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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第16話 そうだ、買い物に行こう


 何日も共に過ごし、働き、飯を食べ、そして床を共にするようになって疑問に思うことがある。


「なあ、クロ。おまえ荷物どうしてんの?」


 朝食のパンを頬張ってリスのようなネコ顔になった相棒に問いかける。

 これまでの報酬は『預かっておいてほしいニャ』の一言。

 ふさふさした体毛の中にしまっておくなどといった技を持ってる様子もない。


「わふぁふぁい、ふぉいふぉひの……」


「先に飲み込め」


 ほら水。

 椀を押し付けると、胸を叩きながら水をあおり、

 パンを飲み下して、ふぅ~っと大きな息をついて一言、


「ないにゃ」


 などとぬかす始末。


「あん?」


 パンをちぎる手を止めて横を向けば、今度は卵を口に放り込むところ。

 食事をよく噛んで食べるという習性はないらしい。

 口はデカいが喉は細めに見える。大丈夫なのだろうか?


「持ち物は特にないし、お金はご主人が管理してくれればどうとこいうことはないにゃ」


 口の端から零れかけた黄身を手で拭って舐めるクロ。

 この猫……暢気すぎる。


「オレがはぐれたら?」


「その時はその時にゃ」


 ふにゃふにゃと幸せそうな顔でカウンターに頬ずりする。

 ふさふさだ。無駄に平和的でもある。

 だけど――


――ぶちっ


 あっけらかんとしたクロの言葉に、オレの堪忍袋の緒が切れる。

 この猫は、今、オレの逆鱗に触れたッ!


「……行く」


「にゃ?」


「今日は買い物に行く!」


 お前の鞄と財布!

 うちに燃え上がる激情のままに席を立ち、

 クロの暢気な顔に指を突き付けながら叫ぶ。

 すると、この猫ときたら露骨にめんどくさいと言わんばかりに表情を歪めた。


「別にそんなところでお金を使わにゃくても」


「はい決定、さっさと飯食え、支度しろ!」


 ええ~っと反論するクロを無理やりカウンターから引っぺがす。

 こうして、今日の行き先は唐突に決定した!



 ☆



 リデルとの薬草採取も含め最近は小さな仕事をコツコツやっていたため、懐はそこそこ暖かい。

 設備投資はこういう時にこそ行うべきである、というわけで渋るクロを抱きかかえて宿を出たが、

 逃げないから降ろしてほしい、というクロの情けない言葉を信じてしばらく歩いてから道に降ろす。


「む~ん、それで、どこに行くにゃ?」


 大きく背伸びをするクロを軽くにらみつつ、顎に手を当てて思案する。

 そして、


「まあ、この手の品をまとめて買うなら『金竜亭』かな」


 あそこは宿云々を抜きにしても、この手の稼業に必要な品はひととおり揃えている。

 最初に『金竜亭』で物色して、足りない分は余所で買えばいいだろう。


「というわけで、ほら、さっさと行くぞ」


 杖でこつんと頭を叩いてやると、


「にゃ~」


 逃げないとの言葉に二言はないらしく、トボトボと付いて来る黒い頭。

 ……そんなに買い物が嫌なのか?

 ケットシーの性向はよくわからん。



 ☆



「あらポラリス、お久しぶり」


『金竜亭』の扉を開けて進むと、聞き慣れた声に迎えられる。


「ようアニタ、しばらくぶり」


 足元のクロも手を挙げて挨拶する。


「前は……その、悪かったな」


 煩わしく思う部分はあるし、アニタの思惑もまた存在するのだろうけれど、

 基本的には善意による『お見合い』のセッティングを蹴っ飛ばしたことになるわけで、

 先日のアレは、少し調子に乗りすぎた気がしなくもない。


「……まあ、ポラリスもちゃんと考えてるみたいだから、いいわ」


 屈んでクロの頭を撫でながら、アニタが笑う。


「それで、あいつらどうしたん?」


「仕事に行ったわよ」


 ゴブリン退治に、と続ける。

 ……初心者がゴブリン退治とか嫌な予感しかしないんだけど。


「大丈夫なのかよ?」


 思わず口を付いた問いに、首をかしげるアニタ。


「ん?」


「いや、その……」


「もう何日も前の話じゃない」


 連中は村からゴブリンを追い払って、さっさと戻ってきたとのこと。

 何やら痛い目を見た上に報酬が少ないとぼやいていたが、それ以外は特に問題は見当たらないらしい。


「あ、そうなんだ」


 他人事ながら胸をなでおろす。

 背中越しにもたれたカウンターに肘をつく。


「変なポラリス。それで、今日はどういったご用件で?」


 アニタはひととおりクロを撫でまわしてから、いつもの受付スマイルに戻る。

 ……猫、好きなのかな?


「ああ、今日はコイツの鞄と財布を見ようと思って」


 クロの首を持ち上げると、やる気なさげにびろ~んとぶら下がる。

 視線はあっちの方を向いている。失礼な奴。


「なるほど」


 受付の奥から巻き尺を持ってきて一応採寸するアニタ。

 クロ君のものなら子供向けかしらね、と軽く笑う。

 そのままカウンターから出てきて「こっちよ」と手を引いてくれる。


「受付はいいのか?」


 探すのを手伝ってくれるのはありがたいが、

 受付嬢が受付から離れるのはありなのか?


「今は人も少ないし、受付は私だけじゃないのよ」


 カウンターの奥に一声かけてから、オレ達を先導するアニタ。

 さすが『金竜亭』だけのことはある。


「受付、何人もいるんだなあ」


 今さらなことだけど、ため息が出る。

 ここはやっぱり特殊だな、と。



 ☆



「それで、どういったものがご希望かしら?」


「安い奴ニャ」「頑丈で長持ちする奴だ」


 アニタの問いにいきなり二人の意見がかち合う。

 どっちなの、と呆れるアニタを横目に睨み合うオレ達。


「吾輩、別にいらんというのに高いものなんて買わにゃくても」


 あからさまに面倒なことはさっさと終わらせたいという気持ちが、

 言葉と態度ににじみ出ているクロ。


「バッカヤロー」


 そんな乗り気でないクロの方を掴みあげて思わず叫ぶ。

 コイツはマジで何も分かってねー!


「い、痛い、ご主人、痛いニャ!」


「鞄と財布はなぁ、ちゃんといいものを買うんだよォ!」


 掴んだ肩を揺さぶって、ここぞとばかりに力説する。

 なんでわかってくれないんだ、この猫は。

 お前のことだぞ!


「安物はすぐに穴が開くんだ。分かってんのか」


 持っていると思っていたお金やモノを、いつの間にか落としてしまった時の衝撃。

 その悲しみたるや、


「マジで生きる気力を根こそぎ持っていかれるんだぞ! ソースはオレ!」


「そ、ソース?」


 目を白黒させながらクロ。

 そこはどうでもいい!


「ああ、もうね、もうね……」


 ダメだ、なんか泣きが入ってきた。

 思い出そうとするだけで、心が折れそうになる。

 安物の財布なんてこの世からなくなってしまえばいいんだ!


「とにかく、金は出してやるからちゃんとした奴を買え。分かったか!」


「は、はいにゃ」


「声が小さァい!」


「はいニャ!」


 全身を硬直させ、ピンと手を挙げ、いそいそと探し始めるクロ。

 うん、わかってくれて、オレも嬉しい。

 ……隣のアニタの視線がちょっと気にならなくもない。



 ☆



「ご主人、何しとるんにゃ?」


 すったもんだの末にようやく買ったクロの財布と鞄は一時オレが預かって、

 ついでに『金竜亭』と『緑の小鹿亭』で分けてもらった余り物の布をベッドに広げて工作中。

 手にしているのは布と糸。

 ……さて、久しぶりだが、腕の方は落ちてないかな、と。

 しばらくの間、無言で鞄にチクチクと縫い続け、そして日が暮れる頃――


「おお、できた!」


 クロ、これ見てみろ、コレ。

 気だるげな猫の首をひっつかんでこちらに向ける。


「む~、何ニャ……にゃにゃ、これは!」


 鞄の端に目をやったクロが驚きの声を上げる。

 そこに縫い付けられているのは、両耳をピンと尖らせ、こちらをちらりとにらむ視線。

 ニヤリと笑う横に裂けた口。覗く八重歯。

 ツンツン気味の黒い頭部。首元には風に揺れる赤いマフラー。

 すなわちオレ特製のクロのアップリケ。


「吾輩にゃ!」


「おう」


 先ほどまでの興味のなさが一変。

 鞄を両手で抱きしめて、ベッドにごろごろ転がりながら『吾輩にゃ』を繰り返す。


「財布の方にもつけてやるから、もうちょい待て」


「はいニャ!」


 早く、早くと急かしてくるクロをなだめながら作業を続ける。


「嬉しいにゃ~嬉しいにゃ~」


 アップリケひとつでなぜここまで態度がひっくり返るのかは不明だが、

 喜んでくれるのならば、頑張る甲斐もあるというもの。


「それにしても、ご主人にこんな特技があるなんて知らんかったニャ!」


「まぁ……長く生きてりゃそれなりになぁ」


 色々とあれば、専門外の技能も身に付いたりするわけで。


「ご主人が縫物できる人だなんて驚きだニャ!」


「……縫うぞ、お前」


「ニャ―!!」


 失礼な。オレのことを何だと思っているのか、こやつは。

次回から「南街道にて」始まります。

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