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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第43話 世界最大の獣 その1


 サスカス伯爵領からさらに南下すること十日と少し。

 第一皇子レオンハルトと帝国の宿将ルドルフに率いられた軍は、

 今まで『奈落』と戦い続けてきた南部諸侯の陣営に大歓声をもって迎え入れられた。


「よくぞおいでくださいました」


 周りの者たちよりも華美な鎧を身にまとった老人、

 スィールハーツ公爵が進み出て諸侯を代表して拝礼すると、

 あわせて他の者たちも公爵に倣う。


「いや、我々こそ遅くなって申し訳ない」


 レオンハルトは鷹揚に応じた。

 マリエルの件を始め、老人に対して内にいかなる感情を抱いていようとも、

 この場で表に出すことは決してない。


「しかし、ただ諸君らを待たせたわけではない。卿らのこれまでの献身に報いるだけの用意はしてきたつもりだ」


 そう答えながら、肩に停まっている白フクロウを撫でる。

『帝国の守護者』と呼びならわされる、帝国建国史に名を残す魔物。

 その力と、ルドルフが発案し諸将が練り上げた火計により、

 帝国を蝕む『奈落』を焼き払う、そういう算段である。


「ご厚情、感謝の意に耐えませぬ」


 深く首を垂れた公爵は、頭を上げてこちらを見やる。


「ステラ嬢も、よくぞお越しくださった」


「どうも。オレも奴らに借りを返したいところだったからな」


 ついでに言えば長年にわたりグリューネルトを利用してきたことや、

 レオを暗殺しようとしたマリエルの件について突っ込んでやりたいところだったが、

 それについてはあらかじめレオに口止めされていたので黙っている。


「さあ、ここから帝国の反撃が始まる。みなよろしく頼む」


「ははっ」


 まだ日も高いうちから燃えさかっている篝火が、

 パチンと弾けて火花を散らせた。


 

 ☆



『守護者』がいて作戦があって、兵士がいる。

 だからと言って『さあ決戦だ』というわけにはいかない。

 かつてレンダ南方伯が率いた南方諸侯軍の生き残りを吸収した南部軍、

 そこにレオが率いる中央軍が合流し、

 帝国軍の陣容は更に肥大化してしまった。

 軍の再編、指揮系統の徹底、糧秣資材の確保など、

 戦う前にやるべきことは山ほどある。


「まあ、将のなすべきことの大半はこういった雑事ですじゃ」


 などとぼやきながら次々と部下に指示を飛ばし、

『奈落』との戦いの準備を整えていくルドルフ。

 とんでもなく忙しそうに見えるが、

 今回はレオンハルトという旗印があるため、

 南部軍と中央軍の指揮系統の一本化は比較的容易らしく、

 それだけでも大分楽をさせてもらっていると言う。


「僕は軍事に詳しくないし、こういうところは専門家にお任せするしかないね」


 帝国軍の陣地に新しく設置された自分用の陣幕の中で、

 久方ぶりに守護者と共にくつろぐレオンハルト。

 旗印であるコイツが額に汗して働く必要はないのだが、

 ルドルフをはじめとする諸将が忙しそうに動き回っているのを見ると、

 もう少し何か手伝うことがあってもいいのではないかと思う。


「んじゃ、オレは爺さんのところに行ってくるから」


「……何かあるのかい?」


「頼まれてることがちょっとな」


 今回の『奈落』との決戦にあたり、

 ほとんど役立たずのはずだった召喚術士であるオレに、

 特別な仕事が割り振られることになっているのだ。

 オレはそっちの準備でもう大変なのよ。


「そう……危ないことはしないでね」


「あのな、ここは戦場だぞ」


 危なくない事なんて、ないに決まってるだろ。


「それもそうか……うん、やっぱり軍事のことは難しいね」


 そう言って頭を書いたレオのこめかみを『守護者』のくちばしがつついている。


――アイツら、仲良さそうだな。


 協力し合う二人が険悪になるよりはマシなのだが。

 長年霊峰に座していた神秘的存在の割には、

 初対面の頃に比べれば随分とレオになついている。


――『守護者』なんて言われてても一個の生き物。ずっと山籠もりしてるのも寂しいのかもな。


 本人が耳にしたら怒り出しそうなことを考えながら、レオの陣幕を後にした。



 ☆



『奈落』と戦うために着々と進む戦支度を眺めていると、

 手伝えることはないかと軍の詰め所を訪れた日のことが思い出される。


「旗持ちかぁ」


 帝都に帰参して南部に向けて出陣するまでの間に、

 ルドルフから頼まれたオレの役割。


「……ってなにすんの?」


 レオ同様軍事に疎いオレとしては思わず聞き返さざるを得なかったわけだが。


「それはですなぁ」


 ルドルフが説明してくれたことをかみ砕くと、

『奈落』との決戦時に、陣幕に掲げられる帝国軍の軍旗を掲げ、

 みなに作戦指示を行ってほしいということらしい。


 帝国軍の戦術についてはあらかじめルドルフをはじめとした諸将が固めているが、

 戦は生き物であるからして、実際に戦う際には随時状況を確認して、

 修正指示を飛ばしていかなければならない。

 その『奈落』の動きというか燃えっぷりを上空から見定めて、

 地上に報告するのがオレに与えられた任務。


「待て、それは責任重大すぎないか!?」


「しかし、適切なのが嬢ちゃんなのだから仕方ないんじゃ」


 魔物を召喚して空中から『奈落』の様子を覗うことができて、

 今回の総大将であるレオンハルトと近しい存在であること。


「オレとレオはそういう関係じゃないんだが」


「嬢ちゃんがそう思っていても、みながそうは考えとらんということよ」


 まあ、それは置いとくとして、

 この戦の敵手たる『奈落』は得体がしれない。

 炎が有効であることは判明しているが、

 どれほど効果があるのかは実際に燃やしてみないとわからない。

『守護者』の力を借りて燃え上がった炎が、

 こちらの思うとおりに延焼してくれるとも限らない。


 誰かが空中から戦場を俯瞰し、こちらの陣地に状況を報告することができるなら、

 これは勝利に大きく寄与することは間違いない。

 ルドルフの説明は多分に頷けるものがある。

 だが――


「それは、オレがみんなに指示するためのサインを覚えなきゃならんということでは?」


「まあ、そこはのう。嬢ちゃんの努力に期待させてもらわんとな」


 半ば役立たずにも限らず『奈落』討伐のために協力を申し出た身としては、

 大きな役割を貰えるのは光栄の至りとでもいうのだろうが、

 与えられた責任が重すぎて震えが走り、思わず我が身を抱きしめる。

 その有様を見たルドルフは、軽くため息をつき、


「前から思っとったんじゃが、嬢ちゃんはプレッシャーに弱いのう」


「な、そんなことねーよ!」


「そうか?」


 子供の頃は一族の期待に押しつぶされそうになりながら、

 誰にも相談することができずに一人で耐え続け、

 レオとの婚約が決まると、未来に待ち受ける重責を恐れて逃亡。

 そして、今――


「別に悪いことではないと思うがの」


 どちらにせよ、これは代役がいないので受けてもらわないと困る。

 ルドルフはそう続けた。


「いや、召喚術士ならほかにも大勢いるだろ」


 何しろ帝国南部の諸侯が集うのだ。

 彼らの殆どは召喚術士。

 空を飛べる魔物と契約している奴はきっといる。


「こんな話は気に食わんかもしれんがのう」


 レオンハルト皇子の権力を強めるためにも、

 他の貴族にこの役を任せられんのじゃ。

 この戦いに勝利した後のことを考えてみろとルドルフは言う。


『奈落』によって既に何人もの諸侯が命を散らせているこの戦、

 多大な功績を上げた者には爵位の格上げまで有りうる。

 帝国の南方に多大な空白地ができてしまった今、

 その領有権を巡って貴族たちはすでに角を突き合わせている真っ最中とのこと。


「その点、嬢ちゃんは皇子のお気に入りじゃから問題なかろう」


「だから、オレはもう貴族じゃないって」


「だったら尚更じゃ」


 無論恩賞は与えられるが、戦後の権力抗争とは関係がない。


「そう言うことは勝ってから考えろよ」


「儂もそう思っとるんじゃが、世の中はなかなかそううまくはいかんのよ」


 珍しく、疲れ切った表情を隠すことなくため息をつくルドルフ。

 長年帝国を護ってきた将軍の苦労を思えば、無下に断ることもできなくなる。


「……わかった。やるよ、やればいいんだろ」


「おお、おお! やってくれるか!」


「ああ、ただしこっちのわがままも聞いてもらうぜ」


「儂にできることなら何なりと言ってくれていいぞい」


 引き受けると言った途端に喜色満面の爺。

 コイツ……さっきまでの消沈は演技か!

 ……まあいい。


「それじゃ、オレの希望は――」


 あらかじめ考えていたこちらの都合の話を持ち掛ける。


『契約者、それは……』


 胸の奥から翠竜の声が聞こえる。

 やや戸惑いの感情を交えた声が。


「……まあ、別に構わんのじゃないか」


 話を聞いたルドルフは、特に何と言うことも無く頷く。

 拍子抜けというか、興味なさげというかそんな感じ。


「そうか? 後でなしってのはやめてくれよ?」


「あの二人については儂の方から頼もうと思うっとったし」


 そんなに心配なら、あらかじめレオンハルトさまに確認しといたほうがええんじゃないかな?

 言われてみれば確かに、オレが求める『報酬』に関しては軍部に伝えてもあまり意味がないかもしれない。


「……そうだな。念のためだよ」


 もし何か文句が出たら爺さんが味方に付いてくれよ。

 貴族出身とは言え、権力に関するあれこれはまるで理解が及ばない。

 帝国に仕えること数十年、誰もが認める将軍であるルドルフの名前が欲しい。

 そう念を押すと、


「そこまで言われては断れますまい」


 ルドルフはカラリと笑って了承してくれた。

 そして帝都を出発してここに至るまで、

 長々と軍との打ち合わせと旗信号の暗記の日々が始まったわけだ。

 

――もう大丈夫なはず。多分……

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