表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
125/128

第47話 再び日は登る その1


 地上では『奈落』の大河が燃えさかり、吹き上がる黒煙が天を焦がし、

 空中では『奈落』の中から出現し、浮遊する『瞳』がこちらを睨んでくる。


「さて、戦うと言っても武器は無しっつーわけで……」


 グリフォンを突撃させての格闘戦はさすがに無謀としか言いようがない。


「とりあえずはコイツだッ!」


『電撃』の魔術を装填。

 回避はグリフォンに任せ、距離を開けたまま『瞳』に狙いをつける。


「行けッ!」


 魔術を発動。

 都合三本の紫電の矢がこちらを見つめる橙色の瞳に向かって空を走る。

『奈落の瞳』はふわふわと空を舞い、二本を回避。

 残る一本は直撃し、表面を線上に焦がす。


「よし、効いてるぞ!」


『うむ』


 球体と同じ色の体液を垂れ流す『瞳』は、

 その表面に赤い筋を幾つも走らせる。

 瞳孔が真横に裂け、中から噴き出されるは黒い汚泥。


「避けろ!」


「くぇえぇ!」


 急速旋回するグリフォンの首にしがみついて『瞳』の様子を窺うと、

 先ほど傷つけた部分は白い煙を挙げながら修復され、

 さらには――


「なっ!?」


 球体の内側からにじみ出た黒い泥がその表面に広がってゆく。

 重力に従って汚泥は地上に落下してゆくが、

 その都度どんどん再生産されているらしく、

 橙色の球体と、こちらを向く赤い瞳孔が黒い汚泥に覆われて、

 

『なんと悍ましい……』


「気持ち悪い……」


 エオルディアすら絶句させるほどの不気味な外見になって、

 さらに口から泥を溢れさせ、放出。


「回避、回避!」


「くぇぇぇ!」


 連続で繰り出される泥を器用に飛び回って避けてくれるお蔭で、

 こちらは無傷ではあるのだが――


「あの泥を纏われたら、魔術が効かねーじゃねーか!」


『だからと言って近づいても、奴に食われるだけか。ぐぬぬ……』


 泥を消すには、地上と同じように普通の火で燃やせばいいわけだが、

 あいにくとこの空中にはその『普通の火』が用意できないわけで……


「どうする……このままじゃ……」


 弱点と思われる部位が露出されているのに、

 殴りつけることが叶わない。

 だからと言ってこのまま放置するわけにもいかない。


『契約者よ、『紫電槌』だ』


「え?」


 魂の中に眠るエオルディアが唐突に提案する。


「でも、あの泥に魔術は効かねーって」


『よく思い出すが良い』


 南方諸侯軍の陣地から『紫電槌』を放った時のことを。

 エオルディアに言われて、必死で記憶を手繰り寄せると……


「確か……雷が落下して波紋ができたような?」


『うむ。そのとおりだ』


「でもそれだけじゃなかったっけ?」


『波紋が起きたということは、衝撃そのものは発生していたはずだ』


 あの時は単に『奈落』の川に雷を打ち込んでいたからそれだけだったが、

 今は、あの黒い汚泥の中に『瞳』があるし、

 その『瞳』を覆う泥も、前回『紫電槌』を放った時に比べれば格段に薄い。


「要するに、単純に威力で貫通しろってことか」


『そうだ。あれこれ考えても仕方がない』


 最大火力を叩き込み、それでもダメなら次の策を立てればよい。

 歴戦の翠竜が提示した案は、実に強引でそして合理的である。


「一理あるな。やってみよう」


 杖を構えなおし、グリフォンの首筋を撫でる。


「というワケで、回避よろしく」


「クェェェぇ……」


 グリフォンの鳴き声が若干悲しげに聞こえたのは多分気のせい。

 思い返してみれば、エオルディアと戦ったときにもこいつの世話になり、

 今は正体不明の化け物――『奈落』と呼ばれている――相手に飛び回る羽目になり、

 オレの手持ちの魔物の中でも、コイツはひと際厄介な時ばっかり呼び出さている気がする。


「ほら、勝ったらうまいもん食わせてもらえるように言ってやるから」


「くぇぇぇ」


 いやいやと首を振っていやがる。


「んじゃ、しばらく休暇もやるって」


「くぇぇ」


 うむむ……こいつが何を望んでいるのかわからないぞ。


「んじゃ、何かほしいもんがあったら言ってくれ」


 できる限り善処するから。

 善処するだけともいう。


「くぇ!」


 それでもこちらの意思が伝わったのか、

 あるいは諦めの境地に達したか、再び気を取り直して『奈落』と向き合ってくれた。

 ……オレは仲間に恵まれているなぁ。


「よし、それじゃ始めるか」


 杖を構えて詠唱の準備に入ろうと――


「うぉおおお――!」


 いきなりグリフォンが急旋回。

 速度を落とすことなくあっちこっちへ飛び回りやがる。


「おい!」


『いや、奴だ!』


 エオルディアの声に『奈落』の方を振り向くと、

 さっきまでふわふわ漂っていたのが、

 明確にこちらに狙いをつけて接近しつつ泥を振りまいて来やがる。


「な!」


 黒いスライム状の姿からの延長で、

 何となく知能が低いイメージを持っていたが、

 ところがどっこいこの野郎は案外馬鹿ではなかった模様。

 グリフォンが頑張ってくれているおかげで今のところ直撃はないけれども、


「このままじゃ反撃できねーぞ!」


『奈落の瞳』からの攻撃が激しい。

 こうなってしまうと回避に手いっぱいで、

 とてもじゃないが長い詠唱と集中を求められる『紫電槌』を仕掛ける余裕がない。

 つーか、振り落とされないようにするだけで必死なんだが!


 逃げながら反撃のチャンスを待ち続けるも、

 一向にその機会は訪れず、時間だけが過ぎていく。


――これじゃダメだ。どうにかしないと……


「って、どうすりゃいいんだよ!」


「ここは我々に任せられよ!」


「へ?」


 誰に向けたわけでもないひとりごとに、反応アリ。

 不審に思ってあたりを見回してみると――


「え?」


 ペガサスがいた。

 グリフォンもいる。

 大きな鳥の魔物も宙を舞っている。


「え、魔物……なんで?」


「呆けている場合ではありませんぞ!」


 声は魔物の背中から。

 近づいてきた天満の背に乗っているのは――


「ベントハウゼン男爵?」


 かつて南方諸侯軍の陣を訪れたとき、

 オレ達をレンダ南方伯のもとに連れて行ってくれた、

 大柄な壮年の貴族が弓矢を背負ってそこにいた。


「今までよく堪えられた!」


「あ、あれ、男爵?」


 おかしい。

 この男爵は召喚術士ではなかったはずだ。

 では、なぜペガサスに乗って戦場にいるというのだろう?

 こちらの疑問を察したか、男爵は口を開く。


「南方伯より『万象の書』をお預かりしておるのです」


 あの陣が壊滅することになった最後の時に、

 南方伯から息子に渡すよう頼まれたと言う。

 当初は南方伯の言葉に従い、

 撤退後速やかに伯の息子に渡す予定であったところ、

 当の息子はまだ十歳にも満たない子どもであって、

 奥方から『奈落』討伐まで男爵が預かっているよう言われたとのこと。


「そ、そうなのか?」


 そういうのはありなのか?

 下手をしたら南方伯の家が乗っ取られてしまうのではないかという気もするのだが、 


「今は、戦える召喚術士が一人でも多く必要だと奥方に叱られました」


 その光景を思い出したか、男爵は苦笑しそして表情を一変させる。


「我々は……奴が憎くて仕方がない」


 男爵が憤る。

 しかし大半の人間には、『奈落』と戦う手段がない。

 何とか地上から襲いかかる黒の濁流を『守護者』の力で押し返してみれば、

 今度は空中から泥を吐き出して襲いかかってくるではないか。


「しかし、我々は見た」


「え?」


 オレが放った『雷撃』が奴の身体を削ったところを、

 物見が透眼鏡で確認していたとのこと。


「さにあれば、空に舞う手段を持つ者ならば戦えましょう」


 男爵以外にも飛行可能な魔物と契約している貴族たち、

 特に『奈落』によって領地を追われた南方の貴族たちの戦意が激しい。


「この戦いは、貴女だけのものではない」


 我々もまた、同じように帝国を護るために戦う。

 そうレオンハルトが言っていたように。


「そのとおりですわ」


「え?」


 聞き覚えのある声の側に振り向いてみれば、

 そこにはひと際煌びやかなドレスと鎧を身にまとった、


「ま、マリエル?」


 くすんだ金髪を宝飾でまとめたあのマリエルが、

 大型のワイバーンに乗ってこちらに寄せてくる。


「なんでお前がここに……」


 つい漏れた本音。

 二度と会うことはあるまいと思っていた。


「あらお言葉ですこと」


 場違いなほどに優美な微笑み。


「別にあなたに協力するわけではございませんわ」


「だったら……」


「わたくしも帝国の未来を憂える召喚術士の一人として、あの化け物を捨ておくわけには参りません」


 ただそれだけですから、勘違いなさらぬよう。

 戦場にあっても変わることなく紅を引いた唇を歪め、ワイバーンと共に『奈落』に向かってゆく。

 かつて敵対し、互いにその命を奪い合った女が――


 男爵とマリエルの言葉に胸が詰まる。

 自分はそんなセンチメンタルな人間ではないと思っていたが、

 打倒『奈落』ただその目的だけを共にして、命を賭して戦っている。

 その光景に、この現実に。


――どいつもこいつも、やってくれるじゃねぇか!


 目頭が熱くなり、心が奮え活力が湧いてくる。

 ならば――


「特大の魔術を奴に叩き込みたい。しばらく時間稼ぎを頼めるか?」


「承りましょう」


 そう言って背中の矢をつがえ『奈落』に向かう男爵。

 近くの貴族たちにもオレの言葉を伝えてくれているようで、

 連携しながら『奈落』をオレから引きはがしてゆく。


「さすが、ってことか」


 こと戦に関しては、オレは彼らの足元にも及ばない。

 だが、オレにはオレにしかできないことがある。


『契約者よ!』


「ああ、仕掛けるぜ!」


 古王朝が発明し、エオルディアを通じてオレに伝承された大魔術。

 使い勝手はともかく、威力だけなら間違いなく一級品。


「『紫電槌』だ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ