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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第15話 お仕事の時間 その5

「リデル?」


 森の奥から現れたリデルは、身体のそこらじゅうを汚い色に染めていた。

 オレ達がいないところで魔物と遭遇して大怪我を負ったのではないかと驚いたけれど、


「大丈夫。ケガはないよ」


 そう笑った顔は多少の疲れは見えたけど、

 見た感じ体の動きにおかしいところはなく、

 おそらく本人の言葉どおりなのだろうと息をつく。


「何があったんだよ、一体?」


「ゴブリンがウロウロしてて、追い払う時に汚れた」


 と、あっさり。

 二、三匹仕留めたところで逃げられた、と続けた。

 なんだよ、驚かすなよ~もう!


「しっかし、こんな街道近くまでゴブリンが出てくるのか」


 少し意外な気がした。


 ゴブリン。

 おそらくこの世で一番有名な魔物と言ってもいいだろう。

 人間の子供ほどの体躯、緑灰色の肌と醜い顔が特徴の小さな略奪者。

 一匹一匹は大したことはないけれども、

 大抵の場合は徒党を組んで行動し、一匹見れば何十匹というほどの異常な繁殖力を持つ厄介な魔物。


 ひととおり見て回ってきたけれども、巣が作られた形跡がないから多分はぐれ者だろう、とリデル。

 帰ったら一応報告しておくから大丈夫だと笑う。

 ……まあ、それなら近日中に討伐依頼が流されて誰かに処理されるのだろうけど。


「で、歩いてる途中で、きれいな水場を見つけたんだけど」


 ゴブリンと戦った汚れを落とすから、見張っててほしい。


「だとよ、クロ」


「うにゃ、ご主人?」


 首をかしげるクロに見張りの役目を投げる。

 まだ夏と呼ぶには早い季節だけれども、朝から歩きと薬草摘みのおかげで身体はかなり汗ばんでいる。

 せっかく綺麗な水源があるというのなら、便乗して水浴びしないという手はない。


「オレの分も見張りよろしく」


「あ~、了解にゃ」


 オレの声に、しょうがないなあと笑いつつ『よろしく頼むよ、クロ君』と屈んでケットシーの黒い頭を撫でるリデル。

 薬草を入れたカゴを担いで、リデルに続いて森に入る。

 外に出る日は、こういう楽しみがあると嬉しいものだ。

 


 ☆



 街道から離れた森の奥に流れる小川。

 そしてきれいな水を湛えた小さな池があった。

 まるで物語のワンシーンのような光景。


「おお~」


 あたりをサッと見回して余計な気配がないことを確認し、服を脱いで荷物と併せてまとめておく。

 善は急げだ!


「んじゃ、頼むわ」


 こっち見んなと言いおいて、そろりそろりと清水に足を滑らせてゆく。

 熱を持った身体に、かすかな水の流れが心地よい。

 足元を確かめつつ少しずつ歩みを進めて、水面にその身を横たえる。


「あ~、いいな、これは」


 井戸で身体を洗うのとは違う。

 大量の水に浸かり、その浮力を楽しむ感覚。

 目を閉じて視界を遮断すれば、記憶の彼方においてきた安らぎに包み込まれるよう。

 木漏れ日と鳥の鳴き声、風が木々の間をそよぐ音。何もかもが心地よい。

 暖かいお湯ならなおよいが、贅沢は言うまい。


 両手で顔を洗いつつ、仰向けのまま見上げれば、

 そこには銀の髪が複雑に纏わりついた小麦色の肢体。

 普段は結わえている髪を解いたハーフエルフのリデル。


 人型種族の中で最も美しいと言われているのはエルフだけれど、

 個人的にエルフの美しさは美術品というか芸術に近い印象。

 今オレの目の前で透明な宝石のように輝く水滴が、

 健康的に色づく滑らかな肌を滑って落ちるハーフエルフの身体からは、

 エルフのそれに比べて現実的な質量と肉感的なパワーを感じる。


 わかりやすく表現すると、エロい!

 思わず視線が大きく育ったリデルの双丘に吸い寄せられ、固定されてしまう。

 凄まじい質量、そして圧倒的引力。

 対して我が身を見下ろすと、実に平坦な肢体が目に飛び込んでくる。

 残念ながら格が違うと観念せざるを得ない。無念。


「ん、どうしたの、ポラリス?」


 こちらの視線に気づいたリデルが髪を後ろに流しつつ軽く首をかしげる。

 ゆったりした一つ一つの動作が、いちいち蠱惑的。

 思わずつばを飲み込むほどに。


「い、いや、なんでもない。ホント」


 咄嗟に目をそらし『何でもない』を繰り返す。

 ……我ながら、スゲー怪しい。

 口から出てくる言葉が完全に不審者のソレ。

 後ろめたさから、手足をバタバタさせて体の向きを変えて距離を取る。


「何?」


 やはりこちらの態度に疑問を持ったのであろうリデルが、ずいずいと寄ってくるその時、

 褐色の肉体が不意に視界から消え去り、「きゃっ」という声とともに覆いかぶさってくる。

 足を滑らせたな、という状況を把握。

 しかし思考が現実に追いつかない。


「……いたた……」


 ぶつかって絡み合った互いの足。

 一度その豊満な肉体を受け止めて沈み、浮かび上がってきた己の身体との距離はゼロで。

 時間が止まったように静止する身体。その胸の奥で脈撃つ、互いの心臓の鼓動が聞こえる。

 銀色の髪から垂れた水滴が、こちらの頬を伝って水面に落ちる。

 僅かに翳った金の瞳に映るもう一人の自分。

 長いまつ毛。接触寸前の、軽く開かれた瑞々しい唇。

 赤く色づく、尖った舌。

 互いの吐息が、生まれたままの肌を撫でる。


 リデルが、近い。


 頬が紅潮し、脳内が沸騰する。

 熱にやられて理性が融け落ちそう。


――熱い……


 内なる炎に追い立てられ、吸い寄せられるように互いの顔が近づいてゆく。

 そして――ごつん。


「あたっ」


「……痛い」


 唇よりも先にぶつかったおでこの痛みが、夢見心地の世界から現実にオレ達を引き戻す。


「あ、あはははは」


「大丈夫、ポラリス?」


 重くない?

 甘い吐息混じりの囁くようなその声が耳朶にさらなる追撃。

 これ以上引き込まれないよう、あわてて大丈夫と返して後ずさる。


「大丈夫、うん、大丈夫だって」


 ヤバかった。

 心の底からそう思う。

 薄い胸板に手を当てて、いまだに早鐘を撃つ心音を感じる。


――あれは、魔力だ。


 たとえ魔術でなかろうと。

 たとえ魔物でなかろうと。

 心奪われずにはいられない、魅了の力。

 理性を溶かす、魔性の力。


 心なしか水温が下がったような気がして、軽く身震いした。



 ☆



「これだけあれば大丈夫」


 着替えて互いの収穫をまとめたリデルの言葉。

 あまり自信が持てなかった選別も、なんとか合格点を頂くことができた。

 陽が西に沈む前に帰路に就き、街に向かってしばらく歩いたところで、


「そういえば、さっきのことだけど」


「はえ?」


 さっきのこと!?

 脳裏に浮かぶは、最接近したあの瞬間の光景。

 思わず声が裏返る。


「ポラリスはまだ十五歳だから、全然大丈夫だと思う」


「何の話?」


「たくさん食べれば、希望はある」


「……何の話?」


 いったい何を言っているのかわからないのだが。

 前をゆくリデルが振り返り、その視線がある一転――オレの胸元あたり――に。


「多分、まだ何とかなる」


 ミルクとかチーズがいいらしいよ。

 そんな情報を真顔で提供してくれる。


「な、な、な……」


 ぽんぽんと足を叩くクロの肉球の感触が、

 昼間ぶつかったリデルの柔らかな双丘のボリュームを思い出させる。


「な、何言ってんだコノヤロ――――!」


 ははは。

 にゃははは。

 熱を帯びた耳に滑り込む二人の軽い笑い声。


「ご主人が深刻そうな顔をしていたから、心配したんだにゃ~」


「ほう、本気でそんなことを心配してくれたのか」

 

 そーか、そーか。


「じゃー、今日から晩飯は多めに食うから、てめーは酒抜きな」


「ニャ―――!!」


 尻尾をピンと硬直させて絶叫するクロ。


「ご無体だニャ、ご主人」


「いやー、心配してくれるってんなら協力してくれるんだろ」


 財布の中身が心許ない以上、どこかで節約しないと飯食えないなぁ。


「お酒は魂の栄養にゃ。欠かすと心が渇いてひび割れてしまうニャ」


 足にしがみついて必死に叫ぶクロの顔を見ていると、

 心の中のもやもやがどこかに吹き飛んでいく。


「はいはい、分かったから足放せって」


「本当にゃ、本当にゃ?」


「本当、本当」


 ……それから街に帰るまで、クロをなだめ続ける破目になるとは思わなかった。

 コイツ、オレが本気でそんなことすると思ってやがったのか。ちょっとショック。

次回「そうだ、買い物に行こう」(単話)となります。

戦闘シーンが遠い……

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