第13話 お仕事の時間 その3
「アニタさん」
クライトス一行が去り、微妙な雰囲気になったロビー。
誰もが無言だったところに、唐突に声をかけられる。
未だ声変りしきれていないような、微妙な高さの男声。気配は三つ。
「あら、ようやく来てくれたわね」
先ほどとはうって変わった笑顔の受付嬢スタイルにチェンジし、
「あなたたち、こちらが前に話していた魔術士のポラリス」
紹介されたので軽く会釈する。
先頭に立つのはこちらより少し年上と思われる男。
簡素な皮鎧に身を包み、腰には一振りの長剣を佩いている。
その後ろに控えるのは、神官と斥候の女子たち。年齢は男と同じくらい。
「で、ポラリス、この子たちなんだけど」
さあ、本題だ。
クライトスの件があってすっかり忘れかけてたけど、
こっちを片付けなければ、わざわざやってきた意味がない。
「オレはライルって言います。よろしくお願いします」
赤毛を短く刈り込んだ、いかにもって感じのルーキー。
さわやかな若者という印象で、さっきの偉そうな召喚術士とは大違い。
身にまとう皮鎧も腰のロングソードも、まだそれほど使い込まれているように見えない。
キラキラと輝く瞳と紅潮した頬は初々しくて、つい応援したくなるような雰囲気がある。
「それで、こっちの斥候がシャリ、神官がエミリアです」
流れでお仲間を紹介されるが、会釈しないのはいいとして睨んでくるのは何なんだこの二人?
「ふ~ん、魔術士かぁ。まだ子供じゃん」
あからさまに不満な態度のシャリと呼ばれた斥候。
頭のてっぺんからつま先まで嘗め尽くすようなその視線が、
オレの胸のあたりに到達するや否や勝ち誇ったような表情を浮かべてくる。
チラリともう一人を観察するも、その表情は硬くあまり歓迎されているようにも見えない。
男女のテンションが正反対すぎるんだが、何なんだか。
――まあ、結局断るんだけど。
話を長引かせるとアニタが余計なことを言い出しそうなので、さっさと用件を済ますことにする。
「あー、その話なんだけど」
足元で丸まっていたクロの首をつまんで持ち上げる。
「オレ、もうコイツと組んでるから」
アニタがこれまで何度も誘ってきた口実は、オレが単独で仕事をしていたから。
既にほかの誰かと組んでいるなら、親切心から出たとはいえ引き抜きじみた勧誘を受ける理由はなくなる。
別に二人のチームにあとから三人を足したからと言って、一般的な構成人数を超えるわけではないけれど、
オレはそこまで『金竜亭』の世話になるつもりもなければ、
コイツらの世話をするつもりもない。
「おはようございます。吾輩はケットシーのクロフォードと申す者にゃ」
クロとお呼びくださいにゃ。
宙ぶらりんのまま右手を挙げて挨拶するクロにようやく視線が集中する。
クライトスのあたりから今まで誰にも気づかれない、見事な隠形。
格闘家としてだけではなく、斥候としての才能もあるかもしれない。
「えっと、ポラリス?」
え? ケットシー?
受付嬢としては日頃から顔色一つ変えることのないアニタが呆けた表情で固まり、
紹介された三人組は一様に怪訝な表情を浮かべている。
「そ、だからこの話はなかったことにしてくれ」
これからもな。
そう言いおいて、リデルとの待ち合わせの場所に向かおうとするその背中に、
くくく……と抑えきれない笑い声。
「ハァ? 相棒がケットシーとか有りえないって」
バッカじゃないの、と嘲笑うシャリ。
まあまあと止めようとしつつも、反論はしない神官。
そして、ライルと呼ばれたリーダーは、反応に困った顔をしつつも二人をなだめはするが、積極的に反対はしない模様。
――イラつく。
「ご主人」
ひとこと言ってやろうかと思ったところにクロから制止が入る。
チッ、しょうがねぇ。
「……というわけで反対多数。このお話は終わりだ。」
またな、アニタ。
クロから手を離し、背中越しに右手でお別れの挨拶。
おやっさんとの義理立てとしては、こんなもんでよかろう。
「ちょ、ちょっと待ってポラリス」
待たない。
背後から聞こえるアニタの声を無視して、『金竜亭』の豪奢な扉を開く。
「別に一回くらい組んでもよかったんではないかニャ」
宿を出て大通りを歩く途中でクロがそんなことを言う。
そうすれば吾輩の実力を見せつけてやれたのに、と残念そうなクロ。
「あんなルーキーにコケにされてムカつくけど、面倒事は御免だ」
悪かったな。
そう足元に謝ると、いえいえと返ってくる。
「アニタは、オレをアイツらの指導係にしようとしてたっぽかったな」
新人だけで依頼を受けると、何かと問題を起こしたり失敗したりすることは珍しくない。
そうならないように、最初はベテランと組ませて経験を積ませたりする。
よくある話だが、普通は同じ宿の客同士で組ませるものであって、
わざわざオレが『金竜亭』のルーキーを鍛えてやるほどのことでもない。
露骨に新人臭かったライルだけでなく、彼をリーダーに据えるということはあとの二人も似たり寄ったりだろう。
アニタは知らないだろうけど、こちとら一応十歳で家出してから五年の経験を持つわけで、
結果的には教育係として悪くない組み合わせと言えなくもないけれど、
「アイツら、ぜって―オレの言うこと聞かなさそうだし」
見え見えのトラブルに引っかかるなんて、お断りですわ。
「ところでさっきご主人が喧嘩売ってた召喚術士にゃが」
話題を替えようとクロ。
ムカツク野郎の顔を思い出させられてイラっと来るのだが……
「『魂に竜を刻む男』ってどういうことニャ?」
召喚術士特有の名乗りなのかと問われれば、この世の全ての召喚術士の名誉を護るため、
あんな痛々しい二つ名を自称する変人ばかりではないと答えざるを得ない。
「ドラゴンと言えば伝承にしか姿を現さないような超大物にゃ?」
とてもあの若い男にそんな存在を操る力があるようには見えない。
クロは真面目くさった顔で、そう続ける。
「どうだろうなぁ」
一人の召喚術士としてあり得るか否か。
可能か不可能かという話なら、別に不可能という話ではない。
「先祖代々受け継いでるとかじゃね? 魂に魔物を封印するのも召喚術士の能力の一つだし」
「ではあいつはあれで凄い奴なのかニャ?」
「……仮にドラゴンと契約しているとして、契約内容次第かねぇ」
ちゃんと意思疎通が取れている普通の契約なのか、力づくで従わせている支配的なモノなのか。
前者ならともかく、後者の場合はちと厄介。
「無理やり封印し、支配、使役してるのなら……」
オレだったらごめんだ。
いつ爆発するかわからん爆弾を内に抱えているようなものだ。
「召喚術士もいろいろ事情があるニャ」
クロの言い分は最もだけど、これは別に召喚術士に限った話でもない。
世の中、誰にだって事情ぐらいはあるだろう。
「さて、さっさとリデルと合流しようぜ」
「リデル殿、二日酔いが醒めてると良いですニャ」
「な~」
☆
「リデル……大丈夫か?」
待ち合わせの西門前でリデルと再会する。
頭を乱雑にターバンで覆い、擦り切れた乳白色のマントを身につけている彼女は、
石壁に寄り掛かるようにして蹲っていた。
だ、大丈夫、というあまり大丈夫そうに聞こえない声。
ついでに言うと、視線がやけに虚ろ。
「えっと……日が悪いのなら、また別の機会にでも」
「大丈夫、歩いてるうちに何とかなる」
ホンマかいなと突っ込みたくなるようなことを口走りつつ、街の外に出るために門衛のところに向かう。
足元が微妙に危ういのだけれど、あまり言うと先達としてのプライドを傷つけてしまいかもしれない。
……難しいなあ。
――ベテランとは一体……
つい先ほど『金竜亭』で出会った、朝から元気な新人たち。
もう二年以上の付き合いになる、二日酔いのリデル。
「何か、これ以上考えたら駄目な気がする」
足元でニャ~とクロが鳴いた。