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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第44話 世界最大の獣 その2


 その日、帝国南部諸侯の陣地はある種の高揚状態にあった。

 南方諸侯たちを食い荒らしながら北上し続けてきた『奈落』の討伐作戦がついに発動すると通達され、

 これまでくすぶり続けていた戦意が激しく燃え上がったから。


 作戦の開始を前に集められた諸侯や兵士たちの見守る中、

 演説用の高台に立ち尽くす本作戦の最高司令官である第一皇子レオンハルト。

 その優美と呼んで差支えない、あるいは柔弱と見られかねない姿を陽光のもとに晒し、

 なだらかな肩に一羽の白いフクロウを乗せている姿勢のまま、

 穏やかな、しかしうちに強い意思を秘めた声を発してゆく。



 ★



 レオの演説は、帝国を見舞った奇禍とそれに対して勇敢に挑んでいった者たちへの感謝、

 敗走しつつも反撃の時を待って牙を研ぎ続けてきた者たちへの慰撫から始まった。

 そして――


「我々はみな『帝国』に育まれし者、そこに如何ほどの違いがあろうか」


 皇族として、身分制を否定するようなことを口にするのは大丈夫なのかと不安に思いつつも、

 言いたいこと自体はわからなくもないと納得させられている自分がいる。

 

「我々は『帝国』を護る一匹の獣である」


――うん?


「この獣には名前はなく誰の目に映ることもないが、しかしこの世で最大の身体と力を持った最強の獣である」


 レオの声が次第に熱を帯びて響き渡る。

 戦に疎いとはいえ、レオ自身もまた自らの演説に心を奮わせている。


「この獣の身体をかたちづくる我らに上下の区別なく、心はただ一つである」


 あえて言うならば『国家』という名の獣。

 常日頃であれば誰にも制御できぬその巨体は、

 非常時にあって護国のために牙をむく。

 そのために手綱を握る、それが皇族たるものの務めという所か。

 まあ、そこまでは言っとらんけど。


「我らが『帝国』を蝕む『奈落』という邪悪に対し、我々は一丸となってこれを誅する」


 左腕を大きく掲げ、その先に白いフクロウが舞い降りる。

 大きく翼を広げたその姿は、輝くばかりの純白で。


「我らの『守護者』はここにあり、国難にあって慈悲深くも力をお貸しくださる」


 レオは開いた右手を自らの胸に打ちつける。


「しかし、この戦いは我らの戦いである。我らの尽力無くして勝利を掴むことはできぬ」


 あわせて聴衆もまた自らの右手を胸に打ちつける。


「『奈落』を討伐し『帝国』を救え! 総員の活躍に期待する!」


 レオの声は元々それほど大きくはなかったが、

 さすが皇族というべきか、演説の機微は弁えており、

 事前に何度も練習したらしい身振り手振りも手伝って、

 刻一刻と陣地に集った兵士たちから発する熱気を膨張させてゆく。


「『奈落』を倒せ!」


「「我らの『帝国』を救え!」」


「「レオンハルト皇子に栄光あれ!」」


 はじめはまばらだった声が、次第に揃い音量が増して、

 時を置かずに大合唱となって陣地を揺らす。


「総員、健闘を祈る!」


「応!」


 レオンハルトが演説を締め、貴族も平民も身分を越えて応える。

 ここまで負け続けだった『奈落』との戦いで萎えていたみなの心を、

 一つに束ねて大きな炎と化すことに成功した。


「よっ、上手いことやったな」


 演説台から降りたレオが近づいて来て、


「ごめん、どうやら僕はここまでのようだ」


 蒼白な顔に震える身体は汗みずく。

 意気軒高たる帝国軍の中で、ここだけ温度が異なる。


「情けないということもない。汝の言葉は確かにここに集ったものの心を一つにまとめ『真なる帝国の守護者』を呼び出すことに成功したのだから」


「『真なる帝国の守護者』?」


「うむ」


 肩に止まっていた白フクロウ――通称『帝国の守護者』はこちらに向いて言葉を紡ぐ。

『真なる帝国の守護者』それは姿なき獣。即ち帝国に住まう人々の意識の集合体。

 国家そのものの概念として『獣』と称されることもある。そういう存在だ。


「こ奴が呼び出したこの獣、あとは貴様らの差配に任せる」


「アンタも、風の方はよろしく頼むぜ」


「言われずとも」


 ホウホウと鳴くフクロウに別れを告げてルドルフの待つ本営に向かう。


「ステラ!」


「……何だ?」


「勝とう。絶対に!」


「ああ、任せとけ!」


 ガッツポーズを決めて走り出す。

『真なる帝国の守護者』が顕れ『奈落』と対峙する。

 オレの仕事は、この世界最大の獣の案内役だ。

 ……失敗は許されない。必ず勝つ!



 ☆



 本営にて軍旗を借り受け、いつも使っている杖に括り付ける。

 これでコイツは今回限定の軍旗兼杖に早変わり……そのまんまだった。

 いや、別にそれでいいんだけど。

 もうちょっとカッコよくならんかなとは思う。


「『グリフォン』来い!」


『万象の書』から『証』を取り出しグリフォンを召喚。

 鷲の頭部と翼、獅子の身体を持つこの魔物の背に乗って、

 これから帝国軍を主導してゆくことになる。


「ご主人!」


「ステラ!」


 こちらに駆け寄ってくるのは我が相棒である黒いケットシ―の格闘家クロと、

 栗色の髪をポニーテールに纏め、隠密衣装に身を包んだテニア。


「話は通しておいたから、そっちは任せたぞ!」


「りょ~かい!」


「ご主人も、気を付けるにゃ!」


 あの『奈落』という化け物は得体がしれない。

 空中であれば安全度が高かろうとは推測されるが、

 何が起こるかわからないだけの不気味さを持った相手である。

 どれだけ注意を払っても、行き過ぎということはなかろう。


「ああ、勝つぞ、絶対!」


「気負い過ぎてる気もするけど、ま、頑張りましょ」


「絶対ニャ!」


「ちなみに勝利した暁にはレオと軍から賞金が貰えることになってるから」


 帝都に戻って宴会だ!


「酒はあるの?」


「樽ごと買いつけてやるぜ!」


「魚、お魚はあるかニャ?」


「もちろん。高~い奴を買い占めてやろうってな!」


「よっしゃ」「頑張るニャ!」


 レオの演説は一帝国民としては素晴らしかったと思うけど、

 はぐれ者のオレ達にとっては、もっと即物的な餌が効く。

 単に意地汚いともいう。


「んじゃ行ってくるぜ、二人とも」


「行ってらっしゃいニャ」


「精々落っこちたりしないようにね」


「くぇぇぇえええ!」


 グリフォンの背中に跨ると、久々に召喚した鷲獅子もまた気炎を吐く。


「そうだな。お前にも肉をたっぷり食わせてやるからな」


 首筋を撫でながら応援。

 言葉は通じずとも、オレたちの意思は繋がっている。

 何かというと餌で釣るのは、ちょっとどうかと思わなくもない。

 ほかに報いる手段が思いつかないとしても。


「くぇぇ!」


 グリフォンが羽ばたき、砂煙が辺りに広がり、

 脚が地面を離れ、少しずつ空に登ってゆく。


「よし、ステラ=アルハザート、出るぞ!」


 軍旗をはためかせながら、帝国軍の頭上を駆け抜ける。

 目指すは『奈落』上空。

 これまでに帝国を散々に食い荒らしてきた暗黒の化け物の頭を押さえる。


「てめーの命も今日限りだ!」



 ☆



 南方諸侯軍の陣にいたときも、グリフォンを召喚し空から偵察したことはあったけれど、


「これは、また……」


 かつてオレはこの『奈落』を『黒い海』と表現した。

 それは間違いないと思っていたのだけれど、

 こうして再度空から観察してみると、

『奈落』は遥か遠方から帝国軍陣地の直前まで、まるで濁流のように押し寄せてきており、

 帝国軍の陣地はさながら洪水を押し止めるための堤のように見える。


 横の広がりはそれほどでもない――あくまで縦の長さに比べればだが――にしても、

『奈落』の源泉は、この場所から垣間見ることはできない。

 これは、帝国を縦断する黒き大河と呼んだ方が適切かもしれない。


――長いしデカい。何もかもがケタ違いだ。


 しかし横に広がらないのは何故だろう。

 これまでの幾度にも及ぶ議論でも、

 みなを納得させるだけの意見は出なかったのだが……

 あの黒き大河は、明らかにこちらを目がけて流れ込んできている。

 それは確かだとは思うのだけど……


――結局のところ『奈落』ってのは何なんだ?


『契約者よ』


「ああ、すまん。ちょっと考えごとをしてた」


「思索にふけるのは悪くはないが、今は行動の時だ』


「わかってるよ」


 エオルディアに言われて帝国軍の陣地を見れば、

 青い色付きの松明――軍事目的の特別仕様――が煙を上げている。

 しかし、その煙は奇妙に折れ曲がり、何やら訳がわからない。


『落ち着くがよい契約者よ。煙はまっすぐに上っている』


「えっ!?」


 エオルディアに指摘されて煙を見直してみても、

 やはりオレにはぐにゃぐにゃと曲がって見える。

 ……オレが、おかしくなっているのか?


「ふ~ぅ」


 大きく息を吸い、そして吐き出す。

 貸し与えられた帝国軍の軍旗を見やる。

 この旗の一振りが、帝国の明日を切り開く。

 

――失敗は決して許されない。


 そう考えると……心も身体も震えが止まらない。


『ふむ……あの老人の言葉どおり、契約者は肝が小さいところがあるな』


「にゃ、にゃんだと!?」


『噛んだ』


「う、うるせー! 別にビビってなんかいませんし。オレ大丈夫だし!」


 どれだけ平静を装ってみせても、魂に住まう翠竜にごまかしは通用しない。


『強がる必要はない。老人たちは汝を信じてこの役目を与えたのだから』


 ただ自然にあればよい。


「お前、随分とやる気だね?」


『そうか?』


 とぼけた声を上げるが、コイツはときどきやたらと気合を入れることがある。

 どこがエオルディアのツボなのか、イマイチよくわからん。

 

『契約者がこの誉れ高い大役を任せられて、我としても鼻が高いのは事実である』


「そういうもんなのか?」


『そういうものである』


――ふ~ん。


 まあいいか。

 エオルディアと話をしているうちに、いい感じに緊張がほぐれてきた。

 さっきまではぐにゃぐにゃに見えた青い煙も、

 今は風一つない快晴の空に高く立ち昇るさまを確認できる。


「もう大丈夫だ」


『ならよい。下の者どもが汝の合図を待っているぞ』


「ああ」


 陣の中をよく見てみれば、こちらに向かって手を振っている誰かの姿がある。

 

――みんな昂ってるな。


「よし、行くぜ!」


『うむ』


 覚悟を決めて軍旗を掲げ大きく振りかざす。

 下の陣地で、オレの旗に合わせて軍太鼓が鳴り響き、

 兵士たちが行動を開始する。

 間を置かずして小さな炎――に包まれた矢――が大量に『奈落』に降り注ぎ炎上する。


「よし今だ、やってくれ!」


 あらかじめ教わっていた通りに旗を振り回す。

 それはレオとともにこの戦場を見ているはずの白フクロウ、

『守護者』に向けたメッセージ。


「風よ来い。帝国に食らいついた『奈落』を焼き払え!」


 刹那、周囲の雰囲気が変わった。

 澄み渡った青空に、目を凝らせば輝く白い流れが見える。


――『守護者』の力か!


 白い風にあおられた空気の塊が『奈落』を燃やす炎を強力に後押し、

 眼下は一瞬にして灼熱の海と化す。

『帝国』対『奈落』の最終決戦がここに始まった。


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