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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第21話 南街道にて その5


「ごしゅじ~ん?」


 足元から問いかけてくるクロの身体が、

 ふわりと浮いてベッドに横たわるオレと天井の間に固定。

 両脚に挟まれたまま、オレの腹筋の力でゆっくりとベッドに戻る。


「ごしゅじぃ~~ん?」


 また先ほどと同様に宙に浮き、今度は左右に振られる黒い毛玉。


「……何やってるにゃ、さっきから」


「ん~、体操?」


『さいでっか』との生返事に『もうちょい付き合え』とひと言だけ。

 答えも聞かないままにクロの身体を、下半身の力だけで上下左右に振り回す。

 両脚でクロを弄ぶ間は、ただひたすらに無言で。

 思い出されるのは衝撃的な昼間の一幕。


 あのドラゴン騒動の後は、特にこれといったトラブルもなく、

 オレ達は誰ひとり欠けることなく、無事にアールスの街に帰還することができた。

 道中でクライトスの武勇伝とやらを散々聞かされることになった以外は、何の問題もない。

 ……わざわざ馬車の奥に引っ込んでいたオレにまで聞こえるよう、

 奴がデカい声を張り上げていたのが耳障りだったけれど。


 宿に戻った後はいつもどおり。

 身体を洗って飯を食って、クロに冷やした酒を奢ってご機嫌を取り、自室に帰還して今に至る。

 その間も、どこか呆けていたような自覚がある。

 今も、なお――あの光景が忘れられない。


――しっかし、なあ……


 連中の語った内容は殆ど忘却の彼方――というか、最初からまともに聞いていなかった――だが、

 いつまでも心の中に残り続けるのは、ドラゴンの姿と咆哮。


 美しい翠の鱗に覆われた、見上げるほどの雄々しい巨体。

 大きく広げられたド迫力の翼。

 鋭く輝く牙と、炎を漏らす大きな口。


 暴力を純粋に美しいモノとして表現しつくしたかのような、その身体に巻き付く赤い光。

 召喚術士が魔物を強制的に支配し、使役するための制約と痛苦の縛鎖。


――あれは、あの竜には相応しくない。


 あれほどの存在を天から引きずり落とし、地に貶めそして人に隷属させるための禍々しい意思の顕れ。

 召喚術士という存在に与えられた、傲慢の象徴。


 あの、あらゆる負の感情をないまぜにした昏き咆哮が耳から消えない。

 心の奥底に刻み込まれて、ふとした時に思い出されて全身を震わせる。


――オレだったら……


 あのドラゴンと契約するのが、クライトスではなく自分だったらなどという想像。

 そのあまりにも荒唐無稽で、そして魅力的な夢にどれほどの間浸っていたのだろう。


「ご~しゅ~じ~ん」


 頭上からの声に正気に返るや否や、自分の妄想が気恥ずかしくなって動揺。

 思わずクロを足の間から落としてしまい、身体でキャッチするはめに。


「ご主人の体操には付き合うけど、気を抜いてはいかんにゃ」


「悪い。考えごとしてた」


 しっかりするにゃ。

 ため息をついて、寝台の明かりを消すクロ。

 そのまま枕もとで丸くなって酒臭い寝息を立てる姿を横目に、

 真っ暗になった部屋の中、ひたすら愚にもつかない思いを胸に眠りについた。

 クロに足元に行くよう声をかけることすら忘れて。



 ☆



「眠れない……」


 横ですやすや寝息を立てているクロがちょっとうらやましい。

 

――こういう時って、無理に眠ろうとするとドツボにハマるよな……


 強引に眠るのを諦め、気分転換に少し歩くことにする。

 時間はもう夜中のようだが、宿の中にいる分には問題ないだろう。


 クロを起こさないように注意しながらベッドから降りて部屋を出る。

 歩くたびにギシギシとなる廊下をゆっくりと歩いて階段に近づくと、


「あれ?」


 辺りがほの明るくて少し驚かされる。

 一階にはまだ明かりがついているようだ。

 こんな時間までまだ営業しているのだろうか。

 明日の仕込みもあるだろうに、おやっさんも大変だな。


 覗き込むように手すりから身を乗り出すと、カウンターに突っ伏している布の塊と、

 その前で口を固く結んだまま食器を拭くおやっさんの姿が視界に入る。


 そっと一階に降りていくと、カウンターの布から銀色の髪がはみ出ているのに気づく。


 リデルだ。そういえば、ここ最近姿を見てなかった。


 相変わらず皿を洗い続けるおやっさんに目をやると、力なく首を横に振る。

 うつぶせになっているリデルに近づいても起きる気配がない。

 

「お~い、リデル?」


 小声で呼びながら身体を揺すると、

 う~んと唸りながら起き上がり、

 オレを無視して酒杯を口に近づける。


「しっかりしろよ、リデル」


「……ポラリス?」


 ろれつの回らない、力の入らない吐息のような声。

 リデルに酒というと、先日の二日酔いに苦しんでいた姿が思い浮かぶ。

 何となくあの時よりも状態が酷いように見える。


「あんまり飲みすぎない方がいいんじゃねーの?」


 こちらの声が聞こえないかのように、続けて酒を喉に流し込む。


「ポラリス」


 いつの間にか、おやっさんがカウンター越しに椀をおいてくれる。

 席について中身を除けば、温めたミルクのようだ。


「……眠れんのか」


「まあ、今日はいろいろあって。ちょっとさ……」


「話は聞いているが、大変だったな」


 そういう時はなかなか眠れないものだ。

 髭の間から漏れる言葉は、おやっさんの経験からくるものだろうか。


「それより、リデルは……」


「さあ……戻ってきてから、ずっとこの調子だ」


 延々と杯を傾けるリデルに辟易したかのように溜め息一つ。


「リデル、なんかあったのか?」


 しつこくなり過ぎないよう、あまり刺激すぎないよう注意しながら声をかけると、


「……仕事が、ちょっとね」


 億劫そうなリデルの声。

 少し低くて、酒精に濁った湿っぽい声。


「上手く行ってないのか?」


「そうじゃないんだけど、あまり気が乗らなくて……」


 働かざるもの食うべからずとはいえ、

 案件を引き受ける上で自身の信条にそぐわない行為を強制されることはある。

 そういう時にどう対応するかも、経験のうち。

 リデルは、己を殺して職務を遂行するタイプなのだろうか。

 今の今まであまり気にしたことがなかった。


「じゃあさ、仕事終わったらどっか行かないか?」


 パーッと打ち上げってことで。

 どこかの森の中でのんびりキャンプするのもいい。

 仕事やお金のことは忘れて心の休養を取るのも、とても大切。

 心を損ねてしまっては、いくら金を稼いでも台無しだ。


「……子どものくせに、大人みたいなことを言う」


 リデルが呆れたようにつぶやく。


「いや、オレ大人だし」


「どこが?」


 ついさっきまでぼんやりしてたくせに、こんな時だけ反応が早い。


「どこって、全部。どこからどう見ても大人じゃん、オレ」


 プッ。

 抗弁するオレの姿に、思わず吹き出すリデル。

 ……とりあえず、笑えるなら大丈夫か?


「はいはい、そうだねー」


「何だよ、その言い方」


 桃色の髪を梳くように頭を撫でるリデルの手。

 その感触にしばしされるが儘に時が過ぎ、


「頑固な父親に、おせっかいな妹。家族ってこういう感じなのかな?」


「リデル?」


 どこか遠くに視線を投げながら、囁くリデル。

 その儚さに、心臓がキュッと締まる。

 でも、それはほんの一瞬のことで、


「そうだね、全部終わったらどこかに行くのも悪くない」


 オレの頭をポンポンと軽くたたいてから立ち上がる。

 酒に酔っているせいか若干ふらついたものの、

 オレとおやっさんが見守る前で無事体勢を立て直したリデルは、

『ありがとう』と一言残して自室へと引き上げていった。


「すまんな、ポラリス」


「や、別に良いってことよ」


 すっかり温くなってしまったミルクを喉に流し込みながら考える。

 オレの知っているリデルは、冷静で落ち着いた仕事のできる女という印象だけども、

 そんな彼女でも、愚痴を行ったり酒に溺れたくなる日があるのだということを。


――本当に大丈夫なんだろうか?


 これまで『強い姉』のイメージだったリデルだったけれど、

 先ほどのようなの弱い姿を見てしまった以上、

 注意しておくに越したことはない。

 おせっかいかもしれないが、それも『家族』の役目だろう。


「おやっさん、ごちそーさま」


「おう」


 ミルクを飲み干して『お休み』と一声。

 慎重に階段を登り自室に戻る。

 ベッドのど真ん中を占拠していたクロを脇にどけて、

 空いたスペースに身体を横たえ、目を閉じる。


 おやっさんに奢ってもらったミルクのおかげか、

 幸い睡魔はすぐに忍び寄ってきて、オレの意識を夢の世界に連れて行ってくれた。

次回から「動員」始まります。

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