第14話 お仕事の時間 その4
薬草採取という依頼は、誰にでもできるようで案外そうでもなかったりする。
この依頼のターゲットは基本的に、傷薬や風邪薬、栄養剤といった日常的に消費される医薬品の原料となる薬草。
リデルに先導されて向かう今回の採取地は、東の魔力溜まりほど危険ではないものの、
街から離れた西街道の外れであり、魔物と遭遇する可能性はある。
おかげで一般の方々ではなく、オレ達のような連中に仕事が回されることになるわけ。
「ポラリス、薬草採取の心得」
「お、おう」
うららかな陽気に軽い足取りで街道を歩きながら前を行くリデルに問われる。
相変わらず頭を押さえているけれど、足取りに不安な感じはなくなっている。
――これなら、目的地に着くころには治ってるだろ。
内心胸をなでおろしつつ、彼女について仕事をこなすようになってから習ってきたことを思い出す。
依頼されている薬草の種類自体は、街の近くでも自生している。
だからと言って、そこで適当に摘めばよいというものではない。
この手の薬草類は、含まれている魔力によって効用が変わってくるから、
濃い魔力地帯で採取されるものほど希少でありがたがられる。値段も上がる。
ただし、あまりに多量の魔力を含むものは性質が変わっていたり、毒を持ってしまっていたりするため危険。
何事もほどほどに、というお話。
「程よく魔力を蓄えた草、を集める?」
であってる?
そう尋ねるように答えると、前を歩くハーフエルフが無言でうなずく。
ほうほうとクロが唸っている。
この手の仕事を受けたことがない口らしい。武闘派め。
「今回は応用編」
含有魔力の異なる薬草を分別して採取するように、とのこと。
……一緒に薬草摘みに行った後、リデルが何かやってたな、という記憶はある。
いつもは引っこ抜くだけであとはお任せしてたけど。
「最後にボクが見るけど、自分で寄り分けてみて」
「お、おう」
一緒に摘むならその都度確認してもらえばよくね?
そんな疑問を抱いていると、
「ボクは森の奥に入って別の薬草を見てくるから」
「うげっ」
ボクを当てにしてたのなら残念でした。
リデルは薄く笑いながら横に来て、オレの頭を撫でてくる。
「いつまでもボクが一緒にいられるわけでもないし、自分でできることを増やそう」
「あ、ああ」
クロ君は周囲の警戒をお願い。
リデルはそう言って、また先を歩く。
オレがリデルと出会ってから、もう大分経つ。
おやっさんの計らいがあったにせよ、何かにつけて面倒を見てもらっていたという自覚はある。
今朝『金竜亭』で会った三人のことを言えないな、と改めて思い知らされる。
でも、
「そんな、もう会えないみたいに言うなよ……」
我ながら女々しいと分かっていても、そう思わずにはいられない。
「にゃ?」
「なんでもねーよ!」
足元のクロが首をひねってこちらを見てくるので、前見て歩けと顎で指す。
朗らかな陽気にふさわしくない話題はさっさと流すに限る。
そんなこと、今は考えなくていいのだ!
☆
目的地は街道を離れた草原と森との境目。
すぐ目に付く場所に荷物を置いて、すぐにリデルは森に入り、
こっちは腰をかがめて自生している草とにらめっこを始める。
あまり長い間この体勢でいると腰を痛めそうなので、
適宜立ち上がって腰を伸ばしたり、トントンと叩いたり休息を挟む。
「あいたたた」
ただ薬草を摘むだけで腰にくるのに、
今日は草の魔力量の見極めが必要なので、
薬草を見つけるたびに目に魔力を集めて視ることになり、目の疲労が増加する。
立ったついでに目のあたりを揉んだりしていると、
「年寄り臭いにゃ」
周囲で「にゃっ、にゃっ、にゃ、にゃ」と不思議な動きを繰り返すクロが口をはさんでくる。
誰が年寄りかと突っ込もうとしたけれど、それは止め。
代わりに、さっきから気になっていたことを聞くことにする。
「お前何やってんの、それ」
「キャッ闘流格闘術の型にゃ」
にゃにゃにゃと連続で蹴りを繰り出す黒猫。
「キャッ闘流」
はいニャ!
元気よく返答するクロ。
格闘術の心得はないから詳しくはわからんが、訓練みたいなもんか。
まあ、警戒を怠らなければ別に何してても構わんけど。
「今更だけどよ、格闘するケットシーって珍しいな」
ついでなので以前からの疑問をぶつけてみる。
オレの知る限りでは、そもそもケットシーは戦闘向きの種族ではない。
伝え聞いたところによると、かの種族の国には騎士団と魔術師団があり、
剣術やら槍術、魔術の類を修める者はいるらしいが、格闘をやるケットシーというのは生まれて初めて遭遇した。
「……多分吾輩だけじゃないかニャ」
「そうなん?」
はいニャ、と答えて続ける。
「吾輩は師匠を追いかけてこの道に足を踏み入れたけれども――」
「お前、自分が開祖とか言ってなかったっけ?」
袖で額の汗をぬぐいながら問う。
地味な作業でも、この陽気。
おかげで汗がしたたり落ちてくる。
服の内側が湿り気を帯びて気持ち悪い。
「……吾輩は師匠を真似てるだけで、師匠の技とは別物なのニャ」
クロ曰く、師匠とやらは拳を軽く当てただけで大岩を木っ端微塵に砕くらしい。
「どんな化け物なんだ、そいつ」
なんかものっ凄い髭の生えた老猫が肉球ひとつで岩を爆砕してる絵が頭に浮かんだのだけれど、
「人間ニャ」
ご主人よりちょっと年上の女の人ニャ、などと宣う。
何それ恐い。
そんな人間の女がいるのかよ!
……って、
「……なんで人間が妖精界にいるんだ?」
遠い昔を思い出すように頭を悩ましていたクロは、
「迷子だって言ってたニャ」
と答えた。
「迷い人って奴か」
人間界の住人が、まれに妖精界や魔界に入り込むことがあるらしい。
そういう普段は繋がっていない別の世界に迷い込む人間を迷い人と呼ぶ。
ある意味ダンジョンに現れるヘルハウンドのような魔界の魔物もその一種に当たる。人じゃねぇけど。
『すぐに行方をくらましてしまったから、よくわからん人だったにゃ』とクロは笑い、
「妖精界を出て旅をすれば、また師匠に会えるかもしれないって思ったニャ」
それも旅の目的の一つだと言う。
「ふ~ん、会ってどうするんだ?」
「それはもちろん、一手お相手をお願いするニャ!」
ふんと両手を構え上を向くクロ。
「そっか、なら修行頑張らないとな」
体育会系だねぇ。
口には出さずに心の中で呟く。
「それはそうとご主人」
手が止まってるにゃ、と指さされる。
「分かってるよ、休憩終わり。働くっつーの」
頑張るにゃ~
再び型の訓練に戻ったクロから、気の抜けた応援が飛ぶ。
しばらく無言で草むしりを続けていると、
グ~っと腹の音が鳴る。
誰の腹の音かは考える必要はないだろう。
……必要ないったらない。
「お~い、クロ。そろそろ飯にすっぞ」
少し離れたところまで移動していたクロを呼び、
渇いたところに腰を下ろし、
鞄からおやっさんに持たされた昼飯の包みを出して渡す。
今日の昼食はハムと野菜のサンドイッチ。
「あ、チーズ入ってるにゃ」
「ん、お前チーズダメなの?」
大好きニャと丸ごとサンドイッチを口に放り込むクロ。
オレはそんなはしたない真似はせず、ゆっくりと楽しむわけだ。
なんたって年頃の乙女だからな!
口をもぐもぐやっているクロに水筒を渡してやると、美味そうに喉を鳴らす。
「あ~ご馳走様にゃ」
「はえーよ」
早飯は才能ニャなどと宣い、
オレが食い終わるまで昼寝~と転がってしまった。
黒い大毛玉の完成である。
「……まぁ、いいけどな」
食べ終わったらたたき起こそうと心に決めてパンを口に運ぶ。
本日ここまで問題なし。善哉善哉。
☆
食後しばらく休憩し、再度薬草摘みを始めてしばらく経った頃、
ふいに森の茂みががさりと音を立てる。
「なんだ?」
あわてて転がしていた杖を拾って構え魔術発動の準備に入る。
クロも修行からそのまま戦闘態勢に移行。
「待って」
ボクだから、安心して。
ややあって森の奥から現れたのはリデル。
だけど服がかなり汚れていて、何かよからぬことがあったとが推察される。
微かにだけれど、異臭が漂ってくる。
「リデル?」
「大丈夫、大丈夫だから」
そんな顔しないの。
小麦色のハーフエルフは、薄く笑顔を浮かべた。