」


 思わず口を付いて出た言葉に、おやっさんが苦い顔をする。

 言われなくても分かっている、ということか。

 表に出てこないからと言って、一介の市民が行政府に逆らうことができるはずもなく。


「不満があることは分かってるつもりだ。だが、ここは一つ頼む」


 もう一度、深く深く頭を下げるおやっさん。

 互いに様子を窺う常客たち。

 ややあって、


「まあ、しょうがない。おやっさんのためだ」


「街の連中や『金竜亭』はともかく、おやっさんにカッコいいとこ見せとこうかね」


「そうだな」


 これも日々築き上げてきた人徳のおかげだろう、腕自慢の荒くれたちが頷き互いに笑い合う。

 儲からないとは分かっていても、自分たちの誇りが傷つけられると分かっていても、

 今までおやっさんの世話になってきた身であることには変わりなく、

 隙あらば恩返しを考えることも変わりはない。


「すまんな、みんな」


「そういうことは言いっこなしってことでひとつ」


「たまには初心に帰ってゴブリン退治ってのも悪くはない」


 おう。

 そこら中で上がる軽い応酬。

 別に甘く見ているわけではない。

 自分たちの実力と依頼の難易度を適正に評価した結果だ。


「おうポラリス、ゴブリンの倒し方教えてやろうか?」


「ゴブリンくらい倒せるっつーの。なめんな!」


 頭をかき回すグレッグの腕を力いっぱい払いのける。


「……吾輩を蹴り飛ばす以外の方法でお願いするニャ」


 床に向かってポツリと呟くクロ。


「……意外と苦労してんな、お前さん」


 いや、クロに頼らなくてもゴブリンくらい倒せるから。

 変な風評を広めるのはよしてくれ、マジで。

 ほら、オレってデリケートだから!

 な!

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