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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第19話 南街道にて その3


「いや、危ないところを助けられた」


 ホブゴブリンを退治していた熟練の剣士ヒゲが丁寧に感謝の意を述べてくれる。

 とは言え、、さっきから数えてもう四回目。

 ちょっとしつこい気がしなくもない。


「別に。ちょうど暇してたところだったし」


 結局あの後、魔力切れになったオレと神官の少女は馬車に乗せてもらい、

 護衛達に守られる形でアールスへの帰途を辿っているところ。


「ところで君たちはここで何を?」


「えーっと、その、ちょっと色々ありまして」


 普通の人間は、わざわざ魔物に会うために街を離れたりはしないもの。

『サーベルタイガーを探していました』などと素直に答えることができないので、言葉尻がどうしてもごにょごにょしてしまう。


「ま、まあ、細かいことは置いときましょうよ」


 ね? 

 我ながら胡散臭いと思いつつも笑顔を浮かべて切り返せば、

 助けてもらった恩を感じているらしい剣士は、

 追及を諦めてそれ以上突っ込んでこなかった。よかった。


 ホッと一息つきながら、視線を下に送ると膝の上に巨大な黒毛玉。

 丸まってプイっとあらぬ方向を向いているクロの頭に置いた手を左右に動かすと、ふさふさの黒毛が指に絡まる。

『一番頑張ったの吾輩にゃ』とブチブチぼやくその頭をなるたけ優しく撫でながら、悪かったとか頑張ったなとか宥めすかす。

 事実だとは言え、こうしていると猫そのものにしか見えない。言わないけど。


 かつて『金竜亭』でクロを侮っていた二人も、ゴブリン相手に猫もとい獅子奮迅の活躍を見せた今、

 心を入れ替えて素直に頭を下げ、クロも気にしていないと鷹揚に笑いかけた。

 ……オレに蹴られたことはずっと根に持ってるくせに。


 赤毛の剣士がライルで相棒の女斥候がシャリ。神官エミリア。

 故あってパーティを組み一旗挙げんとする彼らは、

 ゴブリン退治の際に痛い目に遭ったらしく、その後は『金竜亭』の年長者に教えを請うているという。

 今回は旧知の行商人の護衛としてボーゲンに向かい、今はその帰りだそうだ。


「あの時は本当にゴメン」


 ゴブリンを殲滅した直後に頭を下げたシャリ。

 続いておずおずと習う二人。


「別にいいって」


 特段気にしていない。

 誰だって機嫌の悪い日ぐらいあるだろ、と返すと、

 あからさまに表情を緩めた。

 それはさすがにホッとしすぎだ。

 そして――


「で、ちょっと聞きたいんだけど」


 昨日のアレは何だったのというくらい馴れ馴れしく距離を詰めてくるシャリ。


「うん?」


「さっきホブゴブリンに投げたあれ、何が入ってたの?」

 

 さすが斥候、目ざとい。好奇心旺盛な人間は伸びると思う。

 一歩間違うと死ぬけど。

 まあ、今回のは別に隠すほどのもんでもないからいいかな。


「薪割りの時に出た木屑を乾かして詰めただけだよ」


 着火は魔術でするとしても、延焼まで魔術に頼る必要はない。

 本当は油があると良いんだけど、毎回ぶん投げてたら金が溶けるので我慢。


「なるほど、そんな手があるんだ」


「使えるものは何でも使えばいいと思うぜ」


 ただし財布が許す限り。

 そう答えると、だよねと笑う。

 若手の懐事情なんて、大体どこも似たようなものだ。


 出会いは決して良いものではなかったけれど、こうして話してみれば悪い相手ではない。

 人付き合いってのは難しいもんだな、と改めて思う。

 日々これ学びの毎日だ。


 そんなのんびりした帰路を遮ったのは、オレの膝の上で丸まっていたクロ。

 穏やかな顔つきでだらけていたところ、急に耳をピンと尖らせて、

 落ち着かなさげに周囲の様子を窺い始める。

 頭を撫でていた指先から、かすかに震えが伝わってくる。


「どうした、クロ」


「……よくわからんニャが、様子がおかしくないかニャ?」


「え?」


 緊張した黒猫の言葉に他の面子も口を閉じ、周囲に視線を走らせる。


「確かに、普段の森はもう少し騒がしい気がしますねぇ」


 様々な土地を渡り歩いている行商人の声が、やけに響く。


――静かすぎる?


 異常を指摘されてみると、途端に首筋がチリチリする。

 森全体が何者かの機嫌を窺っているような、息詰まる奇妙な沈黙。

 この感覚、ロクな予感がしない。


「あ、まだ寝てないと」


 慌てるエミリアを横目に纏めていた荷物からポーチを引っ張り、

 中から緊急用の魔力回復薬(激苦)を引っ張り出して口に含む。


「ふぐっ」


「大丈夫!?」


「……ためらわず飲みましたね……」


 エミリアがどうでもいいところに驚いている。

 泣きたくなるような苦味とエグみのツープラトンを気合で耐えて身を起こす。


「クロの言うとおり、様子がおかしい」


 こういうときは、動ける人間は一人でも多い方がいい。

 魔力切れとか勿体ないとか言っている場合ではない、と勘が告げる。

 下手をすると命が危うい。

 

「……わかった。しかし、君は万全とは言い難い。もうしばらく馬車で休んでいてくれ」


「ああ、言われなくともそのつもり」


 髭の剣士は年配だけあってオレよりも修羅場をくぐってきているのだろう。

 既に剣を抜いて腰を軽く落としながら、臨戦態勢を整えている。

 

 馬車を止めることなく、周囲に対する警戒を解くこともなく、

 静かな重圧に耐えるように進むこと暫し、ついにその時が、来た。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


「な、なに? 何なの?」


 突如森に響き渡る凄まじい絶叫に、静寂の海に沈み切っていた森は一気に沸き立ち、

 荒れ狂う嵐のような狂騒が場を支配する。


 飛び立つ鳥。

 逃げ惑う獣。

 へし折れ、倒壊する木々。

 ズシン、ズシンと大地を揺らす足音。

 そして……何かがこちらにやってくる圧倒的なまでの気配!


「馬車は!」


「だ、ダメだ! 馬が言うことをきかん!」


 行商人さんは馬が暴走しないようになだめるのに必死で、とても逃走するという選択肢を選べそうな状況ではない。

 最初に異変に気付いた段階で一気に走り去るという手に気付かなかったのは大きな失策。


「……東からだ」


「くっ、エミリア! 守護の奇跡を!」


「わわわわわ、わ、分かりました!」


 咆哮にパニクっていたエミリアはライルの言葉に己を取り戻し、

 守護の奇跡――防御用の神術――を展開する。

 瞬く間に護衛一人ひとりの前に薄い光のヴェールが展開される。


「来る! みんな構えろ!」


 オッサンが叫ぶ。

 オレも体調がどうこうなんて言っていられない。

 右手に杖を掴んでクロと一緒に馬車から飛び降りる。

 

――何かが来る。とんでもない何かだ。でも……


 おかしい。あり得ないと言ってもいい。

 これほどのプレッシャーを放つ魔物が街の近くにいるとなれば必ず噂になるし、

 ことと次第によっては行政府から討伐依頼が回されるはず。

 そうすれば『金竜亭』をはじめとした各宿のエースたちがこぞって森に大挙して、

 時を置かずに処理される。それが『普通』


 さっきオッサンは『東から』と言った。

 アールスの東は魔力溜まりの危険地帯だから、ダンジョンよろしく唐突に強力な魔物が発生することはあるのかもしれないが、

 何でもかんでも魔力のせいにするのは、アールス住まいの悪い癖。


――この途方もない『何か』は、突然現れた。


 ……自分をごまかすのは止めよう。

 オレは『この現象』をよく知っている。

 知らず、唾を飲み込む。

 抱きしめた己の身体が震えている。

 

 次の瞬間、それはオレ達の前に姿を現した。

 

『絶望』とともに。

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