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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第48話 再び日は登る その2


 空に浮かぶ『奈落の瞳』に立ち向かう、帝国の召喚術士たち。

 そのいずれもが貴族であり、平時であれば互いに対立しあう仲であったりするものだが、

 今この時に限っては手に手を取って帝国を蝕む敵手との戦いに参戦する。

 

 ペガサスがいる。

 グリフォンがいる。

 見たことも無いような魔物もいる。


 共通しているのは空を飛ぶ魔物であるという点のみ。

 彼らの背に跨った召喚術士たちが、矢を放ち、魔術を唱えて、

 不気味な球体状の『奈落の瞳』と交戦する姿は、

 おそらく下から見れば幻想的な光景として映っているだろう。


『契約者よ、用意はいいか?』


「おう!」


 彼らが作ってくれたこの隙を無駄にするわけにはいかない。

 胸中に巣食うエオルディアの声に導かれるままに、

 帝国軍の軍旗を括りつけた杖を構えて詠唱に入る。


「空に揺蕩う黒雲よ、我が声に応えて空を覆え!」


 詠唱と共に蒼色を湛えていた空に黒雲が湧き、

 周囲の召喚術士や、帝国軍陣地内からどよめきの声が聞こえる。


「天を裂く雷をここに、地を割る鉄槌をここに!」


 渦を巻く黒雲の中心に向けて帯電した雷が集束する。


『詠唱を追加するぞ』


 翠竜は唐突にそんなことを言い出した。


「なんだって!?」


『彼奴を完膚なきまでに叩くために威力を増強したい』


 自分に続いて呪文を唱えろと言ってくる。

 確かに、ここは出し惜しみしている場合ではない。


――了解、やってやるぜ!


『其は天空の覇者の咆哮、星の海に瞬く刹那の煌めき』


「其は天空の覇者の咆哮、星の海に瞬く刹那の煌めき」


 翠竜の後に続いて詠唱を口ずさむと、

 全身から更なる魔力が放出され、

 それは見えざる手となって雲を貫き、

 空の果てに浮かぶ『何かの力』を掴み取る。


――お、おい、これは大丈夫なのか?


 いきなり大きくなった魔術の規模に戦慄する。


『我は乞い願う、この一撃が地に大いなる平穏をもたらさんことを』


「我は乞い願う、この一撃が地に大いなる平穏をもたらさんことを」


『彼方の力』が見えざる我が手に引きずり降ろされて、

 こちらに向かってゆっくりと落下を始め、

 次第に速度を上げて地上に向かってくる。


 エオルディアに導かれるままに詠唱しているオレ自身が、

 想定される威力の凄まじさに誰よりも背筋を震えさせている。


「おい、コイツは……」


 ちょっとヤバくないか?

 そう尋ねようとしたところで、エオルディアは唐突に語る。


『いにしえの王国は、自らの生み出した業により己を焼き滅ぼした』


「なにッ!?」


――止められないところで、そういうことを言うッ!


 狙いは紫電渦巻く黒雲の下、

 多くの召喚術士たちと戦いつつ、

 今もなお地上を黒く染め上げようとする、

 不気味で恐ろしげな『瞳』


――目で見て狙うな。心で捕らえろ。


 かつてエオルディアが口にした魔術の極意の一つ。

 彼方より落下する力はあまりに強大で、

 直前で狙いを変えることはできそうにない。


『天地を繋ぐ命脈はここに、天地を貫く腕となりて』


「天地を繋ぐ命脈はここに、天地を貫く腕となりて」


『ああ輝く光よ、潰せよ滅せよ我が敵を!』


「ああ輝く光よ、潰せよ滅せよ我が敵を!」


 ついに詠唱は完成した。完成してしまった。

 彼方より来る力は、もう術者本人であるオレ以外にも感知できるほどの威力に達しており、

『奈落』と戦っていたほかの貴族たちも退避のために距離を取り始める。


「デカいの行くぞ! みんな離れろ!」


 それでもなお執念とばかりに『奈落』の足止めを計る連中に訴えかける。


「絶対外さねぇから、早く『奈落』から離れてくれ!」


 こちらの声が聞こえたか、ようやく最後まで『奈落』に取り付いていた天馬――あれはベントハウゼン男爵か――が離れていく。

『奈落』自身も当然の如く空から自分に襲いかかろうとするエネルギーには気づいているようだが、

 ギリギリまで粘ってくれた男爵たちのおかげで、もう逃げる余裕などない。


 こちらも落下してくるパワーを奈落に命中させるため、

 軌道修正に全力を振り絞っている。

 直撃させなければ、地上がヤバい。


「古王朝を滅ぼしたものだろうと、人間が作ったものならァ!」


 飛来した『力』が渦巻く黒雲に突入。

 紫の雷光を纏い更なる輝きが溢れてゆく。


「人間の役に立ってみせろってんだ!」


 放電した雷が大地を穿ち、天地を結ぶ牢となって、

 悍ましい瞳を拘束する。


――あと、少しッ!


「オレの言うこと――聞きやがれぇッ!!」


『力』は雷鳴を纏い光り輝く流星となって、『奈落の瞳』に襲いかかる。


「『至天槌』! 墜ちろッ!!」


 光り輝くものは、その行く先を過たず『奈落の瞳』に直撃。

 瞬間、真昼にあって空に座する太陽よりも眩しい光が地上近くに現出し、

 白光は大きく膨らんで周囲の空間を飲み込んでいく。


 夥しく放電される雷撃と圧倒的なまでの熱量が、『奈落』の纏う汚泥ごと中の『瞳』を焼き尽くす。

 輝きの内部では激しい燃焼が続き、戦場に蔓延していた煙も臭いも何もかもが燃えて征く。

 衝撃の余波が風となって吹き荒れ、騎手はみな己の魔物にしがみついて耐えている。


 空を覆いつくす光は時を置かず集束し――そして拡散。

 

「どうなった?」


「状況確認、急げ!」


 誰もが『奈落』の趨勢に注目し、目を灼かれて状況の把握が追いつかない。

 その中で、いち早く回復した者たちが、空に目をやって叫ぶ。


「『奈落』見当たりません!」


「消滅! 『奈落』消滅しました!」


「地上、依然として焼却中です!」


 次々と上がる報告は、帝国軍の勝利を知らせるものばかり。


「へへ……やったか?」


『ああ、見事であったぞ』


「お前のおかげさ」


『ふむ……誇るべき時は自らを誇ればよいのだが』


 近くを飛んでいた名も知らぬ貴族が歓声を上げている。


「すごいぞ、さすがは『竜遣い』」


「ステラ=アルハザート万歳! レオンハルト皇子万歳!」


 空を舞う貴族が、地で弓をつがえる兵士たちが、

 陣幕から飛び出て戦場を眺める将軍たちが声を揃えて喝采を挙げる。


「帝国万歳!」


「帝国!」「帝国!」「帝国!」


 喜びの声は地を包み、空に広がり、遥か彼方まで。

 南方より出でて北上し、帝国を苦しめていた『奈落』、

 その残滓は今だ残れども、核と思われる部分が焼失した今この瞬間こそが

 長きにわたる南部戦線の勝利への転換点であることは疑いようもなかった。


「と言うわけで、オレはここまで……あとよろしく」


 限界を超えた超魔術の反動か、全身を覆う倦怠感が半端ない。

 軍旗を取り落とさないよう身体とグリフォンの間に挟みこんでぶっ倒れ、

 そのまま意識が闇に落ちていく。


――これは……もうダメかもしんない……



 ☆



「まさか本当にアレを倒すとは、想定外」


 帝国軍陣地より少し離れた森の端から、

 戦場を見物ていた影が一つ。


 マントからちらりと見える肌は日焼けしたように褐色で、

 フードから零れる髪はウェーブのかかった銀色。

 耳はほんの少し尖っているその人影は、

 人に似て、エルフに似て、そしてダークエルフにも似ていた。


 艶やかな口から零れた声は、少し低くしかし男性のそれではなく。

 空に溢れる光を眩しそうに遮るその手には、一冊の分厚い書物を握りしめていた。


『万象の書』


 黒地に金と銀の細緻な装丁が施された、

 神が人に与えたという魔物を支配し、使役し、召喚する力の顕れ。


「すでに目的は達しているし、後始末の手間が省けたと思えば……べつにいいか」


 帝国を食らいつくさんとする化け物と、それを討つ天から堕ちた槍。

 その双方を見てなお泰然とした様子を崩すことも無い。


「アズラリエルへの報告は誰かがするだろうから、ボクはしばらく休暇ということで」


 もう一方の手に握られていた『万象の証』は無地。

 先ほどまでは魔物の絵が色鮮やかに描かれていたそれは、

 今や跡形もなく消え失せていて。


「信用されてないのもわかるけど……そろそろボクを上手く使っておくれよ、アズラリエル」


 最後に空を見上げて目当ての魔物を発見。

 鷲の頭と翼、獅子の身体を持つグリフォンと、

 その背にうつぶせになっている、かつて自分を家族と呼んでくれた少女。


「強くなったね、ポラリス」


 また会おう。

 勝利に湧く帝国軍陣営に背を向けて、

 フードで顔を隠した女は深い森に消える。

 誰にも拾われることのなかった声は、風に溶けた。

次回『エピローグ』

第3章終了まであと2回です。

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