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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第1話 深き闇の底で その1

 ちょいとそこ行くみなさま方、こんな話はご存じカシラ?



 ★



 大陸の東を治める帝国のある家に、とてもとても可愛らしいお姫様がおりました。

 春を思わせる桃色の髪、夜明けの空の瞳、新雪よりもなお白い肌。

 お姫様を褒め称える言葉は枚挙にいとまがありません。

 

 しかもこのお姫様、ただ美しいだけじゃございません。

 なんと、お姫様はこの世に生まれたその日から、胸に小さな『本』を抱えていたのです。


『万象の書』


 かつてこの世に降り立った神様が人間に与えた奇跡の力。

 魔物を支配し、使役し、召喚する力、すなわち召喚術を統べる本。

 神代を過ぎて幾星霜、今となっては生まれ持つ者も少ない奇跡の才能の証。


 稀なる血筋に産まれた稀なる力を持つお姫様に、

 お父様とお母様はたいそう喜びました。


 お姫様はたくさんの人々に見守られながらすくすくと育ちましたが、

 年を追うごとに、しばしば窓の傍に立って遠くの空を見つめては、


「どうしてこうなった」


 などと歳に似合わぬしかめ面で口から零しては、

 傍に仕える者たちをくすくすと笑わせておりました。

 だって……その声もお姿も、とっても可愛らしかったものですから。



 ★



 さて、お姫様が齢十を数える頃、お父様は娘のために国一番の縁談を調えます。

 相手はなんと皇子様! お姫様は未来のお后様になるのです!


 お父様やお母様だけでなく、皇帝陛下も皇子様もみんなにっこり。

 縁談を耳にした者たちは、誰もが満面の笑みを浮かべて万歳三唱。

 帝国の未来は安泰、お姫様もみんなも幸せ……のはずだったのに。

 

「私は城に飾られる花よりも、空を舞う風になりたい。この胸には荒野を征く翼があるのだから」

 

 やだ、お姫様カッコいい……じゃなくって、なんということでしょう!

『万象の書』を胸に抱えたお姫様は周りのみんなを放り出し、

 屋敷の外に広がる世界へ、自由を求めてひとり旅立ってしまいました。

 これにはお父様やお母様だけでなく、国のみんながびっくり仰天!


「どうしてこうなった!?」


 お姫様を連れ戻すため、国中にお触れ書きが貼り出され、

 たくさんの兵士たちがお姫様を探すために東奔西走。

 ほんの僅かな情報にさえ金貨が飛び交う大混乱! まさに特需……ゲフンゲフン。


 それでも――お姫様は見つかりません。


 お姫様の名はステラ。ステラ=アルハザート。

 空の彼方に輝く星々の名を与えられた、すべてを手に入れるはずだったお姫様。

 帝都を飛び出し行方をくらまし早や数年。

 お姫様にかけられた懸賞金は年々増え続け――今や何と金貨百万枚!

 スゴイ! 平民どころか貴族でも人生が買えてしまいます!

 誰もが血眼になって探し求めるお姫様、その御姿は今いずこ?


 そこのア・ナ・タ、何かご存じじゃありませんか?


(某所にて、とある吟遊詩人の詩)


 

 ☆



「ハアッ、ハアッ……チックショー!」


 暗闇の中を走りながら、息を切らせながら。

 普段はなるたけ控えるよう心掛けている下品な悪態が、開いた口から零れ落ちる。

 気にするべき人目もなく、また取り繕う余裕もない。

 僅かな段差に足を取られないように気を付けながら、岩肌が露出したダンジョンをただ駆ける。


 そもそもダンジョンに限った話ではないけれど、

 闇に支配された領域にあって、灯りもつけずに全力疾走なんてのは、

 探索初心者でさえ眉を顰めるほどの最も慎むべき行為の一つ。もはや常識。

 頭では理解してはいるのだが、その常識を守るかどうかは時と場合による。


 右手には魔術士の証たる、捻じくれた樫の杖を握りしめ。

 左手は肩から下げたポーチが暴れないよう押さえながら。


 背中に届く桃色の髪とともに風を孕むマントが煩わしいけれど、

 これは魔物から身を守る防具であり、そしてダンジョンの冷気から身を守る防寒具でもある。

 ついでに言えば街で半日かけて選んだお気に入りの一品であり、

 思い入れもある大事な財産だからして、おいそれとうち捨てるわけにはいかない。


 元々は長期間探索用のアレコレを詰め込んだ鞄を背負っていたのだけれど、

 こちらは、少しでも身軽に走れるようにと早々に放棄せざるを得なかった。

 ダンジョン内で放り出した荷物が、無事に手元に戻ってくることなんて期待できるはずもなく。

 宿に預けてある僅かな着替え等を除けば、ほとんどの財産が失われてしまったというわけ。

 あっという間に。


――ああっ、もう……大損じゃねぇかッ!


 まったくもってシャレにならない。渇いた笑いすら出やしない。

 誰それ構わず当たり散らしたいところだけれども、そんなことをやってる余裕はない。

 今はとにかくダッシュ、ダッシュでまたダッシュ。


 いつもは通路を照らしてくれるカンテラも、すでに失われてしまった。

 だからと言って逃げる速度を落とすわけにもいかないのが現実。

 ズッコケないで済んでいるのは、いっそ奇跡と言ってもいいかもしれない。


 両脚を護るロングブーツの内側は汗がにじみ、

 薄い鉄板で補強された靴底が床を蹴る音が闇に響く。

 その音は、こちらの居場所を『奴ら』に知らせているのだろうが、

 あいにく今はそこまで気にしていられない。


――走れ、走れ、とにかく走れ!


 逃げるこちらはただ一人。

 少し離れたところから聞こえ続ける、騒々しい足音は5つ以上。

 ダンジョン内にしては、あちらもずいぶん不用心だが、追う者と追われる者では立場が異なる。

『奴ら』はワザと音を響かせて、こちらに心理的プレッシャーをかけてきている。


――調子に乗りやがって!


 あちこちの関節が軋み、年齢に比してわずかに膨らみかけた胸は酸素を求めて悲鳴を上げっぱなし。

 それでも、足は止められない。止めるわけにはいかない。

 

――少しでも前へ、少しでも、と、遠くへ。


 しかして、この逃走劇は唐突に終わりを告げる。


「ハアッ、はぁ……行き止まりか……くそっ」


 息せき切って走って逃げて、

 行きついたその先に立ちはだかる土色の不愛想な岩壁。

 長い長い通路の、終着点。


「落ち着け……落ち着け……」


 壁に身体を預け、ドクンドクンと鼓動する、いまだ成長途上の胸部を左手で押さえ、額から落ちる汗を右のグローブで拭う。

 深く呼吸をすると思い出されたのは、先ほど目撃した光景。

 別段珍しくもない、赤い惨劇。



 ☆



 拠点としている近場の街、アールスから馬車で揺られて数時間、

 山間部にぽっかり空いた穴――異界、すなわちダンジョンの入り口――に足を踏み入れ、

 探索やら採取やら、あれこれ熱中すること三日間。


 久々にいい感じに『仕事』を終えて浮ついていたせいだろう。

 普段なら絶対にやらかさないような失態を犯してしまったのは、

 そんな朝から晩まで闇、闇、闇に慣れてきたある日のことであった。


 ダンジョンとは過剰な魔力の滞留によって変質した領域全般を指す名称であり、

 材質は岩やら土やらに限られたものではなく、ついでに言えば、入り口も通路も一定ではない。

 中には魔力を帯びた希少な素材や、あたりでは見かけないような珍しい魔物がいて、

 オレ達のような人間にとっては、美味しい美味しい鉱山のようなもの。

 実際、ダンジョンが一つ発生したとなると、ゴールドラッシュといわんばかりに同業者が各地から集まってくる。


 そんなダンジョンの形状は、大きく広がっている部分やら狭まっている箇所など様々で。

 人間の体内に張り巡らされた血管やら臓器のよう、と例えた文献もあるくらい。

 ダンジョンを生き物に見立てるならば、広場はさしずめ臓器の類と考えてもいいかもしれない。


 事件が起きたその場所は、通路の奥で突然開けた薄暗い広場。

 足を踏み入れてすぐに視界に飛び込んできたのは、

 ぼんやりした明かりに照らされた、デコボコにたわむ壁に踊る不気味に歪む影人形。

 その足元には、赤い血を流して倒れ伏す人間、悲鳴を上げて倒れゆく人影。

 彼らの傍に立つ、これまた赤い血に濡れた剣を振り回す人間の一団。

 影がゆらゆらと揺れ、調子はずれの哄笑が響き渡る悪夢じみた一幕。


 追いはぎだ。人狩りとも言う。


 ダンジョンに巣食う魔物ではなく、『魔物を狩る人間』を狩る者たち。

 人面にして獣心。

 魔物より魔物じみた、忌むべき輩。

 その、狩りの現場。


――かかわるべきじゃねえな。


 即座に決断して踵を返そうとした。

 しかし、最後まで抵抗していた、そして今まさに斬られて床に崩れ落ちそうな男と目が合った。

 合ってしまった。


『助けてくれ』


 その断末魔にも似た無言の声は、確かにこちらに届いたけれど、あいにく応じることはできなかった。

 何しろこちらはただひとり。人狩りたちは複数だ。

 助けようにも残りの魔力は心許なく、さらには複数の人間を相手取るには、開けた空間はいささか具合が悪い。


 彼らは、運が無かったのだ。

 実力のほどは……もう測りようもない。


 しかし運が悪いのは、今にもこの世と別れを告げようとしている彼らだけではなかった。

 絶望に彩られて逝く男の変化に目ざとく気付いた追いはぎの一人が、その視線を追い――こちらと視線が重なった。

 一仕事終えた男の血にまみれた顔が歪み、醜い笑みを象る。

 新たな獲物――つまりオレ――を発見して。


――ふっざけんな!


 罵倒は口をついて出ることはなく、胸の内にとどまった。

 見つかったと察したと同時に、左手のカンテラを投げつけ、現場に背を向けて駆け出した。

 カンテラが誰かに当たってくれれば、火傷を負わせる事ができるだろうし、

 地面に落ちれば、火の壁となって行方を遮ってくれるだろう。

 そう期待しての一投だったが、その後の逃走劇を鑑みるに、大した成果は得られなかったようだ。

 あれから一度も振り返っていないので、確認のしようがない。



 ☆



 そして……あとはひたすらダンジョンの通路を走りに走って現在に至る。

 奥に向かっているのか、出口に近づいているのかすら判断できなかったが、

 眼前に広がる岩壁が、退路を断たれた現実を否応なく知らしめてくる。


「クソッ」


 苛立ち紛れに壁を蹴っても、崩れて新たな通路が現れたりはしない。

 ただブーツに覆われた爪先に鈍痛が走り、丈の短いスカートがふわりと広がるだけ。


――追い詰められたな……。


 徐々に足音が近づいてくる。

 右手の杖を構えて背中を憎たらしい無機質な灰色の石壁に持たれかけさせる。

 背中越しに伝わってくる冷気が沸騰しそうな頭を醒まし、僅かに冷静さを取り戻させてくれる。

 大きく深呼吸を一つ。


――さて、どうしたもんか、と言うこともないか。


 壁を背にすれば、少なくとも背後から襲われる心配はない。

 多対一の戦闘は、たいてい背中から崩されるもの。

 その局面は、絶対に避けなければならない。

 ひとりでダンジョンに潜るこの身には、窮地にあって頼る仲間もいない。


 杖を強く握りしめ、暗がりの通路を睨み付ける。

 乱れた息を整えて、ポーチを抑えていた左手を持ち上げる。

 その指で、頬に貼り付く桃色の髪を掬って後ろに流す。

 腰まで届くその薄紅の輝きは自慢の種ではあるけれど、

 漆黒の闇が支配するダンジョンでは、悪目立ちすることこの上ない。

 豊かに広がる髪に指を差し込み、何度か軽く梳く。


――いっそ切っちまうか……いや、そうじゃなくて!


 髪のことは後でいい。後があればの話だが。

 頭を左右に振り、どうでもいい思考を脳裏から追い出す。

 その間にも、足音の群れは確実に距離を詰めてくる。

 

――落ち着け! アイツらは、単に目撃者を消しに来るだけだ。


 オレの『正体』を知って追いかけてくるわけじゃあない。

 だったら、いつもどおりにやればいい。

 杖を通路に向けて構え、壁に預けていた背中を離す。

 肩にかけていたポーチを床に降ろし、軽く腕を振る。


 先ほどと追って来た通路の曲がり角、その奥から闇をぼうっと照らすカンテラの明かりが広がって。

 灯される人影は、場に似つかわしくない妙に騒がしげな空気を纏っていて。

 撒き散らす醜悪な血の臭いを気にした素振りすら見せない。


――まるで魔物だな。


 この状況であれば、人であろうと魔物であろうと、大した違いはないけれど。


 ゴクリ、と唾を飲み込む音が喉から耳に響く。

 前面に敵、背後には壁。


 弱肉強食。


 その極めてシンプルなたった一つのルールを除いて、

 人の世の理など意味をなさない闇の奥底で。

 たった今追い詰められているオレの名はステラ。


 ステラ=アルハザート。

 誰が最初に口にしたかは知らねぇが『金貨百万枚の女』と人は呼ぶ。

2019/03/14 冒頭部分追加等

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