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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第11話 お仕事の時間 その1


「起きて、ポラリスおねぇちゃん!」


 乱暴に木製の扉を叩く音と、聞き慣れた少女の声。

 閉じた目蓋越しでも分かる光から察するに、もう朝が訪れている。

 ……気づいてはいた。

 だが、数日間に及ぶダンジョン探索の疲れが、肉体と精神の覚醒を妨げている。


――眠い。


「もう、朝ご飯できちゃうよ」


 部屋の外のパメラの一言でパッと目が覚める。

 食うか寝るかの二択であれば、食う方が優先だ。

 何故ならば、食った後でまた眠ればいいのだから。

 腹が減っては戦はできぬとも言うからな。

 ……ふむ、大切なことを忘れている気がする。何だっけ?


 気を抜けば落っこちそうな目蓋を擦りながら扉を開けると、

 透明な水で満たされた桶を手にした少女の笑顔が飛び込んでくる。


「う~、おはようパメラ」


「おはようお姉ちゃん。はい、これ」


 この少女、朝食の前に冷水で顔を洗えと言う。

 それでは目が完全に覚めてしまい、二度寝という計画が台無しになってしまうではないか!

 とは言え、タダで提供される朝食を質にとられてしまっている以上は逆らえない。

 あと、多分そういう問題でもない。


「……おう、すぐ行くから待ってろ」


 桶と水をぬぐうための布をこちらに渡すと、忙しそうに部屋を去るパメラ。

 欠伸しながらその姿を見るに、よくできた子だと感心させられる。

 八歳と言えば、まだわがまま放題に遊んでいたり、お勉強したりしている年頃だと思うのだが。


 顔を洗って水気を拭き取る頃には、予想どおりすっかり目が覚めてしまった。

 昨日まで着ていた服は後で洗濯を頼むとして、

 今日は預けておいた別の服を着ることにする。


「ん……あれ、クロ?」


 頭の隅に引っかかっていたモヤモヤの元凶である新たな相棒。

 ベッドを見やると、そこに丸まっているはずの黒い毛玉の山がない。

 本能的に荷物に視線をやるも、荷崩れの類は確認されず、

 何かが持ち出された気配はない。


「一階か?」


 首を傾げつつ見下ろせば、下着姿。

 夜はともかく、朝はこんな格好で降りるわけにはいかない。

 慌てて服を出して身に纏っていく。


 青の上着に綿の白ブラウス。

 チェック柄のミニスカート。

 ガーターベルトで吊った白のニーハイソックス。

 歩きやすさ重視の柔らかい靴を履き、

 先日まで肩に背負っていた探索用ポーチに財布と雑貨を入れ、

 手にはいつも持ち歩いている樫の杖。


 多少の差異はともかく、基本的には昨日まで着ていた服と大差ない。

 似たような構成の服を着回した方が経済的。


 髪に軽くブラシを入れて一階に降りると、

 食堂の方から鼻腔をくすぐるいい匂いが漂ってきて、

 ぐぅ~っと年頃の娘としては赤面ものの音をたてる。

 しかし、それよりこれは……


「何か、きれいになってる?」


「あ、おはようにゃん。ご主人」


 カウンターを布で拭いていたケットシーのクロがピコっと手を挙げる。

 朝も早よから掃除の手伝いをしていたらしい。

 ためしに木製の台に指を滑らせてみると……埃がない。


「何やってるニャ?」


「いや、ちょっと確認をば」


 姑かニャ、と呆れたようなため息をつくクロ。


「おう、起きたか、ポラリス」


「おはよう、おやっさん」


「そっちの連れが手伝わせてくれっつーからやらせてみたが・・・…」


 ケットシーってのは大したもんだな。

 素直に感嘆したようなその声に合わせてクロが椅子の上で胸を張る。


「この程度、朝飯前だニャ!」


 ぐ~~~


「……朝飯前だニャ」


「おう、飯にすっか」


「そんなダイレクトな要求、初めて見たわ」


「べ、別にそういうわけではなくてでしてニャ」


 ぐ~~~


 身体をグネグネさせているクロの隣の席に着くと、程なくして朝食が運ばれてくる。

 焼きたてのパン、ハムエッグに青野菜のサラダ。そして水。

 朝食はおかわりナシだが、これがタダというのは、ありがたいけど申し訳ない。


 あらかた食べ終わり、卵の食べ方についてクロと口論していると(オレは最後に黄身をつるっと食べる派)、

 妙に色気のある唸り声とともに現れた人影が、そのままカウンターに突っ伏した。

 首筋まで伸ばされた髪の毛からわずかに飛び出た鋭角の耳。


 リデルだ。


「おう、おはようリデル」


 う~

 返答は、声にならない唸り声。

 力無く垂れた耳がわずかに動く。


「……二日酔いか?」


 あ~

 かすかに動く顎。

 ……ゾンビか。いろいろと残念な奴!


「大丈夫か?」


 こちらに向けられた顔は、何とも言いようのない風情を感じさせる。

 具体的に表現するのは憚られるので却下。

 とりあえず、ご愁傷様。


「えっと、オレらは『金竜亭』に行ってから合流するから、ごゆっくり?」


「分かった……」


 運ばれてきた朝食のサラダをフラフラした手つきでつつきながら、辛うじてもたらされた声を背中に、

『緑の小鹿亭』のドアを開く。

 家屋の隙間から差し込む早朝の日差しに手をかざし、


「さて、まずは『金竜亭』だな」


「にゃ!」



 ☆



 辺境とはいえ、アールスの街並みは聖王国内の同規模の街と比べて大差はない。

 中央に領主の館があり、それを取り巻くように富裕層の住居区画が存在し、

 内壁を挟んで、平民向けの一般区画――外延部――が広がっている。

 この街が唯一他と異なるところは、外延部すら丸ごと覆いつくす巨大な外壁の存在。


 大半の街では、平民街を守る壁なんて存在しないのだ。

 その外壁がなぜ存在するかと言えば、

 最大の理由は東部の魔力地帯である。


 普段は腕自慢たちがせっせと通う狩場とされる領域で、誰かが指示せずとも適度に魔物は間引かれるものだけど

 極稀に魔物の発生数と討伐数のバランスが崩れて、

 溢れかえるように魔物たちが街へ押し寄せ、街に多大な被害をまき散らした事例が過去に存在する。


 幸いというべきか、アールスの内壁が破られたことはないのだけれど、

 一般市民の住まう区画が半壊し、街に出入りする人もモノも激減。

 結果として貴族街の住民たちも二次的、三次的に損害を被った。

 税収とか色々な形で。


 ではどう対策するかという話になるのだけれど、大地を走る魔力の流れを変えることはできない。

 そこで、アールスの伯爵さまは二つの案を掲げた。


 ひとつは、平民街ごと街を囲む大きな外壁の建築。

 思いっきり力業だが、アールスにはそれを可能にするだけの財力があった。

 財政出動は少なくなかったはずだが、貴族様が平民たちに目に見えて分かる安全を提供したという事実は大きく、

 また大ダメージを受けていた市民は、外壁構築の仕事を受けて財貨を受けることができた。ナイス公共事業。


 その後のアールスの商業活動は災害以前のそれを大きく上回り、さらなる発展を見せている。

 どこまで想定されていたのかは分からないが、外壁はこの街の貴族と平民の関係を取り持つ好例にもなった。


 もう一つこそが、これからオレたちが向かうアールス最大の宿『金竜亭』

 基本的に魔物討伐等の依頼という奴は、それぞれの宿屋あるいは酒場に持ち込まれる。

 どのような依頼が集まるか、誰が担当するかは、仲介役である宿の主人の人望と実働部隊である常連の能力による。

 依頼の消化率については実行部隊の事情に左右されやすく、宿自体も儲けを出さなければ立ち行かないシステムのため、

 魔物を都合よく処理することができるかどうかが定かではなかった。


 そこで伯爵肝いりの宿『金竜亭』を造り、そこに下請部隊としての腕利きを集めて仕事を割り振る。

 金銭だけでなく、名声を利用する新しいやり方を構築している最中である。

 仕事を依頼する者も、受注する者も、その噂につられて遠方から『金竜亭』に訪れる場合も少なくはなく、

 今のところこの新システムは上手く機能している様子。


 今後どうなるかは神のみぞ知る、というところ。



 ☆



 朝の街の大通りは、夕暮れ時と同じように多くの人が行きかっている。

 これから一日の仕事を始める者もいれば、夜の仕事を終えて帰途に着く者もいる。

 清涼な空気の影響もあるだろうけれど、朝の方が若干溌剌とした印象を受ける。

 もっと早い時間帯ならば、静謐さが上回るのだろう。

 

 さわやかな空気を胸いっぱいに吸いこみながら、足元をチョロチョロ歩き回るクロを先導し、

 街の中心、貴族街と平民街を隔てる内壁の正面にある『金竜亭』を目指す。


「あ~うざ」


 めっちゃかったるい。

 まったくもって気分が乗らない。


「せっかく誘ってもらってるのに、勿体なくないかにゃ?」


「別にいいわ~」


 オレの事情を鑑みれば、余計な人員増はデメリットの方が大きい。

 

「当面はオレら二人でやってこーぜ」


「吾輩は構わないにゃが……」


 ご主人はそれでいいのかにゃ?

 心配性なクロの問いに、


「オレはアレがバレると面倒なことになるの!」


 クロのように、互いの利害関係が一致する相手というのは珍しいワケ。

 ようやく納得できたのか、足元が静かになる。


「ほれ、もうすぐ着くぞ」


 歩みを進めているうちに道が大きく開け、広場の奥にひと際大きい建物が現れる。


「あれが、アールス名物『金竜亭』だ」

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